第163回 300系のぞみ引退 高速化で安全な輸送を支える軸受技術
初代「のぞみ」として知られる東海道・山陽新幹線「300系」と、初の2階建て車両である山陽新幹線「100系」が3月16日に最終運行を迎えた。約600人の鉄道ファンが博多駅、岡山駅にそれぞれ集まり、引退を惜しんだ。300系は1992年に東海道区間で走り始め、翌年から山陽区間に乗り入れた。最高時速はそれまでより50㎞速い270㎞で、東京―新大阪間を0系「ひかり」より19分短い2時間半で結んだ。
高速化を支える新幹線の車軸軸受
新幹線の高速化を支える車軸軸受には、車両重量による静的および動的なラジアル荷重がかかるほか、軸方向に間欠的にアキシアル荷重、つまりスラスト力がかかる。1964年に営業開始した0系新幹線「ひかり」では、ラジアル荷重を円筒ころ軸受で受け、スラスト力を深溝玉軸受で受け、さらにスラスト力を緩衝させるため、緩衝ゴムや皿ばねが用いられた。また、当時の在来線の車軸軸受で一般的だった封入グリースによる潤滑に代えて、タービン油による油浴潤滑方式を採用することなどで、当時の世界最高時速220kmを達成した。
その後1979年代になると、車軸方向のアキシアル荷重(スラスト力)を内外輪のつばで受ける「つば付き円筒ころ軸受」が在来線車両で採用された。しかし、つばでスラスト力を受けるこの軸受は、負荷容量の点から高速域で問題があると思われていたのだが、つばの角度やころ端面の曲率、それらを高精度に実現する加工技術などにより、1992年に営業運転を開始した300系のぞみに採用になった。つば付き円筒ころ軸受の採用により、玉軸受に比べて長さを短縮し、省スペース化、アルミ合金軸箱と合わせての軽量化に貢献、時速270㎞を達成したのである。
この300系での省スペース化、軽量化を図る軸受設計はその後、1997年の500系での複列円すいころ軸受採用によるコンパクト設計に受け継がれた。円すいころ軸受はラジアル荷重と同時にアキシアル荷重に対する負荷容量が大きい。アキシアルすき間を小さくできるため、走行安定性にも優れる。この複列円すいころ軸受をグリース密封型とすることでメンテナンスフリーにし、また、それまでの油浴潤滑方式に比べ軸箱を小さくし、より軽量化を図った。これにより時速285㎞での営業運転を実現した。
さらなる高速化と安全性向上のため、軸受など要素技術の開発を
2007年にデビューした最新のN700系では、時速300㎞とより高速で乗り心地が向上したほか、従来の車両に比べ19%も少ない電力で走るが、この実現につなげる軸受設計としては複列円すいころ軸受でグリースを密封するオイルシールのリップ部(摺動部)の高速下での発熱を抑えるため、軽接触タイプとした。また、樹脂製保持器を採用して従来の金属摩耗粉による潤滑剤劣化を抑制している。さらなる安全設計としては、軸受の状態監視を目的としたセンサー付軸受も開発、従来の温度計測に加え振動を計測でき、早期の異常検知につなげている。
このように、コンパクト・軽量化による大幅な高速化と安全設計を確立した300系を機に、新幹線は世界に誇る高速車両としての地位と安全神話を築いた。その高信頼性の高速走行を支える基盤技術としては、上述した車軸用軸受だけでなく、動力を発生させるモータ用の主電動機用軸受、モータの出力を車軸に伝える駆動装置用の軸受などが使われ、さらにそれら軸受技術でもシール技術や潤滑技術、表面改質技術などの要素技術が支えている。
主電動機用軸受では、電動機内を流れる電流により転動体と軌道面接触部が溶融する電食を防ぐため、外輪にPPS(ポリフェニレンサルファイド)樹脂やセラミックなど絶縁物の被膜を施す絶縁対策がとられている。また、駆動装置には小歯車と大歯車があり、特に小歯車軸受では車両走行時の振動の影響を受け、保持器各部に繰り返し速度が速い様々な応力が発生するため、保持器表面に軟窒化処理を施し耐摩耗性と疲労強度を向上させる手法などがとられている。
300系のぞみの20年にわたる安全で高速な輸送をねぎらいつつ、さらなる高速化に向けても、大量輸送の信頼性を確保する、軸受など要素技術開発のより一層の進展と蓄積に期待したい。