第79回 海外市場獲得に動くわが国宇宙産業
経済産業省は先ごろ、高い技術を誇りつつ諸外国と比べ国際受注の実績が乏しいわが国宇宙産業企業の海外市場開拓を図るべく、IHIやIHIエアロスペース、NEC、三菱電機など産業界もメンバーに加えた「宇宙産業ミッション団」をエジプトおよび南アフリカに派遣した。宇宙利用は発展途上国を含めて世界的に拡大、すでにアフリカでは、ヨーロッパ企業によるエジプトの通信放送衛星の受注、中国によるナイジェリアの通信放送衛星の受注、ロシアによる南アフリカの衛星の打上げ受注など、宇宙分野の国際競争が始まっている。
宇宙産業の国内市場規模は約7兆円で太陽電池や燃料電池などへの技術の波及効果も期待されているが、日本の宇宙機器産業(人工衛星など)の売上げの9割は官需で、欧米の約6割(残り4割が民需)というバランスに比べて偏りが大きく、わが国衛星メーカーは国内民需(スカパーJSat、放送衛星)も受注できていないのが現状。また宇宙機器の市場規模も、日本が2,600億円なのに対し、米国が3兆8,000億円、欧州が8,700億円と差が大きい。
一方、人工衛星の活用は近年、通信・放送や地球観測分野を中心に発展途上国でも進められており、打ち上げられる衛星は全世界で1999年から2008年まで128機だったものが2009年から2018年の間に260機程度まで拡大することが見込まれている。
こうした現状を踏まえ、衛星技術を保有する各国が発展途上国などへの売り込みを積極的に行っており、中国は衛星の提供を見返りにナイジェリアなどから資源を獲得することに成功しているほか、フランスも大統領自らのトップセールスの展開などの施策によりベトナムなどから衛星を受注することに成功している。
また、アフリカでも宇宙利用の需要は拡大しており、衛星単体で数十~百億円、地上の利用システムまで含めればより大きな市場拡大が見込まれるが、日本はこれまでデータ利用レベルの技術協力にとどまっており、衛星受注などの大型商談には至っていない。
経産省では、国内宇宙機器産業は国際競争力が乏しく、宇宙利用サービスを支える衛星システムはほぼすべて海外製であり、結果として宇宙利用が拡大しても、産業のバリューチェーンとして、宇宙機器産業と宇宙利用サービス産業の間で事実上分断されていると分析した。日本は世界で4番目に自国ロケットによる衛星打ち上げを実現したが、2009年1月に韓国の衛星打ち上げを受注するまで、商業打ち上げの実績はなかった。
こうした現況をふまえ経済産業省では、日本企業の国際進出を支援する技術施策として、世界最先端の商用衛星並みの性能・低コスト(30億円)・短納期(開発期間3年)を実現する高性能小型衛星(SASKE)の研究開発(ASNAROプロジェクト)に取り組んでいる。
たとえば地球観測用衛星では、小型化、高機動化(衛星姿勢を要求に応じて迅速に変える)、搭載センサの高性能化が要求されている。三菱電機では、小型化に向け先進的構造技術や電気推進系(ホールスラスタ)などの、また高機動化に向けコントロールモーメントジャイロやその開発を支える3軸衛星シミュレータ、宇宙用潤滑技術などの技術革新を挙げている。さらに、衛星搭載用センサの高精度化に寄与する機械系技術として、センサ駆動系などに用いる標準アクチュエータ、センサ指向精度の要となる可動鏡、センサへの擾乱を少なくする磁気軸受ホイールなども適用しているという。
また、小型衛星の打上げ手段として、特定の射場を必要とせず、打上げ機会の増加などを可能とする「空中発射システム」の研究開発システムの検討を進めている。空中発射システムは航空機にロケットを取り付けて離陸し、公海上でロケットを切り離し、さらに衛星を分離して軌道に乗せる技術。地上の大がかりな打ち上げ施設を必要とせず、地元漁業関係者らとの協議が必要な打ち上げ時期の制約が減ることなどから、低価格で機動的な打ち上げが可能になる。
次期固体ロケットの研究開発も進んできている。M-Vロケットは全段固体で惑星探査にも使用できる世界最高性能の多段式固体ロケットだが、総合的に見ると運用のコストがかさんでいたため次期固体ロケットではM-Vロケットの約3分の1程度を目標にコストの削減を図ろうと計画している。また、地上設備や打ち上げオペレーションにかかる時間を、M-Vロケットの4分の1程度になるようにコンパクト化。このために、ロケット搭載系の点検は機上で自律的に行い、地上系の手間を省く。ロケットの搭載装置は、現在ではロケットごとに固有のものを作っているが、次期固体ロケットではロケットに依存しない搭載系を目指している。
地球観測衛星の需要動向を見ると、過去5年間で年平均15%伸びており、2017年までに世界全体で34億ドルに達すると予測されている(Euroconsultレポート)。資源探査(石油・ガス・レアメタル)などに使う地球観測衛星を調達する発展途上国では、衛星のデータ利用に限らず、衛星の開発技術の獲得に対するニーズが大きい。このため、衛星に加えて、地上運用局、利用技術、技術教育、打上げまで含め、「システムとして売る」ことが必要となってきている。海外展開で立ち後れているとはいえ、わが国の宇宙技術は「システムとして売る」に足りる実績を持っている。今回のような官民合同ミッションにより、わが国宇宙技術の世界におけるプレゼンスが高まり、市場獲得に向け拍車がかかっていくことに期待したい。