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 本作は、「アカルイミライ」や「ドッペルゲンガー」の黒沢 清監督が、ミイラをモチーフに描いたサスペンス・ホラーである。

 作家の春名礼子(中谷美紀)は次回作の恋愛小説の執筆にかかっていたが、スランプに陥り体調も崩してしまう。担当編集者・木島幸一(西島秀俊)の勧めで郊外の森に囲まれた洋館に引っ越した彼女はある日、向かいの建物に何かを運び込む男の姿を目撃する。建物は相模大学の施設で、男は同大学教授で考古学研究者の吉岡 誠(豊川悦治)。運び込まれたのは洋館近くのミドリ沼で引き上げられた1,000年前の女性のミイラだった。死後も美しさを保つよう、泥を飲んで保管されていたという。礼子は、吉岡からそのミイラを2、3日預かってほしいと頼まれる…。

 このミイラの入った棺の引き上げ…や何やかやに、ウインチが使われる。入力された動力を歯車などにより減速して回転させるドラムにワイヤロープを巻き付け、荷物の上げ下ろしを行う。いわゆる巻き揚げ機である。大学に電動式ウインチを買うくらいの予算がないはずはないと思うのだが、豊川悦治演じる吉岡 誠はミイラの棺や何やかやを人力式ウインチで沼から上げ下げしている。水の抵抗もあって、人力だから何だかんだ大変そうである。

 東京・銀座の歌舞伎座でも、10年前ぐらいまでは役者をワイヤーで吊り上げ空中を飛行しているように見せる「宙乗り」に、人力式ウインチを使っていたそうである。歯車減速装置で巻き上げ時の負荷を軽減していたとしても、歌舞伎では役者の演技に支障を及ぼすような「揺れ」や「沈み」は厳禁というから、人力で一定の回転を保つのは実に骨が折れる作業だったろう。

 ところで本作で中谷美紀演じる礼子が、預かったミイラに「あなたが1,000年間捨てられなかったものを私は捨てる」と話しかける。ミイラが捨てられなかったプライドを捨てて、名声をとるという。だが、ミイラが固執したのは美である。テレビショッピングで数分間のうちに数万円の化粧品がSOLD OUTしている現実を見ると、世の女性の美へのこだわりは、何千年経とうが捨てることのできないものであろう。