第87回 赤外線サーモグラフィ診断の人材育成・市場拡大に向けて始動
日本赤外線サーモグラフィ協会が4月22日に発足した。赤外線サーモグラフィの広範な科学技術分野への普及を図るとともに、正しい測定方法を身につけた技術者の養成を目的として発足したもの。理事長には、神戸大学教授で、日本非破壊検査協会「赤外線サーモグラフィによる非破壊評価特別研究委員会」主査の阪上隆英氏が就任した。
赤外線サーモグラフィは、赤外線を検知して温度や熱を可視化する技術を利用した装置および測定方法。インフルエンザなどの発熱性疾患の検知から、プラントの異常発熱や構造物の欠陥による温度変化を重大な事故に至る前に検知する予防保全まで幅広い分野で利用され、10年前は数百億円程度だった世界市場(赤外線カメラ・モジュールカメラを含む)が現在1,000億円超の規模にまで拡大している。市場を牽引しているのは電力・電気設備の保守保全、発熱異常監視、建物診断に代表される非破壊検査などだが、国内では建築基準法(定期報告制度9改正により赤外線診断の適用範囲が広がり、また2009年には原子力施設の保全技術指針に赤外線サーモグラフィ法の適用が制定、さらには本年4月から改正省エネルギー法が施行されたことにより熱エネルギーの漏れ診断を熱計測により行うなど、さらなる用途拡大が見込まれている。同協会はこうした状況を踏まえ、赤外線サーモグラフィを正しく使用するための診断技術者向けのセミナーの実施や資格・規格の制定・整備のニーズに対応していく必要があると見て、設立された。
理事長である阪上教授はJAXAとの共同開発で、実際に赤外線サーモグラフィを使ったH-IIBロケットの検査、さらには次世代宇宙構造物の材料検査の研究を進めている。ロケットではわずかなキズやひび割れの存在も許されないため、見えない部分の損傷や欠陥を調べるために、綿密な非破壊検査が行われる。超音波を使っての検査が主流だが、巨大なロケットの1点1点に超音波を当てるには相当な時間と手間がかかる。
そこで、赤外線を使った新しい非破壊検査方法の出番となる。これは赤外線カメラで撮った画像から、構造物表面の欠陥を見つけだす検査方法で、ロケットはもちろん、トンネルなどの大きな構造物の非破壊検査に適している。強力なフラッシュランプを使って瞬間的に検査物に熱を与え、その情報を赤外線カメラでとらえてコンピューター画面に画像表示する。強力な熱があたった検査物の表面は瞬間的に温度が上がるが、内部に欠陥があるとその状態によって温度変化が起きる。その画像データを数値化していくことで欠陥の大きさや深さまでを測定できる、というものだ。
阪上教授は「赤外線による検査方法は特に材料の表層部を調べるのに適している一方、超音波は深い部分の検査に向いているため、これらの検査を組み合わせることで、より精度の高い検査の実現が期待される」と語る。阪上教授が主査を務める日本非破壊検査協会「赤外線サーモグラフィによる非破壊評価特別研究委員会」でも赤外線サーモグラフィによる非破壊評価技術のさらなる発展と普及を目指し、NDIS原案作成、ISO原案作成への国際協力等の標準化活動ならびに赤外線サーモグラフィによる非破壊試験技術者認証制度立ち上げに向けての準備作業を進めているという。
赤外線サーモグラフィによる工業的非破壊検査は、遠隔から広範囲を測定でき、効率的・視覚的に異常を検知できること、スクリーニング検査に威力を発揮することなど、他の手法にはない特徴を持つ。高度成長期につくられた様々な機器・構造物の経年劣化による破壊が問題となり、稼働中の機器・構造物を遠隔から 効率的に検査できる非破壊試験法に注目が集まっており、先述の特徴を持つ赤外線サーモグラフィによる非破壊試験法への期待も大きい。
日本赤外線サーモグラフィ協会の設立パーティーに出席した横浜国立大学名誉教授で原子力安全委員会で委員を務める白鳥正樹氏は「原子力発電所では耐震安全性から状態監視により不具合を見るが、多くの場合、超音波やAE(アコースティックエミッション)など音でとらえている。熱をとらえる手法のほうが可視化で瞬時に不具合がとらえられるだろう。世界的な『ニュークリア・ルネッサンス』で原発建設ラッシュの続く中、赤外線をキーワードにした発展の余地も多い」と語っている。
赤外線サーモグラフィによる軸受の状態評価などの研究も進む一方で、データとの相関性がとらえにくいため導入に踏み切れないとの声もある。そうした意味合いからも、今回赤外線サーモグラフィを正しく使い正確な測定・評価をする技術者の育成に向けて動き出したことは、機械・設備を健全に稼動させ、トータルコストダウンや省エネに貢献するだけでなく、特に原子力発電所のような設備では安全信頼性の確保につながる。日本赤外線サーモグラフィ協会設立にあたり、赤外線サーモグラフィの技術者が増え、機械・設備の管理手法が確立されるとともに、適正な適用により市場を伸ばしていくことに期待したい。