第14回 HDD業界の再編に向けて
富士通がハードディスク駆動装置(HDD)事業の売却に向け、HDD世界シェア2位の米ウエスタン・デジタル(WD)と交渉しているとのニュースが報じられた。この事業買収が成功するとWDはトップシェアの米シーゲイト・テクノロジーを追撃する格好になる。折りしも富士通を主要納入先とする磁気ディスク(HD)事業でシェア3位のHOYAがトップシェアの昭和電工と同事業での統合を発表、シェア2位の富士電機デバイステクノロジーとの差を広げる形となる。HDD業界が新たな再編に動き出しているようだ。
さて、HDDでは、容量(記録密度)の増大と消費電流の低減が永遠のテーマである。日立グローバルストレージテクノロジーズでは先ごろ、HDDレコーダやセットトップボックスなどのデジタル映像機器向けに最大記憶容量1テラバイト(TB)までの幅広い容量レンジを持つHDDを開発した。据え置き型のパソコン(PC)からノートパソコンや携帯音楽プレーヤーなど可搬型に市場が広がってからは、バッテリーを長寿命化させる技術もますます求められてきている。
HDDのメカニズムとしては主に、記録媒体であるディスク(HD)と、それを回転させるスピンドルモータ、ディスク上で記録再生を行うヘッドスライダー、それを支えるサスペンション、ヘッドの位置決めを行うボイスコイルモータがある。
HDDでは、回転するディスク上に記録再生素子(磁気ヘッド)を搭載したスライダーを浮上させて記録再生を行うため、記録密度を向上させるには、ヘッドとディスクの浮上すき間を低減する必要がある。現在この浮上すき間は10nm(1nmは10億分の1m)を切るレベルまできており、ディスクとスライダーが接触する可能性が高まっている。この接触により磁気記録層にダメージを与えデータを破壊することのないよう、ディスクの記録層の上には数nm厚で耐摩耗性に優れるダイヤモンドライクカーボン(DLC)膜が、さらにその上に1分子層の潤滑油膜が施されている。一方のヘッドにもta-C膜などのカーボン系薄膜が処理されている。
さて、ディスクを回転させるスピンドルモータでは従来、高精度のミニチュア・ボールベアリングが使われていた。しかし高トラック密度化が進むなか、ボールなど軸受構成部品の微小な加工誤差などに起因する、磁気ディスク回転に同期しない磁気ヘッド移動方向の振れ(NRRO:Non Repeatable Run Out)が障害となってきた。一方、アクセスの高速化のための回転速度の向上や情報家電で必須となる静音化への対応も接触型のボールベアリングでは限界があった。たとえばトラック上で目的のセクターがヘッドに近づいてくるのを待つ時間(平均待ち時間)は、ディスクの回転数によって決まり、7,200回転で4.2?/秒、1万5,000回転で2?/秒という。つまり、高速回転にするほど待ち時間は短くなり、より速くデータにアクセスできる。
そこで登場したのが流体動圧軸受を使ったモータである。動圧軸受とは、回転軸とヘリングボーンという溝を加工したスリーブの間にオイルを封入、回転が始まるとヘリングボーン溝に沿ってオイルに動圧が発生し、油膜により非接触となったラジアル軸受ができる。また、回転軸と結合したフランジにもヘリングボーン溝が設けてあるため、回転軸を浮かせる方向にも動圧が発生し非接触なスラスト軸受が成立する。ボールベアリングと違い日接触のため音が静かで、3.5インチサーバーの1万5,000回転という高速にも対応する。さらに封入するオイルの粘度温度特性を工夫することで消費電流値を低く抑えることができる。
これらのメカニカルな技術などにより、HDDの命題である記録容量の増大と消費電力の低減、さらには信頼性向上が実現されているのである。
フラッシュメモリーがHDDを駆逐するという議論があったが、2012年のノートパソコン市場では、フラッシュを記憶媒体に使うものが約8,000万台なのに対し、HDD搭載のものは現在比4割増の約2億8,700万台(米ガードナー調べ)。HDDの活躍の場はまだまだ広がっていくようだ。HDDに関連する方々が正当な評価を受け、収益を確保できるよう、業界の健全な発展に期待したい。