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第82回 月面探査ロボで注目される固体潤滑技術

提供:JAXA提供:JAXA 「月探査に関する懇談会」(座長:白井克彦 早稲田大学総長)では2020年ごろをめどに高度なロボットによる無人の月探査、さらには人とロボットとの連携による月探査を検討しているが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)では先ごろ、一般からも広く募集する「月面ロボットチャレンジ」を実施、4月16日まで応募を受け付けている。将来の月面探査/有人月面拠点建設において月面ロボットがクリアすべき技術課題についてアイデアを募るもので、規定課題は主に、「クレータ中央丘岩石採取」と「拠点モジュールの埋設」の二つ。採択された場合には、JAXAとの共同研究として予算が付き、最終的には、試作機によるデモンストレーションまで実施する予定となっている。いずれにしても月面での過酷な使用条件に耐えるロボットとしては、摺動部分の潤滑、特に固体潤滑剤によるメンテナンスフリー・長期稼動というコンセプトは必須となってくるであろう。

 宇宙空間では10-5Pa以下の真空、微小重力、原子状酸素などの環境にさらされるが、さらに月では大気がないため昼の部分の表面温度は110℃(赤道付近)、夜の部分は-170℃といった過酷な温度変化、表面を覆う砂状物質(レゴリス)の静電付着・侵入といった問題に、月面ロボットは対応しなければならない。

 真空環境では液体潤滑剤の蒸発が避けられず、潤滑剤の選定には蒸気圧、周囲への汚染を考慮しなければならない。また、微小重力下では、摺動部から生じる摩耗粒子の浮遊に対する対策が必要となる。さらに高度100 km以上では紫外線により酸素分子が解離され原子状酸素となるが、原子状酸素は非常に酸化作用が強く、酸化による潤滑効果の劣化も検討が必要になる。先述の月面の広い温度変化に対応できる潤滑剤も求められる。レゴリスの熱伝導率が低いことから月面を1mも掘ると昼夜にかかわらず一定温度になることから、今回の課題にあるような拠点モジュールの埋設が必要となるが、一方でロボットの可動部分へのレゴリスの侵入機会が増えることになる。レゴリスは研磨作用も持つとされていることから、潤滑油への混入による潤滑作用低下は大いに懸念される。

 宇宙機器は上述のとおり極限環境での使用を余儀なくされるため、液体潤滑は非常に飽和蒸気圧の小さな高分子体パーフルオロポリエーテル(PFPE)などが部分的に使われるほかは、多くの場合、二硫化モリブデン(MoS2)など層状構造物質では、銀(Ag)など軟質金属、四フッ化エチレン樹脂(PTFE)やその複合材の高分子材料などの固体を用いた固体潤滑法が、安定した潤滑特性と清浄性により宇宙機器の潤滑法として用いられている。アウトガスが極端に制限される場合や経年変化を極力防ぎたい場合は、固体潤滑剤の中でも特に蒸気圧が低く、化学的安定性に優れる軟質金属が多く用いられる。

 たとえば転がり軸受は月面ロボットでも作業アームなどやホイール部分など回転・揺動の可動部分に必要となるであろうが、一つの衛星で見ても転がり軸受は50個以上用いられ、その90%以上で固体潤滑法が採用されているという。MoS2とPTFE系保持器の組み合わせにより摩擦係数0.001以下のものが実用化されており、 109オーダーの総回転数を維持したという報告があるほか、軟質金属被膜は、MoS2に比べ摩擦係数は高く、耐荷重能は低いという欠点があるもののアウトガスや摩耗はMoS2に比べ少なく2.9×108の寿命を実現したと報告されている。

 固体潤滑剤の代表としてはMoS2が多用されているが、近年低摩擦や高硬度を両立する固体潤滑技術としてダイヤモンドライクカーボン(DLC)の適用が広がっている。こうした最新の固体潤滑の技術を交えて編集した『新版 固体潤滑ハンドブック』が先ごろ発刊された。書籍・文献コーナーで紹介しているので参照されたい。固体潤滑剤の関係者は「固体潤滑剤を適材適所で使うには、機器の使用環境に合わせて、前処理も含めた処理方法を適切に選ぶべき」としているとおり、こうした貴重な文献も利用しながら固体潤滑技術を有効に用いることで、わが国の月面ロボ開発に役立ててほしい。