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日本トライボロジー学会、2021年度学会賞を発表
日本トライボロジー学会(JAST)はこのほど、「2021年度日本トライボロジー学会賞」の受賞者を発表した。表面改質関連では、以下のような受賞があり、オンライン開催された「トライボロジー会議 2022 春 東京」の会期中の5月24日に授賞式が開催された。
技術賞「インターカレーション法によって合成した有機-無機ハィブリッド型固体潤滑剤」
大下賢一郎氏、柳睦氏、小見山忍氏(日本パーカライジング、佐々木信也氏(東京理科大学)
冷間鍛造の分野では、1934年に発明されたリン酸亜鉛皮膜が、潤滑皮膜として現在でも広く用いられている。この皮膜は極めて優れた潤滑性を有し、ほぼすべての加工形態に対応できる万能な皮膜である。一方で、成膜に化学反応を利用するため成膜効率が悪く、成膜工程から大量の排水や産業廃棄物、CO2が排出されるなど、環境負荷が高いことが指摘されている。このような背景から、2000年以降、生産性の向上と環境負荷低減を目的に、成膜に化学反応を利用しない塗布型潤滑皮膜への移行が国内外で徐々に進んでいる。
本技術は、層状粘土鉱物の一種であるマイカの潤滑性向上を目的に、インターカレーション法によってマイカの層間、すなわち、へき開面に、有機系潤滑成分であるアルキルアンモニウムを担持させた有機-無機ハイブリッド型固体潤滑剤である。層間に担持されたアルキルアンモニウムはマイカの層間すべり性を向上させるため、高荷重かつ表面拡大を伴う塑性加工面においてスムーズにへき開し、新生面を効率的に保護することで、焼付きを抑制する。本技術を塗布型潤滑皮膜に適用することで、潤滑性はリン酸亜鉛皮膜と同等レベルを維持しつつ、成膜時間は1/10未満に短縮され、成膜工程から排出される廃棄物も10%未満まで低減することが可能となった。
インターカレーション法とは、層状物質の層間に化学的特性が異なる他の成分を挿入する反応の総称である。層間に担持可能な成分の候補は無数にあるが、適切な成分を選択することによって、目的に応じた機能を自在にマイカに付与できる可能性がある。インターカレーション法は近い将来、固体潤滑剤の高機能化と地球環境保全に大きく貢献することが期待されている。
上段:左から、プレゼンターの杉村丈一JAST前会長、佐々木氏、大下氏、下段:左から、柳氏、小見山氏「トランスミッション用シール付き転がり軸受の低フリクション化技術」
水貝智洋氏、佐々木克明氏、和久田貴裕氏(NTN)
CO2排出量削減に向け、自動車のトランスミッション用軸受には、長寿命に加えさらなる低トルク化が求められている。加えて、高速モータを用いた車両電動化の要求により、減速機用軸受には高速化への対応も求められている。本技術は、トランスミッションおよび減速機用シール付き転がり軸受の低フリクション化に関するものである。
トランスミッション内の潤滑油にはギヤ摩耗粉などの異物が存在し、これが軸受の寿命低下を招く恐れがあるため、①接触シールを用いて異物侵入を防ぐ、②異物寿命に効果的な特殊熱処理を施すなどの対策がなされる。しかし、①はシールによる回転トルクの増加が避けられなく、かつ、高速回転下ではシールの適用限界速度を超えては利用できない。また、②は異物がない環境に比べると寿命低下が避けられない。
本技術は、上記①に対して、接触シールの摺動面に半円筒状微小突起を設けることにより、油潤滑下でシール摺動面と内輪間に“くさび膜効果”による流体膜を発生させ、回転トルクを従来接触シール品比で80%低減し、非接触シールと同等にした。一方、突起高さは微小であるため、寿命を低下させるサイズの異物の侵入を遮断でき、異物がない環境と同等の軸受寿命を確保できる。また、本シールは、従来接触シールに比べ大幅に高い周速下でも使用できる。
以上のように、本技術は、異物混入油中でも十分な寿命を確保しつつトランスミッション用軸受の回転トルクを低減でき、自動車の省燃費化に貢献できる。また、信頼性の向上により軸受サイズの小型化、また、自動車の軽量化に貢献できる。さらに、従来の接触シール付軸受に比べ2倍以上の周速で使用できるため、車両電動化に伴う高速化の要求にも応えることができる。
上段:左から、杉村JAST前会長、佐々木氏、下段:左から、水貝氏、和久田氏「転動体強化による転がり軸受の高機能化技術」
橋本翔氏、小俣弘樹氏、植田徹氏、岩永泰弘氏(日本精工)
本技術は転がり軸受の転動体を強化することにより、軸受そのものの耐久性向上を実現する材料技術である。
近年、カーボンニュートラルの実現に向けて、自動車や産業機器の省エネルギー化の要求はますます高まっている。したがって、様々な機器に使用される転がり軸受においても、軽量化や低トルク化することで社会ニーズに応えていかねばならない。このような背景から、転がり軸受に加わる荷重や潤滑状態は一層厳しくなり、表面起点型はく離などの表面損傷が加速されることが予想される。圧痕起点型はく離に代表される表面起点型のはく離寿命は、計算寿命よりも極端に短くなるケースがあるため、この現象に対して長寿命化する技術開発が重要である。一般的には、浸炭窒化などにより、はく離が生じる軌道輪の残留オーステナイト量や残留応力を制御することが有効である。
一方で、これまでの研究から、軌道面に形成された圧痕縁からの疲労き裂発生には、圧痕縁に作用する接線力が重要な役割を果たしていること、転動体の表面粗さが大きくなるほど軌道輪に作用する接線力が大きくなることを明らかにした。以上から、はく離が生じる部材そのものではなく、相手材である転動体を強化し、使用に伴う表面粗さの劣化を抑制することによって、軸受そのものの耐久寿命を延長させるという新たな開発指針を得た。この指針に基づき、表面に微細な炭窒化物を析出させることで耐異物圧痕性や耐摩耗性を向上した転動体を開発した。本転動体を使用した転がり軸受は、標準仕様と比較して、異物混入潤滑において約2倍のはく離寿命を有し、コストアップを抑制しつつ高耐久化することが可能である。
本転がり軸受は自動車トランスミッション用や工作機械用などに展開されており、様々なアプリケーションの省エネルギー化に貢献している。
左から、杉村JAST前会長、小俣氏、下段:橋本氏 奨励賞「ピコ秒レーザ加工を用いた血漿タンパク質の吸着促進による摩擦低減」
神田航希氏(東北大学)
本研究は、血液用メカニカルシールの摺動面における摩擦増加の主因となる血漿タンパク質の変性・吸着を表面処理技術により制御し、血液中における摩擦を2桁低減させうることを実験的に明らかにしたものである。
心疾患を有する患者に埋め込まれる補助人工心臓内部のインペラの回転を支持するメカニカルシールには、血液中における低く安定した摩擦係数の発現が求められる。このような背景において、本研究では補助人工心臓実機に搭載されるメカニカルシールの摩擦・密封特性を評価可能な摩擦試験機を設計・製作し、種々の表面性状を有するメカニカルシールの血液中における摩擦・密封特性を評価している。
はじめに、通常観察が困難とされる血漿タンパク質を間接免疫蛍光染色法により可視化し、血漿タンパク質の吸着特性と摩擦特性の相関の把握を可能にした。続いてDLC(Diamond-like carbon)膜をメカニカルシールの摺動面に施し、変性した血築タンパク質の吸着を抑制することで血液中特有の不安定な摩擦挙動を抑制することに成功している。さらにピコ秒レーザ加工装置による表面テクスチャを摺動面に施すことで、血液中において摩擦係数が徐々に減少するなじみ現象の発現と実用上十分な低漏れ量の両立が可能であることを見いだしている。
以上のように本研究は、血液中に多く含まれる血漿タンパク質の変性・凝集・吸着に着目し、さらに摺動面上における血漿タンパク質起因の変性タンパク質膜の形成制御により血液用メカニカルシールの摩擦・密封特性を改善することに成功している。
これは人工臓器の摺動部における摩擦の低減を可能にする設計のための重要な知見であり、血液用メカニカルシールのみならず患者のQOLを飛躍的に向上しうる次世代の人工臓器の摺動部の設計における有益な知見となるものと評価された。
「PBII & D法による塩素含有DLC膜の創製としゅう動特性向上に関する研究」
徳田祐樹氏(東京都立産業技術研究センター)
高硬度・高耐摩耗性・低摩擦係数などの優れた摺動特性を示すDLC膜は、すでに多岐にわたる産業製品への適用が実現しており、一定の産業市場を有する技術分野にまで成長している。一方で、DLC膜のさらなる高機能化や新たな機能付与など、技術分野として求められる産業ニーズは依然として高い水準にある。これらのニーズを満たすことを目的とし、近年ではDLC膜の成膜技術の改善のみならず、新たなアプリケーションで最大限の性能を達成するための膜構造の最適化や、併用する潤滑油の最適化など、様々な試みが推進されている。
本研究では、DLC膜に新たな機能を付与することを目的とし、重畳型プラズマイオン注入成膜法(Plasma Based Ion Implantation & Deposition:PBII & D)を用いたDLC膜中への異元素添加技術に着目した。当該成膜法では、成膜原料に任意の元素を含んだガスを用いることで、目的とする元素を膜中に添加することができる。一方で、塩素化パラフィンなどの塩素系潤滑油を使用した摺動環境下においては、摺動界面での摩擦摩耗に伴うトライボケミカル反応により塩化物が生成され、摩擦抵抗が低減すると報告されている。このような背景を踏まえて、本研究では四塩化炭素(C2Cl4)を原料ガスとしたPBII & D法によりDLC膜を形成することで、これまでに前例のない「塩素含有DLC膜」の開発に取り組んだ。形成した塩素含有DLC膜に対し、鉄鋼材料や軽金属材料、セラミックス材料を相手材としてオイルレス環境での摩擦試験を行った結果、相手材の種類に応じて異なる摺動特性を示すことが確認された。特に、アルミニウム合金材料と摩擦をしたケースでは、摺動界面が低摩擦化するだけでなく、塩素含有DLC膜とアルミニウム合金の摩耗量がともに低減する傾向が確認された。表面観察や機器分析の結果、この摺動界面にはトライボケミカル反応により「塩化アルミニウム六水和物」が形成されていること、およびこの塩化物が潮解性を有しており、大気中の水分を吸水することで合成基油(poly-α-olefin:PAO)と同程度の粘度を有する液状物質として摺動界面に介在していることを確認した。このことから、吸水により液状化した塩化物が摺動界面において潤滑油として作用 することで、低摩擦化、高耐摩耗化を達成したと結論づけた。
本研究成果である塩素含有DLC膜は、従来のDLC膜とは異なる摺動メカニズムを有する技術であることから、新規的なコンセプトに基づくトライボシステムの構築や、DLC膜の適用分野のさらなる拡大に貢献できると期待されている。
奨励賞受賞者一同:下段左が神田氏、右が徳田氏admin 2022年6月7日 (火曜日)