第66回 建設機械の耐久性・環境対応を支える潤滑油技術の普及を!
建設機械大手のコマツでは、2009年度中にインドネシアのアダロ鉱山で、ジャトロファから自社製造するバイオディーゼル燃料B20(軽油へのバイオディーゼル燃料の混合率20%)でダンプトラックを走らせるプロジェクトを始める。100台規模で稼動させる場合、年間8000tのバイオディーゼル燃料が使われ、CO2換算で約2万t(同社国内事業所の年間排出量の約10%に相当)の削減になるという。戸外で使われる建設機械には環境負荷低減が求められている。
さて、建設機械ではディーゼルエンジンを回して油圧ポンプを駆動し、油圧作動油をブームシリンダやアームシリンダ、バケットシリンダといったアクチュエータに送り、車体各部を作動させる。そのため建設機械においては、ディーゼルエンジンと言ってもトラック・バスのそれとは、油圧機器と言っても設備機械のそれとは違って、より高温・高荷重の運転を強いられる。つまりその高負荷運転に耐えつつ、環境対応を両立するエンジン・油圧機器の技術として、それら機械の血液である潤滑油の技術が活躍している。
ディーゼルエンジンの潤滑油(ディーゼルエンジン油)では2000年に、長期排出ガス規制に対応し、日本独自の要求を盛り込み日本のエンジンに適合した規格としてJAMA(日本自動車工業会)の提案により新しい動弁摩耗評価試験などを盛り込んだ「JASO DH-1」が誕生している。
ディーゼルエンジンを搭載している建設機械においても、一般にDH-1適合のエンジンオイルが推奨されている。しかし、建設機械ではディーゼルエンジンを回して油圧ポンプを駆動することで作動油に圧力を発生させ、コントロールバルブを介して作動油をブームシリンダやアームシリンダ、バケットシリンダ、旋回モータなどのアクチュエータに送り、圧力を力に変換することで車体各部を作動させる。そのため、バスやトラックのエンジンが数10%という負荷率なのに対し、建設機械のエンジンは実に80%という高負荷率に及ぶ。
このため、高負荷運転にさらされる建設機械の純正オイルとしては、DH-1規格に基づき、各種添加剤配合技術により、動弁系摩耗の防止やピストン清浄性の向上、酸化安定性向上によるロングライフ化などを実現、エンジン・油圧機器の寿命延長・トラブル抑制やエンジンオイル消費量・燃料費の低減などを実現している。先ごろジャパンエナジーがDH-1規格適合の建設機械用ディーゼルエンジン油を発売したが、これはトラック・バス用のDH-1油と建設機械用DH-1油は別物であるとのメッセージであろうか。
2005年に施行された新長期規制は、トラック・バスでPM(粒子状物質)が85%、NOX(窒素酸化物)が40%、HC(炭化水素)が80%削減されるという、世界一厳しい排出ガス規制と言われた。これに対しディーゼルエンジンでは、クールドEGR(排気ガス再循環装置)やコモンレール式燃料高圧噴射などエンジン自体の改良に加え、DPF(排出ガス後処理装置)などの装着が必要になり、JAMAとPAJ(石油連盟)では、耐摩耗性など耐久性能に関わる基本的な要求はDH-1規格と同様としつつ、排出ガスの後処理装置への適合性を高めたディーゼルエンジン油規格「JASO DH-2」を設定した。
DPFはPM捕捉フィルタを触媒により燃焼除去して再生するが、エンジン油中の金属系添加剤は燃焼できず堆積し、フィルタの目詰まりを引き起こす。また、NOX浄化触媒では、硫黄やリンが触媒寿命に対する劣化因子になる。そのため、DH-2規格では、これら後処理装置を劣化させないよう、金属分として硫酸灰分、硫黄、リンを減らす規定(ケミカルリミット)を盛り込んでいる。
建設機械のディーゼルエンジンにおいても近年、欧米を中心とするTier3規制や日本国内の建機指定制度・オン/オフロード第3次排出ガス規制など、NOX、PMなどの排出規制は厳しさを増しているが、これらに対してはEGRでの対応が主流でDPF搭載の必要がなかったことから、現状はDH-1規格適合油をベースとしたものが採用されている。
しかし、PMとNOXの両方を従来比で90%削減するといったTier4規制(2015年までに段階的に導入)に向けDPFの搭載が不可欠となる中、DH-2規格に適合したエンジン油をベースとする建設機械用エンジン油の開発が急がれている。ベースとする、というのは、金属系添加剤が果たす耐摩耗性や酸化安定性という建機に必要な耐久性能が劣るバス・トラック向けのDH-2規格油をそのまま建機に使用した場合、早期のオイル劣化やベアリング部(特にEGR部)の腐食・摩耗の増加、シリンダ、メタルの腐食・摩耗の増加が懸念されるためである。
そこで建設機械メーカーでのDH-2規格油への切り替えでは、エンジン各部の酸による損耗を防ぐアルカリ価の不足に対し強アルカリ分の添加剤を配合したり、非リン系摩耗防止剤を増量したり、酸化防止効果のある添加剤の使用量を増加するなど、添加剤技術の細かな積み上げで建設機械に必要な耐久性能を確保する対応を図っているのが現状のようだ。
一方、油圧システムと言っても、一般設備機械のそれと建機に搭載されるそれでは、使用条件の過酷さがまるで違う。設備機械では使用圧力7~21MPaが主流なのに対し、建機では需要の多い油圧ショベルとホイールローダがそれぞれ35MPa、42MPaと高圧で使われる。また前者の使用温度範囲が通常30~55℃程度なのに対し、建機では60~100℃と高圧・高温環境で稼動している。にもかかわらず、油圧作動油の需要の6割程度を占める建設機械において、使用条件に合致した作動油の品質規格は従来存在しなかった。
そこで、①建機の使用条件に合致し、油圧機器の寿命延長につながる品質規格②圧力35MPa、油温100℃の条件で建設機械に共通に使用可能な規格を目標に、世界的なシェアを誇る(油圧ショベルでは80%以上)日本の建機メーカーが主体となる日本建設機械化協会(JCMAS)において、建設機械用油圧作動油の共通規格化が進められ、2004年に「建設機械用油圧作動油 HK規格」と「建設機械用生分解油圧作動油 HKB規格」が定められた。
従来の耐摩耗性作動油には極圧剤兼酸化防止剤として、一般にZn(亜鉛)系の添加剤が使われているが、この添加剤は150℃以上で熱分解しやすく、また酸化防止剤としての役割を果たした後は不油溶性の物質(スラッジ)に替わるという性質がある。建設機械の高温・高圧下ではそれが一層加速されてスラッジの生成を早め、オイルフィルタの目詰まりや制御バルブの誤作動などのトラブルが発生しやすくなる。これに対し、たとえば高粘度指数(高VI)基油に油性剤とリン系摩耗防止剤を組み合わせた非Zn系の処方にすることで、高温・高圧下でのスラッジ発生を抑え、建設機械用作動油としての要求性能をクリアしている。
生分解性油圧作動油についても、HKB規格制定により、建設機械用としての要求性能が保たれてきている。植物油ベースの生分解性油圧作動油では、酸化安定性の不足から数百時間程度の寿命だったものが、合成エステル系ベースの生分解性油圧作動油では、高温・高圧下で1000時間程度の運転も可能になっている。とはいえ、生分解性油圧作動油では耐久性に関わる添加剤でも毒性のあるとされるものは一切使えないことから、どうしても一般作動油に比べ性能が劣り、欧州のような規制なしには普及が難しいと見られている。
ディーゼルエンジン油規格DH-1およびDH-2、建設機械用油圧作動油規格HKおよびHKBはともに、規格に適合したオイルの品質確保と広く流通させるための届け出システム「オンファイルシステム」として運用され、規格適合作動油のグローバルでの入手性が向上し、粗悪作動油によるトラブルの回避が可能な環境にある。オンファイルシステム運用の円滑化と政策面での支援などにより、建設機械の稼動に合致したこれらのオイルの使用が進み、建築機械の環境対応、省エネ化、ロングライフ化が一層進むことに期待したい。