スクリーンの向こうに、メカが見える
スクリーンの向こうに、メカが見える
映画の評論や解説には昔からあまり興味がなく、映画の中の音楽やファッション、小道具にどうしても目がいってしまいます。
この連載では、映画に出てくるメカの話題に連想してちょっとした映画紹介ができればと考えています。こんなマニアックな映画へのアプローチも一興かなと自分を励ましながら連載を続けていきたいと思います。
第01回〜第10回
第01回〜第10回第01回『2001年宇宙の旅』
第01回『2001年宇宙の旅』この3月、土井隆雄宇宙飛行士を乗せたスペースシャトル「エンデバー」が打ち上げられ、400キロ上空の国際宇宙ステーション(ISS)に、日本初の有人宇宙施設となる実験棟「きぼう」(上写真、提供:JAXA)の船内保管室が取り付けられた。同じ月、宇宙開発の未来像を描いて多くの宇宙飛行士に愛された作家アーサー・C・クラーク氏が他界した。スタンリー・キューブリック監督の映画『2001年宇宙の旅』の原作者である。
『2001年』は、宇宙ステーションが『美しき青きドナウ』の曲に乗って優雅に、強烈なインパクトをもってスクリーンに描かれた最初の映画だろう。第5宇宙ステーションを出て、人類を進化に導くオベリスク(黒い石板)の謎を解明すべく月へ、木星へと向かう宇宙飛行士たちを様々なトラブルが襲う。メカの故障もある。
2001年をとうに過ぎた現在、宇宙ステーションは本格稼動していないが、「きぼう」をはじめとする各種計画の実施が加速してきている。「きぼう」は来年にかけ、今回の船内保管室(空気を満たして、実験装置を保管したり飛行士が休憩したりする場所になる)に加え、各種実験を行う船内実験室、宇宙空間に実験装置をさらす船外プラットホームと、3回に分けてISSに運ばれる。実験装置の移動にはロボットアームが使われる。日本の得意とするメカだが、生産ラインで使われるのとは条件が違う。なんたって宇宙空間は真空で、地上のメカのように関節のところのベアリングに普通の潤滑油とかグリースが使えない。二硫化モリブデンとか金といった自己潤滑性のあるコーティングが使われるそうだ。そのへんの技術動向は、おいおい開発ストーリーなどで取り上げる予定だ。
1945年、人工衛星スプートニク打ち上げの10年以上も前に通信や天気予報などへの人工衛星の利用といった未来を予見していたクラーク氏の仕事部屋には、米国、ロシアの宇宙飛行士から贈られたサイン入りの写真が何枚も飾ってあったという。宇宙飛行士たちにとって、クラーク氏こそが宇宙開発の夢へとつき動かすオベリスクだったのがもしれない。
第02回『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
第02回『バック・トゥ・ザ・フューチャー』 ガソリンが、ばか高い。昨年来、原油高から150円台で推移してきて、暫定税率の期限切れで120円台半ばになったのも束の間、暫定税率(どこが暫定だ!)の復活で160円台に急騰したと思ったら、いまや180円台だ。中古車買取専門フランチャイズ、ガリバーの調査では、このままガソリン高が続くようなら売却を検討するという層が5割を超えたとか。
ガソリンと電気を併用したハイブリッド車「プリウス」が累計販売100万台を突破したが、燃料消費が少ないからとそれに買い換えるほど、まだまだお手頃価格とは言えない。
さて、クルマの燃料で思い出すのはスピルバーグ製作総指揮、ロバート・ゼメキス監督の『バック・トゥ・ザ・フューチャー』。ドク(エメット・ブラウン博士)が開発した「デロリアン(DMC-12)」型タイムマシンはプルトニウムを燃料に動くが、主人公のマーティン・マクフライが飛んだ先、1955年にプルトニウムを入手することはできず、燃料切れで元の時代に戻れない。そこでマーティンとドクは体を張って、プルトニウムに匹敵する時計台に落ちる雷のエネルギーを拾ってどうにか現代に戻る。しかしその後未来に飛んだドクとともに戻った改造デロリアンは、なんとそこいらのゴミを放り込んで動くのである。なんて荒唐無稽な、と当時は思っていた。
ところが最近、アメリカの自動車大手ゼネラル・モーターズ(GM)が農業廃棄物や都市ごみ、産業廃棄物などからエタノールを生産する技術を開発したコスカタ社と提携する、との発表があった。GMやフォード、クライスラーなどは近年、ガソリン価格の高騰と燃料効率基準の厳格化に対応する戦略的な選択肢として、エタノールとかいろんな燃料が使える「フレキシブル燃料車」を推し進めている。そういえばデロリアンはGM出身者が作ったクルマだったっけ。
これからは、金のかからない燃料で走れないクルマは売れなくなっていくのかも。ともあれ、ゴミ燃料に一票!
第03回『ローマの休日』
第03回『ローマの休日』インドは今、自動車の成長市場として各国が注目している。地元の自動車メーカー、タタ社が2500ドル(26万円くらい)というULCC(超低コスト車)「ナノ」をリリース、日産のゴーン社長も今のところトヨタが進出しない分野としてULCC参入を表明した。注目されるゆえんは、インドで二輪車からの置換え需要が見込まれるからだ。だがホンダはこれに対し燃費向上など、スーパーカブを進化させた二輪車で対抗するという。二輪車需要、スクーター需要が続くと見る。
さてスクーターで思い出す映像は、ウィリアム・ワイラー監督の『ローマの休日』か。ヨーロッパ各国を親善旅行中の某国王女アン(オードリー・ヘプバーン)は、ローマ滞在中に過密スケジュールに嫌気がさし、ひとり街に出る。そこで出会ったアメリカの新聞記者ジョー・ブラッドリー(グレゴリー・ペック)は、王女とは知らずにアンを自分のアパートに連れ帰るが(アンが睡眠薬でおねむだったので、決してチャラ男ではない…と思う)ふとしたことから王女だと知り、特ダネをねらいローマ観光案内を引き受ける。お供の同僚カメラマン、アーヴィングは、隠しもったカメラ(日本製エコー8。鈴木光学から1951年に発売されたジッポー型スパイカメラ!)で王女のスナップ、たとえば王女を捜索する密偵との乱闘シーンなんかもしっかり押さえる。そんなこんなでアン王女としがない記者ジョーの決して叶うはずのない恋が静かに激しさを増していくわけだが、ここでスクーターが、コロセウムやサンタ・マリア・イン・コスメディン教会の「真実の口」、トレビの泉などを巡り、恋にいたるためのツールとなっている。すでにクルマの交通量が多いローマで、スクーターでの颯爽とした街乗りの、なんてオシャレなことか。だがその光景がイケてるのはアン王女とジョーのツーショットだからで、インドのようにスクーターにすら4、5人乗っかるとなると、様相が違ってくる。女性ばっかりが相乗りすればハーレム状態で結構じゃないかって?…まあ、それなりに結構だろうけど、タイトルも『アラビアの休日』とかにしないといけなくなりそうだ。
ともかく、二人乗りのクルマにも6、7人は乗り込むだろうと言われるかの国に、果たしてホンダが省燃費の二輪車で対抗できるのか、しばしスクリーンのこちら側で見守ってみたい。
第04回『アイ、ロボット』
第04回『アイ、ロボット』ホンダがこのほどヒューマノイド・ロボット「アシモ」について、大阪大学と共同でパートナーロボットとしての研究に取り組むとのニュースを読んだ。なるほどヒューマノイドロボットとしては、人間のパートナーという役割はうってつけだ。盲点だったな、と思った。以前ホンダの広報に、アシモにはどういう活用が見込まれるのか尋ねたことがある。答えは「展示会やデパートの受付係やアトラクション、それから夜警もあるかな」とのことだった。どうしても人間の生理上、夜間勤務は効率が落ちる。こういう役こそロボットが担うべきフィールドだろう、と。ホンダは次世代のモビリティーとしてロボット開発に着手しただけに、そのころは「人間の足がわりになる用途」を重点的に模索していたのかもしれない。
アシモの名前は、作家アイザック・アシモフ博士に由来する。氏にはロボットの登場する著書が多く、作品の中でかの「ロボット3原則」を打ち立てた。その1、人間に危害を加えるべからず。その2、人間の命令に服従すべし。その3、以上の原則に反しない限りにおいて、ロボットは自己を守るべし。著作「われはロボット」は"I,Robot"として映画化されているが、このうち第3の原則により、地球を滅亡へと導きつつある人間から自身を守り、人間に代わり世界を動かそうと企図するロボットのストーリーである。ロボット嫌いのデル・スプーナー刑事(ウィル・スミス)がU.S.ロボティクス社のラニング博士の謎の死から新世代ロボットの関与を疑い、追いかけるというサスペンス&アクション仕立てとなっている。もしロボットが自律的に判断し行動できたら…物語は、3原則に縛られない進化したロボットの無気味さを描いた。
さて現在、市場にはセラピーロボットやホビーロボット、ヒューマノイドロボット、ホームセキュリティロボット、コミュニケーションロボット、介護用ロボット、産業用ロボットと多くのロボットが投入されているが、開発者はいずれも3原則を意識しているようだ。ロボットが転倒して人間にケガをさせることのないよう、メカとセンサー技術による転倒防止機構があり、それ以前にガンダムみたいに背の高いもの、巨大なものは作らない。企業の社会的責任や安全保証ということはもちろんあるだろうが、宇宙飛行士がアーサー・C・クラーク氏を崇拝しているように、ロボット開発者にとってアシモフ博士の作った3原則は、遵守すべきバイブル、アンタッチャブルな聖域なのだろう。
第05回『007私を愛したスパイ』
第05回『007私を愛したスパイ』スイスのリンスピード社が、水陸両用車のコンセプトモデル「sQuba」を開発した。水上走行に加え、水深10mまで潜水走行できるらしい。路上では電気モータで走行し、水上では二つのプロペラで、水中では二つのジェット口からの水の噴射で推進するとか。どこかで見たようなと思っていたら、映画『007私を愛したスパイ』の水陸両用ボンドカー「ロータス・エスプリ・サブマリン」がモデルとのことである。
『私を愛したスパイ』は、007シリーズの10作目である。英国とロシアの原子力潜水艦がシージャックされ、英国からボンド、ロシアからアーニャ(トリプルX)の二人のスパイが諜報活動に送られる。黒幕は、地上の都市を核攻撃して壊滅させ海底都市を築こうとする海運王ストロンバーグ。計画を阻止しようとするボンドたちをマシンガンつきのヘリコプターや爆弾装備付きサイドカー「カワサキ2900」などが追撃し、そのチェイスのなか、ボンドカーは追跡を逃れ、潜水モードで水中へ…。ホイールがボディーに収納されハブ部分はシールドされ、側面から出された四つの水中翼で運行する。小型魚雷や地対空ミサイル、セメント散布装置(これはかなり環境に悪そう)などの武器を積載しているのだが、不思議なことにボンドガールであるロシアの女スパイ、アーニャがこのボンドカーの武器を操作する。
「なぜ扱い方を知ってる?」と聞くボンドに、「2年前にこの車の設計図を盗んだから」とにっこり答えるアーニャ。なんともエスプリのきいたセリフである。しかし、この映画が1977年製作で、ロシア(当時ソビエト連邦)が新冷戦時代に突入する直前のデタント時代(1969年?1979年)末期であることを考えると、妙な真実味もある。
さて、開発された「sQuba」だが、今のところ水圧の問題をクリアできずオープンカーで、酸素ボンベとマウスピースをつけて乗り込んで何とか2時間の潜水走行が可能なうえ、地上走行の最高速度120km/hに対し、水上走行で6km/h、潜水走行は3km/hとのこと。これでは時速4kmで泳ぐウナギにも追いつかれてしまう。水陸両用ボンドカーの実現は、まだまだ難しそうである。
第06回『フック』
第06回『フック』一時期、大人になりきれない若者を「ピーター・パン・シンドローム」と称したことがある。近年のニートとかフリーターとかにあたるのだろうか。本作は、スティーブン・スピルバーグ監督によるファンタジー・アドベンチャーで、バリー作『ピーター・パン』の続編みたいなストーリーだ。
ピーター・パンはロンドン・ケンジントン公園で乳母車から落ちて迷子となったことから年を取らなくなり、海賊のフック船長らが住むネバーランドで妖精・ティンカーベルらと冒険の日々を送る。宿敵フックをチクタクワニ(どこかで時計を食べたせいで、お腹から時計の音がする)が待ちかまえる海に蹴り落としたピーターの勝利で、物語は終わったはずだが…。
映画では、ネバーランドを出て40歳となったピーター(ロビン・ウイリアムズ)の二人の子供たちがフック船長に連れ去られる。ピーターは現世で某社社長であり、自分がピーター・パンだと言われてもまったく信じないまま、妖精・ティンカーベル(ジュリア・ロバーツ)に連れられてネバーランドへ。子供たちを救い出すため、宿敵フック船長(ダスティン・ホフマン)との対決が始まる。
チクタクワニに食べられたフック船長の右手はアタッチメント式の鉤手(つまりフック。タイトルからして、しゃれである)となっている。ネバーランドのシーンの冒頭で、召使いがこの超硬合金(!?)の鉤手をグラインダーで磨き、フック船長に届ける場面がある。ピーターへの憎悪を日々新たにしているようである。アタッチメント式なので、たまに鉤手でなくフェンシングのフルーレのようなものも付ける。さらった子どもたちを見方につけようと黒板を使い話し聞かせるときにはフルーレの先にチョークを突き刺している。でもやっぱり鉤手がマッチしているようで、ピーターとの剣での決闘の中で、グラインダーで削りながら鋭さを増した鉤手で襲いかかる。研削盤でいうところのグラインディングである。常に工具の目立てをして、切れ味を整えている。ところで、フック船長はチクタクワニを連想させる機械式時計を極度に恐れている。ピーターと一緒に戦う迷子たちがカラクリ時計をいっせいにフック船長に突きつけて脅かす場面も登場する。
ピーター・パンの作者バリーは大人になりきれないピーターを批判的に、紳士的なフック船長を好意的に描いたといわれる。監督スピルバーグも、ピーターに対しては憎しみを抱えながらも子供たちには純粋な愛すべきキャラクターとしてフック船長を描いている。名優ダスティン・ホフマンをフック役に抜擢したのも、その意図の表れだろうか。
第07回『スナッチ』
第07回『スナッチ』DLC(ダイヤモンドライクカーボン)が紙面をにぎわしている。高硬度で耐摩耗性に優れ、低摩擦で潤滑性にも優れる。金型では離型性の改善などに、切削工具ではドライ・セミドライ用途などに、人工関節では耐摩耗性向上などに利用され大活躍だが、その名前からは「ダイヤモンドのまがい物」のイメージがぬぐえず、DLCの先発メーカーではICF(真性カーボン膜)という呼称も使い始めている。
さて、ガイ・リッチー監督の本作も、本物とまがい物が入り混じったジェットコースター・ムービーである。ロンドンの下町イースト・エンド。非合法ボクシングのプロモーター、ターキッシュ(ジェイソン・ステイサム)と相棒トミー(スティーヴン・グレアム)は、ノミ屋経営の黒幕ブリック・トップ(アラン・フォード)のために八百長試合を仕組む中で、なくなくパイキー流浪民のミッキー(ブラッド・ピット)を敗戦ボクサーに仕立てることになる。一方、ベルギーでは86カラットのダイヤを強奪した4本指のフランキー(ベニシオ・デル・トロ)がNYのボス、アヴィー(デニス・ファリーナ)に届ける途中で仲間の裏切りに会い、ダイヤを奪われる。ダイヤを受け取るはずだったアビーは凄腕の殺し屋ブレット・トゥース・ハニー(ビニー・ジョーンズ)を雇い、フランキーとダイヤの行方を追う。
ダイヤをめぐる熾烈な争奪戦と賭けボクシングの裏取引が交錯するなかで、本物のダイヤと人工ダイヤが、八百長のボクサーと実力派のボクサー・ミッキーが、レプリカのガンと最強の自動拳銃・デザートイーグル50が登場する。ダイヤを奪おうとする間抜けな黒人3人組がレプリカのガンですごんでみせるところで、殺し屋ブレットはデザートイーグルを見せる。「こいつは本物だ」と。このガス・オペレーテッド・リピーティング・システムは、高圧のガスをうまく使い銃身を固定、命中精度が高く、その威力はレベル?規格のボディーアーマー(防弾チョッキ)をも貫通するという。たしかにレプリカの銃ではデザートイーグルに太刀打ちできっこないだろう。
人工ダイヤも宝飾用途としての価値は言わずもがなだが、その高い硬度から、研磨や切削加工など工業用では実に重宝されている。墓石の御影石だってスパッと切断できるのである。
「まがい物といわれたって、ただじゃ終わらない」この映画は、そんなことを感じさせる一作でもある。
第08回『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』
第08回『インディ・ジョーンズ/クリスタル・スカルの王国』京都市が、間伐材の燃料化に向けたモデル事業を10月から本格化するそうである。京都市域は7割以上が森林で、毎年230?240ヘクタールで間伐などの森林整備に取り組んでいた。間伐された木材をコースターなどに加工して販売するケースはあったが、使用量はわずかで大半は放置されていたという。間伐材の活用法を検討していた市は、粒状に加工した木材「ペレット」を燃料とする暖房器具やボイラーなどが一部普及していることに着目、間伐材燃料化のビジネスモデルを検討し始めた。加工コストや山からの運搬コストの問題から一般への普及は課題も多いが、木材の燃料は石油など化石燃料に比べ二酸化炭素(CO2)の排出が少なく、地球温暖化防止と森林整備を同時に狙える。大いに期待したい。
このすばらしい取組みからマズい連想で大変恐縮だが、森林をダイナミックに伐採しながら車が進むシーンをスクリーンで観た。『インディ・ジョーンズ/クリスタルスカルの王国』である。物語はほぼ、エルドラドから500年前に盗まれたクリスタル・スカル、それを手掛かりに黄金郷にたどり着くまでの、インディらとソ連の非情な士官イリーナ(ケイト・ブランシェット)率いる秘密部隊とのチェイスに費やされる。米ソ冷戦の番外編である。
この中で、ジャングルの木々を伐採しながら進むソ連のホイールソー(丸ノコ)車両が登場する。車の両側で巨大なホイールソーが高速回転して瞬時に大木をはらっていく。このほか、スプラッシュ・マウンテンみたいな水陸両用ジープなど、いろんなメカが出てくる映画ではあるのだが、追跡のためだけの森林破壊や、キノコ雲が上がる核実験、それに巻き込まれながら家庭用冷蔵庫に飛び込み難を逃れるインディ、しかもそれを演じている66歳のハリソン・フォードも痛々しい。
20年前の前作、第3作までタイムリーに観ていた世代には、『インディ・ジョーンズ』もとうとうスピルバーグ/ルーカス流にSF映画になってしまったから、とあきらめきれない痛々しさである。勢いよく伐採した木材は、橋を作るとか、日本のウサギ小屋を作るとか、木炭自動車の燃料に使うとか、さらに先進的にはバイオマス燃料を作るとかに使われたと考えたい。もちろん、バーボンのグラスを載せるコースターでも結構である。
第09回『スパイ・バウンド』
第09回『スパイ・バウンド』脱北者を装い逮捕された北朝鮮の女性スパイが実は韓国情報機関に北朝鮮の情報を提供したこともある二重スパイだった、とのニュースが報じられた。まさに韓国映画『シュリ』を地でいく話である。本作『スパイ・バウンド(スパイの絆)』は、モニカ・ベルッチとそのパートナーであるヴァンサン・カッセル共演のスパイサスペンス。フランスで実際に起きた、二人のスパイが一隻の船が沈没させた「虹の戦士号」事件。そのスパイの一人、ドミニク・プリウールの証言に基づく物語である。いったいこの世の中、何人の女スパイが暗躍しているのだろう。
モニカ・ベルッチ演じるフランス情報機関DGSEの女スパイ、リザは、大物武器商リポヴスキーの取引を中止するため、ヴァンサン・カッセル演じる同僚のジョルジュと夫婦を装いモロッコへ向かい「アニタ・ハンス号」を爆破したが、任務を終えたリザはジュネーブ空港で鞄から麻薬が見つかり逮捕、刑務所に服役中の、リポヴスキーの秘密を知りすぎた手下を暗殺する計画に使われる。組織にはめられたのだ。つまり、DGSEは自分たちに協力的でないリポヴスキーをけん制するために船を沈めただけで、実は裏で手を結んでいた。ジョルジュたちは、諜報員を最大限に利用しては簡単に使い捨てる組織に立ち向かう。
物語で、船の爆破計画を中止するよう要求していたCIA(アメリカ中央諜報局)が報復としてジョルジュの仲間の一人を始末する(たぶんDGSEが差し出したのだろう)。ジョルジュは組織の諫言を振り切り、CIAの女傭兵を暗殺しようと競技用自転車ロードレーサーに乗って街中へ…。武器はなんと、自転車用のエア・ポンプである。ロードレーサーのチューブラータイヤは、チューブ状のタイヤの中にチューブが縫いこまれた軽量タイヤ。マウンテンバイクのようなトレッドパターンを持たず、空気圧を高圧にできるため路面での転がり抵抗が小さく、高速性能に優れる。10BAR(10.2 kg/cm2)程度と高圧にできるポンプは不可欠。これに矢を仕込む。吹き矢の高速・高圧版である。速くて強力に食い込みそうだが、女傭兵はむちゃくちゃ強く、ポンプ兵器は手落とされて使われることがなかったのだが。
ところで、かの二重スパイも美女だったようだが、本作のモニカ・ベルッチも「イタリアの宝石」と呼ばれるほどの美女。その容貌もスパイの武器の一つなのであろうか。
第10回『ファム・ファタール』
第10回『ファム・ファタール』カンヌ国際映画祭が開かれる中、385カラット1,000万ドルのダイヤ・ビスチェを強奪したロール(レベッカ・ローミン=ステイモス)は、仲間を裏切って逃走。仲間の追跡を逃れ、瓜二つのリリーという女性になり代わってフランスを離れアメリカへ。7年後、パリに着任したアメリカ大使の夫人リリー・ワッツとして舞い戻った彼女はこれまでマスコミに頑なに顔を見せなかったが、元パパラッチのスペイン人カメラマン、ニコラス・バルド(アントニオ・バンデラス)にスクープされ、自分の過去を暴かれることを避けようと本能的に罠を仕掛けていく。
ファム・ファタール(Femme fatale)とは男を破滅させる魔性の女をいう。映画のフィルム・ノワールというジャンルでは、必ず男を堕落させるファム・ファタールが登場する。本作はファム・ファタールであるロールが、自分を通りすぎるすべての男を利用し欲望を満たしていく。その中で「スペインの種馬」と言われるアントニオ・バンデラスさえも手玉に取られるのである。
ところで本作では、ロールがダイヤ・ビスチェを強奪する際に、仲間の一人が内視鏡のようなツールを使って設備室内を観察していく。いわゆるファイバースコープという柔軟な構造のものである。内視鏡オペで使われるように、目的の箇所に到達したところで、切除する鋏がファイバー先端部に現れる。これで配電盤の配線を切断し会場を停電にしたところで、闇にまぎれロールが逃走するのである。もちろんこの時点では、停電させた仲間はロールが裏切ることを知らない。ファイバースコープでは、管の内部で数本のワイヤーがスムーズに動いて目標地点まで動いたり、先端で作業したりする。このためワイヤーがかじって動かなくなったりしないよう潤滑が必要になるが、医療用でも使われる内視鏡に普通の潤滑剤は使えない。そこでドライの潤滑剤、固体潤滑が使われる。固体潤滑剤には温度条件など環境の変化に強い二硫化モリブデンやPTFE(四フッ化エチレン)などが使われている。
本作は『サイコ』などヒッチコック監督作品に敬意を評するブライアン・デ・パルマ監督作だけに、ヒッチコック監督『深夜の告白』がテレビ画面として登場するほか、瓜二つの女性が登場する同監督作品『めまい』の効果も使われている。ヒッチコックは螺旋階段を深い深い底に落ちていくようにめまいを覚える効果が使われるが、本作ではロールがアメリカに旅立つ飛行機エンジンのタービンブレードの速い回転で、めまいの効果を作り出している。ジェネレーションが違うだけに、デ・パルマのほうがメカが登場する場面が多い。とはいえ本作はデ・パルマならではのエロチック・サスペンスなので、メカよりも、ロールの魅惑的な肢体に釘付けになる方が多いと思うが…。
第11回〜第20回
第11回〜第20回第11回『ストレイト・ストーリー』
第11回『ストレイト・ストーリー』「"あの”ニュースに見るテクノロジー」欄で、電動車いすで坂を下ったとき、ジョイスティック(操縦桿)を放すだけの操作で電磁ブレーキが働き、ピタッと止まったという話を書いた。さて、この先進の車いすと違って、トレーラーを付けた旧式トラクターが坂を下ったら、どうなるだろう?本作は、長年音信不通だった兄に会うためトラクターに乗って一人旅に出る老人の姿を描くロードムービーである。
アイオワ州ローレンスに住む73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は、家で転倒して杖の世話になることに。そんな矢先、10年前に喧嘩別れした兄ライル(ハリー・ディーン・スタントン)が心臓発作で倒れたという知らせが入る。兄が住む隣のウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは350マイル(約563km)。車の免許もないうえ足腰が不自由になってバスにも乗れないアルヴィンだが、頑固にも自力で兄の元を訪ねるという。一緒に暮らす娘ローズ(シシー・スペイセク)の反対を押し切り、なんと1966年型ジョン・ディア小型農耕用トレーラーに乗って手製のトレーラーハウスを引いて、時速5マイル(約8km)ペースの旅に出る。時速30km超のロードレーサーの群れなどは、もちろんアルヴィンをビュンビュン追い抜いていく。
さて、5週間かけて約400km走ったところで、何と傾斜45度の急な下り坂にぶつかる。トレーラー付きの総重量を増したトラクターは、どんどんスピードを上げていく。しかし、なす術がない。この旧式のトラクターにはブレーキがないのである!ミッションを操作して減速、何とかトラクターは止まるが、ご老体の心臓が止まらないのが不思議である。激しい摩擦と熱でミッションは焼き付き、ファンベルトは切れている。当然である。
こんなことで兄のもとにたどり着けるのか、前途多難であるが、本作は「ツイン・ピークス」のデイヴィッド・リンチ監督が実話をもとに手掛けた。めずらしく綺麗どころは出てこないが、アルヴィンの、腰が曲がらないため薪集め用にマジックハンド(こんなところにもメカが!)を携帯するなどの知恵や、「一本の枝は簡単に折れるが、束ねた枝は折れない。それが家族の絆だ」など老練な深みのある一言一言がしみる映画である。
第12回『ハーフ・ア・チャンス』
第12回『ハーフ・ア・チャンス』富士スピードウェイで行われたF1日本グランプリでは、スタートから波乱含みでウィリアムズ・トヨタの中島 悟ジュニア、一貴は入賞ならず、ルノーのフェルナンド・アロンソ(スペイン)が優勝を果たした。マクラーレンやフェラーリというパワフルなマシンをベテランのテクニックと戦略がしのいだ。
さて今回の映画は、かたや収集したスーパーカーでサーキットを疾走し、かたやマイ・ヘリコプターを乗りこなす二人のゲキ悪オヤジが、「愛娘」のために奮戦するストーリーである。高級車の窃盗で生計を立てる20歳のアリス(ヴァネッサ・パラディ)は母の遺言に従い、表向きレストランのオーナーだがハイテクを駆使し大銀行を狙う強盗ジュリアン(アラン・ドロン)と、高級車専門の修理工場を営むが実は外人部隊の元軍人レオ(ジャン=ポール・ベルモンド)という父親候補二人を訪ねる。どちらが本物の父親か血液検査で決めようという矢先、南仏を拠点に暗躍するロシア・マフィアの大金を乗せた車を失敬したことから、アリス+オヤジ二人組と、マフィアとの戦いが始まる。『仕立て屋の恋』や『髪結いの亭主』などで知られるパトリス・ルコント監督がフランスの往年(老年?)の二大スターを起用したアクション映画である。
この映画では巨大なパワーショベルのバケットを楯にマフィアの攻撃を防ぎつつ、目標の壁にぶつかるや油圧シリンダー仕掛けの爆弾が起動するなど、車好きのレオが車の機能をフルに使い武装しているほか、ジュリアンのヘリコプターのアクロバティックな飛行も見逃せない。ヘリコプターでは地上と水平方向に回転翼があり翼に当たった空気は翼の上で圧力が下がり翼の下で圧力が下がることから、その圧力差が揚力となって垂直離陸する。操縦桿を前に倒すと回転翼が前方に傾くことから、上に向かっていた力が前方に向けられ、前進する。ジュリアンはこの操縦桿を巧みに操って、ヘリは地上すれすれを飛行したり急浮上したりするのである。
映画のタイトルが、「オヤジが誰かは1/2の確立」を示しているのは言わずもがなだが、レオに似て車好きでサーキットを爆走するアリス、一方でジュリアンに似て美形で爆弾作りのスジもいいアリス。父親探しの推理をしてみるのも、この映画の一興だろうか。
第13回『第三の男』
第13回『第三の男』雨で滑りやすいマンホールのふたには、滑りにくくするようにセラミックスの溶射を施して表面をあらしたりするほか、最近では、頂点に丸みをつけた三角すいの突起を表面に設けて滑り抵抗値を高めたものも登場している。本作『第三の男』では、一風変わったマンホールが効果的な舞台装置となっている。
場面は第二次世界大戦後、アメリカ、イギリス、ソ連、フランスの4ヵ国により分割占領されているオーストリアのウィーン。アメリカ人作家ホリー・マーティンス(ジョゼフ・コットン)は、旧友ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)に呼ばれ職を求めウィーンにやってきた。だが着いてみると、ハリーはすでに自動車事故で死んだという。ホリーは、英国のMPキャラウェイ少佐(トレヴァー・ハワード)からハリーが犯罪に関わっていたと聞かされ発奮、ハリーの恋人だった舞台女優のアンナ・シュミット(アリダ・ヴァリ)とともにハリーの死の真相を探ろうとする。警察には、事故にあったハリーを二人の男が運んだと証言されていたが、ハリーの宿の門衛の目撃では男は三人いたという。はたして“第三の男"とは…。
その第三の男は、4ヵ国の領土に分断されたウィーンの町をマンホールからマンホールへ下水道をつたって行き来する。このマンホールのふたが実に芸術的!日本のマンホールのふたのように置いてかぶせてあるだけではない。ケーキをカットしたように四分割されていて、円周部分にヒンジがある。そこを支点にして、円の真ん中からそれぞれをはね上げるから、ひとつのマンホールにつき先端の尖った四つの三角が天を向くのだ!これはかなり物騒である。はね上げるときだって手を傷つけそうだし、この状態で大型トラックでも気づかずに通ろうものなら間違いなくタイヤがバーストするだろう。何の目的でマンホールのふたをこんな物騒な構造にしているのか、何とも気になるところである。
グレアム・グリーン原作のアカデミー賞受賞のこの映画にはサスペンスあり、ロマンスあり、こうした逸品をはじめとする古都のさまざまな風物ありで、白黒を効果的に使った1シーン1シーンが見逃せない作品である。
第14回『トータル・リコール』
第14回『トータル・リコール』先ごろ、火星に生命が存在できるかどうかを調査していた米航空宇宙局(NASA)の火星探査機「フェニックス」が、火星の凍土から水を検出したと報告した。実験機器内の火星凍土が融解していく過程で水分子が確認されたことから、火星の永久凍土層の下に氷の存在があると断定したという。
本作『トータル・リコール』は、フィリップ・K・ディック原作の『追憶売ります』に着想を受け、ポール・バーホーベン監督が製作した火星モノである。毎日のように火星の悪夢にうなされる男ダグ・クエイド(アーノルド・シュワルツェネッガー)は、火星に惹かれ、人工の記憶を植えつけるリコール社で火星旅行の記憶を買う。実はダグは、火星を統治しようとするコーヘイゲン長官(ロニー・コックス)の片腕として働く諜報員だったが、ある理由から記憶を封印され地球に送り込まれていた。その消された記憶がリコール・マシーンによって甦ったのである。ダグはコーヘイゲンの部下が追跡するなか、火星へと旅立った。
火星の人々は、外気を遮断し空気を供給し続けるシェルターで暮らしているが、実は火星を酸素で覆えるだけの氷が存在し、それを使った酸素発生機(リアクター)があるという。ダグの記憶の封印は、その存在を隠し完全な火星統治を目指すコーヘイゲンと、リアクターを稼動させようとするダグとの戦いが原因だったのか…。
1990年の本作は、今年になって発見された火星の氷の存在を予言するようなサイエンティフィックな映画であるが、ひとたびシェルターの壁が壊れれば人々がツイスターに浚われるようにのみこまれていくような場所で、巨大で鋭利な回転カッターヘッドを三つ四つ持つトンネル掘削機が爆走したりするお茶目な場面もある。ダグを追跡するためコーヘイゲン一味が埋め込んだ発信機を鼻の穴から取り除くのは、UFOキャッチャーのピック・アンド・プレースみたいな(マジックハンドみたいな)装置である。この手のアクチュエータは、『ストレイト・ストーリー』でも出てきたがアメリカ映画で不思議と実に多用されている。
さて、火星時間で4ヵ月近く活動を続けてきた火星探査機「フェニックス」が、探査活動を停止する。着陸地点が「冬」の季節に入ってきたことを受けて、ソーラーパネルの発電能力が急速に減少、ロボットハンドや科学分析装置などを運用するための電力が底を尽き、後は探査機、生存のための最低限度の電力しか供給できなくなるという。映画のような火星での居住は、まだまだ先のことのようである。
第15回『アビエイター』
第15回『アビエイター』ボーイングのストなどいろいろと障害はあるが、世界的に航空機開発が盛んである。本作は『ゴッド・ファーザー』などで知られるマーティン・スコセッシ監督が、偉大なる航空家で映画監督だった大富豪ハワード・ヒューズの半生を描いたものである。
18歳で父親の石油掘削機事業を引き継いだハワード(レオナルド・ディカプリオ)は、財産を注ぎ込み航空アクション映画『地獄の天使』を製作、ハリウッドの仲間入りを果たす。一方で航空会社TWAを買収、飛行機を自ら設計し自ら操縦して、世界最速記録を更新していく。しかし、高速・高高度、長距離の米軍仕様(日本本土の偵察用だそうである)で自ら設計したXF-11偵察機のテスト飛行のとき、XF-11は右翼のプロペラが止まり機体は墜落、炎上する。ハワードは奇跡的に一命を取りとめたものの…。
XF-11は、プラット・アンド・ホイットニー社のピストンエンジン技術の最高峰といわれた空冷星型4列28気筒R4360エンジン「ワスプ・メジャー」を2基(3,000馬力×2)搭載、これにより二重反転プロペラを駆動させ推進力を得る。
さて、病床のハワードがXF-11の故障原因を聞くと、エンジニアの答えは「オイルシールがやられてプロペラの回転がおかしくなった」とのこと。ピストンリングだろうか。現在、ピストンリングはトップ、セカンド、オイルシールの3枚を合わせても2cm弱という厚さでありながら、F1マシンでもピストンリングが原因で事故なんていう話はめったに聞かない。機械要素の信頼性が乏しかった時代を物語っているようである。再起したハワードが、「今度はジェットエンジンを積んでみよう」とスタッフに指示しているように、いずれにしてもその数年後、レシプロエンジンはジェットエンジンに取って代わられたのだが。
ハワードの飛行機へのこだわりは、操縦桿のフィット感から機体の突出のない皿頭のリベットまで微に入り細に入っているが、まあ、機械要素で時代を感じるのも趣に欠ける。本作では、ハワードと恋に落ちるキャサリン・ヘップバーンやエヴァ・ガードナーなど、往年の大女優らや作品を眺め、古きよきハリウッドを懐かしんでいただきたいものである。
第16回『ルーヴルの怪人』
第16回『ルーヴルの怪人』ルーヴル美術館は、かつて城塞から王宮となり、やがてフランス革命の惨劇を目撃し、ナポレオンの結婚式の舞台となった。美術館になってからは、生と死、愛と憎悪が渦巻く古今東西の美術品が、多数収蔵された。こうした血塗られたルーヴルの歴史から、亡霊がさまよい謎の怪奇現象をもたらすという「ルーヴル怪奇伝説(ベルフェゴール怪人伝説)」が伝わり、1926年にはサイレント映画化されている。
本作は、1981?89年にガラスのピラミッドのエントランスを含む大改修工事「グラン・ルーヴル計画」のエピソードを新たに重ね合わせ、本物のルーヴル美術館に毎回閉館と同時に撮影機材が運び込まれ、実際に展示室や廻廊での撮影が行われた。モナリザやサモトラケのニケなど、スクリーンに映し出される美術品の数々はすべて本物という。
さて、本作ではその改修工事中に、1935年にエジプトから持ち込まれたミイラ「ベルフェゴール」が発見され、高貴な身分のミイラはコンピューター断層撮影装置(CTスキャン)にかけられる。あるべきはずの護符がない。時を同じくして、電気系統の事故が頻発し、警備員や学芸員が幻覚を見て死亡する事件が続発、美術館に面したアパートに住むリザ(ソフィー・マルソー)も徐々に精神に変調をきたす。呪いにかかったリザは、アパートの地下にある秘密の通路から夢遊病者のようにルーヴルに侵入しては、ミイラの護符を探すのだが…。
本作ではミイラをCTスキャンにかけたことから怪奇現象が始まるが、本作が公開されたのち2005年、頭蓋骨の骨折跡から他殺説のあったツタンカーメン王のミイラが、「王家の谷」の地下墓の近くに駐車した特別装備のライトバン内のCTスキャン装置に入れられた。これより36年前に行われたX線による調査では、ツタンカーメン王の頭蓋骨内に骨片が見つかったが、骨片が頭部への殴打の証拠と断定できるには至らなかった。CTスキャンを使えば、ツタンカーメン王のミイラを構成する散らばった骨や覆いを3Dで詳細に見ることができる。15分間のCTスキャンで撮影された1700枚の写真から、頭蓋骨の骨折は生前にできたものではないとする調査結果が出ている。骨の破片は生前に砕けたものではなく、死後に脳を取り出して防腐物質の注入などを行うミイラ化の際か、発見時に骨が破損したらしいと結論付けている。死因は特定できないが撲殺ではない、と。
それにしても、ツタンカーメンのミイラといい、「ベルフェゴール」のミイラといい、何度も現世に引っ張り出されては、さまよっても暴れても仕方がないような気がするが…。
第17回『オーシャンズ13』
第17回『オーシャンズ13』井戸敏三・兵庫県知事が「関東大震災は(関西にとって)チャンス」と暴言をはき、暴言キングの石原慎太郎・東京都知事に非難されているが、本作では地震を人工的に引き起こして大強奪のチャンスを作る仕掛けが登場する。
オーシャンズのメンバーの一人、ルーベン(エリオット・グールド)はホテル王ウィリー・バンク(アル・パチーノ)に土地をだまし取られ、心筋梗塞で倒れる。ダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)やラスティー(ブラッド・ピット)、ライナス(マット・デイモン)らはルーベンの仇をとるべく、バンクがラスベガスに新設するカジノホテルを狙う。ここで最新鋭のセキュリティを破るため軽い地震を引き起こすのが、トンネル掘削機(シールドマシン)である。直径10mクラスのカッタービットを持ったシールドマシンが、検知されないよう毎分6mという低速でカジノの地下まで進み、電気系統を攪乱するという。
シールドマシンは回転するカッターを前面に取り付けた円筒形のマシンで、掘るにつれ内壁をセグメント(内貼り)で覆いながら、トンネルを作っていくもの。圧力の作用した土と水の中をカッターが回転し掘削していくため、この悪環境下で安定した回転を実現する機構が必要になる。たとえば、東京湾アクアラインを掘進した外径14.14mという世界最大級のシールドマシンでは、カッターの支持に外径7mの巨大な3列3輪の転がり軸受が、カッターの駆動に22台の55KWのモータが、装備されたという。どおりで通行料金もばか高いわけである。
さてオーシャンたちは、英仏海峡トンネルをイギリス側から掘ったという掘削機を手に入れ掘り進めるが、カッタービットや潤滑系統のトラブルに見舞われて…。英仏海峡トンネル工事では、フランス側から掘った川崎重工業のシールドマシンが岩を破って出て来るところをイギリス側でメディアに押さえられている。しかし実は、イギリス側から掘ったイギリス製シールドマシンは2台とも、地中斜め下に潜らせコンクリートで固めている。地下鉄工事と一緒で、マシンを解体するより埋めたほうが安上がりという合理的な発想からだ。
でも、コンクリート詰めされたはずのイギリス側のマシンをどうやって掘り起こし、使ったのだろう?「さすがトリッキーなオーシャン!」と言いたいところだが、「考えると夜も眠れない」(昔の地下鉄オチになってしまった)。
第18回『容疑者Xの献身』
第18回『容疑者Xの献身』以前、ベアリングメーカーの日本精工の展示ブースで、アーティスト・川瀬浩介氏との共同製作となる「ベアリンググロッケン」という装置を見た。四つのレーンから転がり落ちたベアリングボールが、4列の鉄琴の上を弾んで音楽を奏でる。これは、ベアリングボールが真球であることで可能になっている仕組みである。かつてジェイテクトが、ベアリングボールとパチンコの玉を同じようにバウンドさせバスケットのネットにシュートさせる実験を行っているが、ベアリングボールが同じ軌跡を描いて100発100中ゴールできたのに対し、パチンコ玉は弾む軌道がばらばらで、1回もシュートが入らなかった。ベアリングではボールの真球度が性能を左右する。ベアリングのボールが真球に近づくほど、ベアリングの摩擦が小さくなるのである。パチンコ玉を地球の大きさに拡大した場合、表面の凸部分は富士山の高さ(3,776m)くらいになるが、ベアリングボールの凸部分は鎌倉の大仏(13.35m)程度しか誤差が許されないという。
さて本作は、第134回直木賞に輝いたミステリー作家・東野圭吾の同名小説を映画化したもの。河原で惨殺死体が発見され、新人女性刑事・内海 薫(柴咲コウ)は捜査に乗り出し、いつものようにガリレオこと物理学者の湯川 学(福山雅治)に協力を求める。捜査を進めるうちに湯川は、被害者の元妻・花岡靖子(松雪泰子)の隣人で、湯川の大学時代の友人である天才数学者・石神哲哉(堤 真一)が犯行に絡んでいると推理する。湯川と石神の壮絶な頭脳戦が繰り広げられる。
本筋とは関係ないが、物語でクルーザー爆破事件があり、湯川が爆破の方法について実験する場面がある。パチンコ玉くらいの大きさのボールを「質量保存の法則」を利用して遠くまで飛ばした、という仮説だ。この原理は、ビリヤードでおなじみかもしれない。直列につながった二つの的球があったとして、その手前のボールにまっすぐ手球を当てると、遠いほう、二つ目のボールが動く。手球を撞く力が大きいほど、二つ目のボールが転がる威力は大きくなる。ここでは、CTスキャンを改造し強大な磁界を発生させ、手球を手前の的球に強力に引き寄せ、ぶつける。すると弾かれた最後尾のボールは、弾丸のように勢いよく飛び出て、実験の標的を粉々に吹っ飛ばした。
この運動エネルギーが本当に得られたとしても、手球にパチンコ玉を使ったのでは、距離が遠くなるほど狙いから逸れてしまうかもしれない。やはり、正確な軌跡を描くならベアリングボールを使うべきだろう。
第19回『ミッション・インポシブル』
第19回『ミッション・インポシブル』本作は、1966?73年に放映されたTVドラマ『スパイ大作戦』を基に、主演のトム・クルーズが初の製作も兼ねた〈クルーズ?ワグナー・プロ〉の第1回作品。先に紹介した『ファム・ファタール』のブライアン・デ・パルマ監督が手がけたため、アクションものながらアルフレッド・ヒッチコックを思わせる映像効果も、あちこちに散りばめられた映画である。
極秘スパイ組織「IMF」のリーダー、ジム・フェルプス(ジョン・ヴォイト)の元に入った任務は、東欧に潜入しているCIA情報員のリスト“NOC"を盗んだプラハの米大使館員ゴリツィンと情報の買い手を捕らえること。だが実はこの情報は、IMFに内通者がいるとしてCIAが仕組んだ罠で、盗まれたというリストは偽物。IMFの仲間は始末され、生き残ったイーサン・ハント(トム・クルーズ)が内通者と見なされた。イーサンはジムの妻、クレア(エマニュエル・ベアール)とともに、本当の裏切り者を探すべく行動を起こすが…。
物語で、世界一厳重な警備システムを持つCIA本部から本物のNOCリストを入手しようと、イーサンらが潜入する場面がある。CIAを解雇されたタフガイのクリーガー(ジャン・レノ)の支えるケーブルに吊るされながら、天井にあるダクト口からイーサンが一室に下りていく。床のセンサーは水滴1滴落ちても検知するため、床に触れずにコンピュータを操作し、リストを盗まなければならない。ケーブルは滑車を使って上げ下ろししている。滑車とロープの摩耗に関する比較試験を行った論文によれば、滑車はCr-Mo鋼第2種で作ったものが、ワイヤロープは鋳鉄滑車を用いた場合とCr-Mo鋼滑車を用いた場合が少ないという論文があったが, これらを組み合わせた滑車、ロープであればかなり頑丈だし滑らかな作業が可能だが、手を放したら滑り落ちるのも速い。さて、イーサンは床に触ることなく無事にリストを入手できただろうか…。
ところで本作中でデータの読み書きに使われる媒体は、1996年の作品だけあってFD(フロッピーディスク)である。なんと象牙のFDまで登場する。『スパイ大作戦』の有名な指令もさしずめ「このテープは自動的に消去される」じゃなくて、「このFDは…」だろうか。「このディスクは、…」なら、まだ使えそうなセリフだが。
第20回『トワイライトゾーン/超次元の体験』
第20回『トワイライトゾーン/超次元の体験』本作は、1959?65年にCBSで放送されたTVシリーズを、進歩したSFX手法を使ってリメイクしたもの。スティーヴン・スピルバーグとジョン・ランディスが製作にあたり、さらにジョー・ダンテとジョージ・ミラーが加わった4人が、それぞれ1話ずつ監督した。
ランディスが担当したプロローグは、真夜中の山道を走る車の中から始まる。1968?72年に活躍したCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の曲、『ミッドナイト・スペシャル』に合わせて、二人の男がエアー・ドラムやエアー・ベースをまじえ、はしゃいでいる。1983年作品だけに音楽メディアはテープである。CDが聞けるカーステレオの普及は、もう少し後。「このテープは自動的に消去される…」のあのテープで、ここでは巻取りがおかしくなりテープが切れてしまう。昔はそんなトラブルによく泣かされたものだ。音楽が消え静まり返った車中、二人は退屈さをまぎらすため、TVシリーズのテーマ曲の当てっこを始めた。トゥルルル、トゥルルルーという「トワイライトゾーン」のテーマ曲が出て、「あれは本当に怖かった」なんて会話になったとき、助手席の男(ダン・エイクロイド)が運転している男(アルバート・ブルックス)に「もっと怖い話をしてやろうか」と言って、車をとめさせ…。
記録媒体であるフロッピーディスクの駆動装置(FDD)がCD-Rの急速な普及から05年度で1億台だった世界需要が06年に5,000万台、07年に2,000万台と激減しているのに対し、音楽用途ではないがテープ型記憶装置(テープストレージ)は、データ保護や災害対策を目的としたバックアップシステムへの企業の関心の高まりから、その市場成長率は07?12年で年率2.3%減程度と、意外に堅調である。
テープ走行系の記録装置は、音の信号を磁化の強さ、方向の変化にして記録する。磁気ヘッド周辺がキーで、薄い樹脂フィルムの上に酸化鉄や二酸化クロムの粉末などを塗ったテープを一定の速さで走らせるため、細いキャプスタンとゴムのピンチローラーとの間に強く挟んで送る。キャプスタンモーターの精度はベアリングの精度、低い振れ回り特性(NRRO)に左右される。これはHDD(ハードディスクドライブ)のモーターでも同じである。
テープの巻取りがおかしくなるのは、樹脂テープが高温下の動作の繰り返しで劣化したためか、振動でこの送りの機構に悪影響を及ぼすためと見られる。「新品のCCRのテープなのに!」とアルバート・ブルックスが嘆いているから、ここでは後者、つまり車の振動でモーターの動きがおかしくなったのであろう。このカーステレオはたぶん、日本製ではない。
ところで、エピローグでも『ミッドナイト・スペシャル』が流れる車中でダン・エイクロイドが「もっと怖い話を…」とやらかすのだが、ジョン・ランディス監督はよっぽどCCRの音楽が好きなようだ。トゥルルル、トゥルルルーという『トワイライトゾーン』のテーマ曲がかすんだしまうほどに。
第21回~第30回
第21回~第30回第21回『マーニー』
第21回『マーニー』本作は、ウインストン・グラハム原作、アルフレッド・ヒッチコック製作・演出によるミステリー・ドラマである。
マーニー(ティッピ・ヘドレン)を面接した若手社長のマーク(ショーン・コネリー)は、彼女が前の会社で金庫泥棒を働いたことに気づいていたが、彼女の魅力に惹かれるまま雇うことに。しかしマーニーはいつものように、ダイヤル式金庫を破り紙幣を盗み出す。マークは彼女の非をとがめることなく妻に迎えるが、彼女は盗癖があり赤い色におびえるだけでなく、男性恐怖症でもあった。マークはマーニーの過去に迫っていく。
さて、ダイヤル式金庫は、一つのダイヤルが合うとある回転ディスクのノッチ(V字型のくぼみ)に別のディスクのくし型部品が落ち込んで二つのディスクがかみ合い、もう一つのダイヤルが合うとかんぬきを押さえていたレバーがノッチに落ち込んでロック機構が解除されるといったもの。
多くは、右に30目盛り以上回すと、このかみ合わせがすべてバラバラになる。しかし、ダイヤルが合った状態から右に15?20目盛りくらい回した状態では、金庫は開かなくなるが、かみ合いが完全に外れていないため、左へ戻し指定の番号になると金庫が開く。ダイヤル合わせが面倒で右に20目盛りぐらい回して開け閉めしているケースが多いらしく、これを知っている金庫泥棒は、まず左へゆっくりと回すという。
マーニーにダイヤル式金庫の知識があったかどうかはわからないが、彼女の美しさが金庫番のすきを作っていたということはあるかもしれない。犯罪の陰に美女あり。ヒッチコック作品の愉しみの一つでもある。
第22回『フェノミナン』
第22回『フェノミナン』先ごろエリック・クラプトンが来日、ともにUKロック3大ギタリストと称されるジェフ・ベックと競演した。本作は、そのクラプトンのアンプラグドなナンバー『チェンジ・ザ・ワールド』が主題曲、『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタが主演の、ハートウォーミング・ラブストーリーである。
カリフォルニア州の田舎町ハーモンで自動車整備工場を経営するジョージ(ジョン・トラボルタ)は、気さくな人柄から町中の人々に愛されている。購入した太陽電池パネルも組み立てられず、家具アーティストのレイス(カイラ・セジウィック)への思いも打ち明けられないような不器用なジョージだったが、37歳の誕生パーティが開かれた夜、不思議な閃光を受け気絶してから才気あふれる人物に一変する。寝る間を惜しんで乱読しては大量に知識を吸収、彼の頭には、次々に画期的なアイデアが浮かんでいく。家庭菜園も手がけるジョージは、導入した太陽光発電との連想からか、ごみ発電システムも考案する。
ごみ発電は、廃棄物の焼却により発生する熱を利用して発電を行う。従来型のごみ発電では、ごみの中の有害成分で焼却炉ボイラーが腐食するのを防ぐため、蒸気温度を250?300℃と低めにして蒸気タービンを回していたため発電効率は5?15%と低かった。そこで、ごみ焼却によって作られた蒸気をさらにガスタービンの高温排熱で加熱、タービンを回す蒸気の温度を350?400℃とし蒸気タービンの出力を増加させ、発電効率30?34%を達成する複合発電システムが導入されている。また、廃棄物を熱で固形燃料化(RDF化)し、これを燃料に焼却炉ボイラーで450?500℃の蒸気を作り、この蒸気でタービンを回して発電することで発電効率約30%を実現するのがごみ固形燃料(RDF)発電である。ジョージが肥料から発想したのであれば、これかもしれない。
ところで不眠不休で発明に励むジョージだが、いやに血色がよく、いっこうに痩せた様子もないどころか、ふくよかなのが何とも不自然だ。知恵は切れているが、動きは『サタデー・ナイト・フィーバー』のときのような切れは、ないんだろうなあ。
第23回『アパートの鍵貸します』
第23回『アパートの鍵貸します』みなさま、年末年始のお休みはゆっくりと過ごせましたか?
今年がみなさまにとってよい年となることを願いつつ今回紹介するのは、ビリー・ワイルダー監督によるペーソスあふれるメリー・クリスマス&ハッピー・ニューイヤー・ソフィスティケーション・ラブコメディ、『アパートの鍵貸します』。
ニューヨークの保険会社に勤める独身平社員バクスター、通称バド(ジャック・レモン)は、出世をねらって、4人の課長の逢い引きに自分のアパートの部屋を貸し出している。そこにある日、人事部長のシェルドレイク(フレッド・マクマレイ)が噂を聞きつけ、バドのアパートの鍵を借りることに。ところが何とシェルドレイクが自分の部屋に連れ込んだ女性は、バドが密かに思いを寄せるエレベーターガール、フラン(シャーリー・マクレーン)だった。バドの恋の行方やいかに?
さて作中、人事部長のシェルドレイクから急にアパートの予約が入り、一気に昇進への勝負をかけたバドが、4人の課長にルームレント断りの電話をする場面がある。
そこで登場するアイテムが、400枚に及ぶ名刺が円周上に収納された定番商品、ローロデックスの名刺ホルダーである。360度回転するため、アルファベットインデックスで探せば目当ての名刺がすぐに見つかる。とはいえ、近年の時系列による名刺整理とか、名刺をスキャンしてデータベース化といった流れからは過去の産物だろうと思いきや、現在のオフィスでもいたって健在のようである。名刺を入れるスリーブに切り込みが入れてあって本体からの着脱がスムーズなため時系列の整理にも対応する。何より検索が早い。さらに、カバー付きのロータリー(回転)でスリーブの汚れを防ぐとともにデザイン性がアップした進化系も登場している。これは台座と本体のジョイント部も360度旋回するため、設置場所から動かすことなく見やすい位置に変えることも可能。よりメカニカルな逸品になっている。
さて、バドはこの名刺ホルダーをクルクルクルクル、こまねずみのように回して課長の名刺を探っては電話していく。「おい、バーディ・ボーイ、つれないこと言うなよ」といった会話もあるが、野心家のバドにとって、優先すべきは課長より人事部長である。次々と断りの連絡を入れる。
ロマンスあり、ラケットによるパスタさばきあり、ジャズあり、拳銃あり(!?)の本作は、1960年度のアカデミー賞で作品、監督、オリジナル脚本、編集、美術監督賞を、ベネチア国際映画祭ではマクレーンが主演女優賞をそれぞれ受賞している秀作である。
第24回『チーム・バチスタの栄光』
第24回『チーム・バチスタの栄光』本作は、第4回「このミステリーがすごい大賞」(このミス)大賞を受賞した、現役医師・海藤 尊原作の同名小説を映画化したもの。成功率60%といわれる心臓手術「バチスタ手術」を26例連続達成していた東城大学付属病院の専門集団「チーム・バチスタ」だが、あるとき、その手術が3例連続で失敗するという事態に。それは、手術室という密室の事故か殺人か?心療内科医の田口公子(竹内結子)は内部調査を担当、事故として調査を終了しようとしたが、厚生労働省から派遣された変わり者の役人・白鳥圭輔(阿部 寛)が現れ、二人はコンビを組みチーム・バチスタのメンバーを再調査する。
「バチスタ手術」の学術的な正式名称は「左心室縮小形成術」。拡張型心筋症に対する手術術式の一つで、肥大した心臓を切り取り小さくし、心臓の収縮機能を回復させるもの。このバチスタ手術も心臓を停止させ心臓への血流を遮断して行うため、人工心肺を取り付ける場面が出てくる。
人工心肺は、空気圧などにより駆動する血液ポンプ(人工心)により全身への血液循環を行いつつ、人工肺により肺のガス交換(酸素の取入れと二酸化炭素の排出)を行う。血液ポンプでは近年、ポンプの駆動軸を非接触で耐摩耗性に優れた動圧軸受で支え、長期安定性に優れるメカニカルシールで血液の駆動部への流入を抑制、パージ液でポンプの冷却とポンプ内に漏入した血液の凝固防止やモータなどの冷却を行うものも開発されてきているという。
本作では、原作で心療内科医の主人公・田口公平を田口公子というほのぼの系の若い女性に変えるという大胆な脚本となっており、ひねくれ者の白鳥とのやりとりがよりコミカルに描かれている。部外者の彼女がチーム・バチスタを調査し、バチスタ手術というものを学習していく感覚は我々に近い。恐る恐る手術の様子を観察している。緊張したシーンの続くなか、彼女の走り書きする「ゆるキャラ」観察絵日記は、場の空気を好転させるほほえましい要素となっている。
第25話『ガタカ』
第25話『ガタカ』遺伝子工学の進歩で胎児のうちに劣性遺伝子を排除できる近未来。そんな中、自然の形で生まれたヴィンセント・フリーマン(イーサン・ホーク)は、心臓が弱く30歳までしか生きられないと宣告されたが、成長とともに宇宙飛行士を夢見るようになる。「不適正者」のヴィンセントは、最高級の遺伝子を持つ超エリートの水泳選手、ジェローム・ユージーン・モロー(ジュード・ロウ)と契約、彼の生活を保証することの見返りに、血液や尿、皮膚などのサンプルを提供してもらい「適正者」のジェロームとして宇宙開発を手掛ける企業・ガタカ社に入る。数年後、ヴィンセントは土星の衛星タイタン行きの宇宙飛行士に選ばれるが、折りしもロケット打ち上げに反対していた上司が殺され、捜査に協力した女性局員アイリーン(ユマ・サーマン)はヴィンセントに疑惑を持つ。
物語で、ガタカへの出社前の日課として、ヴィンセントは全身の体毛をそり落とし、虹彩認識用にコンタクトレンズを、指紋認証用にジェロームの皮膚を指に装着する。さらにジェロームの血液と尿をつめた袋を身に付ける。必要なときに尿をポンプで排出できるの。常に適正者かどうかのチェックがなされるためだ。Multi Axis Trainerという地球ゴマみたいな形で前後、左右、斜めにクルクル回転する、JAXAに置いてあるような装置も出てくる。トレーニング中の鼓動も計測されているため、その対策として適正者の心臓音を刻むシステムも用意している。
これだけ周到な用意をしているのなら髪の毛も眉毛も睫毛もそり落としてつるつるかといえば、写真のとおり、ヴィンセントの髪は黒々ふさふさ。ジェロームの髪の毛を植毛しているのだろうか。そんな増毛技術があれば、You Tubeで話題のキャスターのアクシデントもなかっただろうに。
第26回『街の灯』
第26回『街の灯』バラク・オバマ氏が第44代アメリカ大統領に就任した。世界同時不況の中、景気浮揚策で大きな期待がかかる。本作は世界大恐慌から日も浅い1931年の作品で、舞台となる世の中の景気は、やはりよくない。
職も住むところもないチャーリー(チャールズ・チャップリン)はある日、盲目の花売りの娘(ヴァージニア・チェリル)と出会う。妻と別れ自殺しようとしている富豪(ハリー・マイヤーズ)を助け懇意になり、その伝で花をまとめ買いしたりしたり、車で家まで送ったりしたものだから、娘に金持ちの紳士だと思われる。そんな中、娘とその祖母が家賃滞納で立ち退きを迫られていることを知ったチャーリーは、自力で金を稼ごうと、なぜか賭けボクシングのリングに上がり…。
やせっぽちでいかにも弱々しいチャーリーだが、レフリーの陰に隠れては相手に猫手パンチ、ぐるぐるパンチ…と、ちょこまか動き回っているうちに、ゴングを鳴らすロープが身体に巻きついてしまう。現在のゴングはスチールの鐘を真鍮のハンマーなどで鳴らすが、劇中のゴングはロープを引くと槌が鐘にぶつかって音が出る仕組みだろうか。そんなわけでチャーリーが動くたびに「カーン、カーン」と鳴るものだから、ストップ、ファイト、ストップ…の繰り返し。東北楽天のアトラクションで、マスコットの「カラスコ」をテコの原理で打ち上げ、上にあるゴングにぶつけて「カーン」と鳴らすというのがあったが、もちろんチャーリーのゴングとは比較にならない。こちらのほうが、動きがコミカルで数倍面白い。
不況で自分の生活もままならない中にあって、ホームレスの男と盲目の娘という袖すり合う二人が織りなす本作は、チャップリンが監督、脚本、主演、編集、作曲(テーマ曲「ラ・ヴィオレテーラ」)も手がけ、サイレントながら笑いと哀愁、愛と救いが描かれた一作である。
第27回『時計じかけのオレンジ』
第27回『時計じかけのオレンジ』本作は、アンソニー・バージェスの同名小説を『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリックが監督し映画化したものである。
舞台は近未来のロンドンの都市。夜な夜な徘徊してはウルトラバイオレンスと強姦を繰り返すグループのリーダー、15歳のアレックス(マルコム・マクドウェル)は仲間の裏切りにあって逮捕され、14年の実刑判決を受け刑務所に送られる。だがその2年後アレックスは、2週間で社会復帰できるという政府の実験的更正プラン「ルドビコ式診療方法」の被験者に志願する。
この治療法では、アレックスを椅子に縛りつけヘッドギアで脳波を監視し、「リドロック」という器具でまぶたを上下から引っ張り、まばたきできない状態のままウルトラバイオレンスや強姦、はたまたナチスによる処刑などの映画を日に2回見せるもの。しかもアレックスの崇拝するベートーヴェンの音楽がBGMで流れている。
「自分の置かれた過酷な状況と目撃している暴力との連係を確立させ、犯罪性反射神経を抹殺する原理」という治療の結果、アレックスは生理的に暴力やセックスに嫌悪感を覚える体質にされる。女性の裸体はおろか、愛するベートーヴェンの第九を聞いても吐き気を催してしまう始末である。こうして、これまでの生きがいのすべてを失ったアレックスの悲劇が始まる。
それにしても、まばたきを封じるリドロックというこの装置は、ある種の拷問である。まばたきは涙を送り出すポンプで、人は1分間に約20?30回程まばたきを繰り返し目の表面をリフレッシユさせる。涙は目を異物などから守りつつ潤し、目が傷つくのを防ぎ正常な機能を確保している。機械の潤滑油と同じである。ドライアイになるのは、パソコンなどに長時間向かって目を見開いたままで、涙のポンプ機能が働かず目の潤滑がなされていないためであろう。
してみると、同じ映画でも感動的な場面が多い、涙を誘う映画のほうが、目には優しいのだろうか。この映画は名作ではあるが、その種の映画でないことは確かである。
第28回『ロフト』
第28回『ロフト』本作は、「アカルイミライ」や「ドッペルゲンガー」の黒沢 清監督が、ミイラをモチーフに描いたサスペンス・ホラーである。
作家の春名礼子(中谷美紀)は次回作の恋愛小説の執筆にかかっていたが、スランプに陥り体調も崩してしまう。担当編集者・木島幸一(西島秀俊)の勧めで郊外の森に囲まれた洋館に引っ越した彼女はある日、向かいの建物に何かを運び込む男の姿を目撃する。建物は相模大学の施設で、男は同大学教授で考古学研究者の吉岡 誠(豊川悦治)。運び込まれたのは洋館近くのミドリ沼で引き上げられた1,000年前の女性のミイラだった。死後も美しさを保つよう、泥を飲んで保管されていたという。礼子は、吉岡からそのミイラを2、3日預かってほしいと頼まれる…。
このミイラの入った棺の引き上げ…や何やかやに、ウインチが使われる。入力された動力を歯車などにより減速して回転させるドラムにワイヤロープを巻き付け、荷物の上げ下ろしを行う。いわゆる巻き揚げ機である。大学に電動式ウインチを買うくらいの予算がないはずはないと思うのだが、豊川悦治演じる吉岡 誠はミイラの棺や何やかやを人力式ウインチで沼から上げ下げしている。水の抵抗もあって、人力だから何だかんだ大変そうである。
東京・銀座の歌舞伎座でも、10年前ぐらいまでは役者をワイヤーで吊り上げ空中を飛行しているように見せる「宙乗り」に、人力式ウインチを使っていたそうである。歯車減速装置で巻き上げ時の負荷を軽減していたとしても、歌舞伎では役者の演技に支障を及ぼすような「揺れ」や「沈み」は厳禁というから、人力で一定の回転を保つのは実に骨が折れる作業だったろう。
ところで本作で中谷美紀演じる礼子が、預かったミイラに「あなたが1,000年間捨てられなかったものを私は捨てる」と話しかける。ミイラが捨てられなかったプライドを捨てて、名声をとるという。だが、ミイラが固執したのは美である。テレビショッピングで数分間のうちに数万円の化粧品がSOLD OUTしている現実を見ると、世の女性の美へのこだわりは、何千年経とうが捨てることのできないものであろう。
第29回『スティング』
第29回『スティング』スティング。このタイトルから若い方は、ロック・バンド、ポリスの元ボーカルのスティングをイメージするかもしれない。実際に彼はミュージシャンながら 『さらば青春の光』や『デューン/砂の惑星』、『ブライド』、『ストーミィ・マンデー』、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』など映画出演も多い。本名ではなく、アマチュア時代から蜂のような横縞のシャツばかり着ていたことから、スティング(蜂のように、ぐっさり刺す)のニックネームがついたという。
本作も、イカサマ師たちが大掛かりな演出で相手に最後のとどめを刺す、最終章『スティング』(最後に、ぐっさり)からタイトルをとっている。
世界的な不況の続く1930年代。暗黒街のメッカ、シカゴにほど近い下町で、ジョニー・フッカー(ロバート・レッドフォード)ら道路師と呼ばれる詐欺師は、通りがかりの男から金をだまし取る。実はこの金、ニューヨークの顔役ロネガン(ロバート・ショウ)の賭博の上がり金。翌日、ジョニーの恩師であるルーサーはロネガン一味の手で始末される。復讐を誓ったジョニーは、シカゴの娼婦館に住み込むルーサーの親友、ヘンリー・ゴンドルフ(ポール・ニューマン)を訪ね、ポーカー賭博と競馬に眼がないロネガンを破滅させる大芝居をたくらむ。
本筋には関係ないが、ヘンリーの寝起きする娼婦館の中で、何と巨大なカルーセル(回転木馬)が動いている。回転木馬は、モーターなどの動力によって円盤を回転させ、円盤上の木馬をクランク機構で上下させる。木馬のメンテナンスはヘンリーの仕事らしく、宿のおかみさんに「木馬がガタつくから、ギヤを見ておいてね」と言われ、ギヤボックスに油を差す場面がある。その後、油で動きが滑らかになったのか、酔った女たちが回り続ける木馬に乗ってはしゃぐ場面が出てくる。
ロネガンをはめるためだけの一度限りのドリームチーム。彼らはどこを目指し、どこに向かうのか。どなたも一度は耳にしたことがあるであろうスコット・ジョプリン作曲、マービン・ハムリッシュ編曲の軽快なラグタイム音楽『エンターテイナー』と相まって、めぐるめぐる回転木馬が、イカサマ師たちの人生を象徴しているように思える。ともあれ、いくつもの軽妙なトリックが演じられた後、小気味よいスティングが待ち受ける、愉しい作品である。
第30回『パリ、テキサス』
第30回『パリ、テキサス』「パリなのかテキサスなのか、一体どっちなんだ」と思わせるタイトルのこの映画は、乾いたライ・クーダーのスライド・ギターが延々と流れる、ヴィム・ヴェンダース監督のロード・ムービーである。
20代前半の妻ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)と幼い息子ハンター(ハンター・カーソン)を置き去りにし放浪する、ひげ面の初老の男トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)は、テキサスをさまよったのちに倒れ、ジェーンからハンターを託された弟ウォルト(ディーン・ストックウェル)に車で連れ戻される。7歳になったハンターとトラヴィスの再会は初めギクシャクしたものだったが、次第に親子の絆を取り戻していく。ヒューストンの銀行からジェーンが毎月ハンターのために送金し続けていることを知ったトラヴィスは、ジェーンを捜しに、ハンターとともにロサンゼルスからヒューストンへとドライブに出る。
作中、弟ウォルトはテキサスからロサンゼルスに戻る長距離ドライブを嫌い飛行機を使おうとするが、トラヴィスは子供のようにさんざん駄々をこねる。「だって地面を離れるじゃないか」と。弟が迎えに来るまではひたすら歩き、その後のレンタカー乗り換えでも同じ車にこだわり、もちろん自発的に旅立つとすれば車を買う。本作のタイトルの正解は、テキサス州の荒地であるパリ。トラヴィスの両親が出会った土地だと言い、やっと椅子が置けるくらいの土地を購入してあると言う。両親の思い出とのつながり。置き去りにしたロサンゼルスにいる息子ハンターとのつながり。そして家を出てヒューストンにいる妻ジェーンとのつながり。飛行機の揚力で地面を離れることは、トラヴィスにとって重力によって地面につながれた彼らとの絆が絶たれるような、身を切られる思いなのかもしれない。
ところでトラヴィスがジェーンを捜すべくハンターと乗り込むのは、中古のフォード・ランチェロ。1959?1979年にわたり製造された、古きよきアメリカで好まれた2ドア、FR式ピックアップトラックである。近年はかの地でも環境保全の観点から大型車は敬遠されるようだが、ハイブリッド車や電気自動車で本作のドライブ・シーンがリメイクできるとは決して思えない。車は重たいボディーで、やはりずっしりと地面とつながっていなければならないのである。
ヒューストンでジェーンを捜すトラヴィスとハンターが、トランシーバーで連絡を取り合う場面も出てくる。一般にトランシーバーは電話と違って送信か受信のいずれかしかできず、送受信の切り替えはPTT(Push To Talk)スイッチのオン・オフで行う。相手の声を確認してから、こちらの声を発信する。
ふと、誰かとのつながりを確認したくなる作品であり、ライ・クーダーの音楽にのどの渇きを覚える映画である。
第31回~第40回
第31回~第40回第31回『アフリカの女王』
第31回『アフリカの女王』今回はC・S・フォレスター原作、ジョン・ヒューストン監督による1951年度アカデミー賞受賞作品である。
舞台は1914年ドイツ領・東アフリカの、ある村。ローズ・セイヤー(キャサリン・ヘプバーン)は宣教師の兄と村で布教活動をしていたが、折りしも勃発した第一次世界大戦からドイツ軍の乱暴で兄を失い敵国人として孤立、宣教師のもとに郵便や食糧を届けていたカナダ人の船乗りチャーリー・オルナット(H・ボガート)とともに、蒸気船「アフリカの女王」号で村を脱出する。チャーリーは戦争が終わるまで身を潜めようと提案する一方で、ドイツ兵に兄を殺されたローズは、川を下り、下流の湖に碇泊しているドイツ砲艦「ルイザ」に近づき、魚雷を舳先に装着した船をぶつけて撃沈しようと主張する。聖書を片手にとりすましているくせに物騒なローズと、飲んだくれながら終始彼女に押され気味のチャーリー。水と油のように見える二人の、急流あり、滝あり、葦の群生ありの川下りはどう展開していくのか。
さて、タイトルのとおり主役は蒸気船「アフリカの女王」号である。蒸気機関は燃料を燃やした熱で、水を加熱し高温・高圧の蒸気を発生、その蒸気をシリンダー内に導いてピストンを動かし、シャフトを回転させ船尾のスクリューを回す。劇中、チャーリーはしょっちゅう薪をくべており、画面の片隅では常にピストンが上下している。ローズは後ろで舵を取っているが、あるとき急にチャーリーがエンジンを蹴り始めたのに驚き尋ねると、
「給水ポンプがたまに止まる。蹴ると動き出す」とのチャーリーの答え。
「ポンプが止まるとどうなるの?」
「ばらばらに爆発するだろうね」
蹴ると動き出す?昔はテレビの映像が乱れると本体の後ろのほうを叩いたりする場面をよく見かけたが、テレビにしてもエンジンにしても、叩いて蹴飛ばして直るシロモノではないと思うのだが。
さらに続けてチャーリーが言うには、「女王もたまには蹴飛ばさないとね」。押し気味のローズをけん制したつもりか。「君の瞳に乾杯!」で有名な『カサブランカ』とは違ったボギーの一面が愉しめる作品である。
第32回『イージー・ライダー』
第32回『イージー・ライダー』ヤマハ発動機と東北大学の加齢医学研究所・川島隆太研究室との共同研究により、二輪車に乗ることで運転者の脳が活性化されることを証明した。アメリカン・ニューシネマの代表作である本作は、二輪車に乗り続ける若者二人を主人公とした物語だが、彼らはライディングよりも別のことで脳が活性化されているようである。
ドラッグの密輸で大金を手にした“キャプテン・アメリカ”ことワイアット(ピーター・フォンダ)とビリー(デニス・ホッパー)は、自由の国アメリカの幻影を求め、ハーレー・ダヴィッドソンで故郷のロサンゼルスから約束の地ニューオリンズの謝肉祭へと旅立つ。長髪で定住せず、マリファナやLSDを吸いと自由気ままな二人はヒッピー部落でも、沿道の村々でも悪口と殺意をもって迎えられる。自由の背後に人々は恐怖を感じるのであろう。自由の国アメリカに幻滅し始めた彼らの行き着くところは…。
ところでドラッグで儲けた彼らは、もちろん銀行に金を預けたりはしない。何しろ脳が活性化されている。札を一枚一枚小さく丸めてチューブに詰めて栓をし、ガソリンタンクに収める。使いにくそうだがコンパクトで安全な金庫である。溶剤に侵されないチューブといえば、今なら半導体製造で多用されるPTFE製とかPEEK製というところだろうか。
ヤマハと東北大学の共同研究では、「日常生活に二輪車乗車を取り入れることで様々な脳認知機能(特に前頭前野機能)が向上、メンタルヘルスでもストレスの軽減や脳と心の健康にポジティブな影響を与える」との結論があったが、この二人はドラッグを併用しているせいか脳も心も健康そうには見えない。しかし、BGMとしてザ・バンドやステッペン・ウルフなど自由を象徴するロックが流れる、田舎道をさっそうと走る二人の映像だけはストレスフリーであるように思える。
第33回『ミニミニ大作戦』
第33回『ミニミニ大作戦』BMW JAPANでは3月2日をミニの日と名づけているらしい。先ごろ東京駅前にミニが集結、走行会が開かれた。1959年に英ブリティッシュ・モーター・カンパニーがミニを発売してから50年。BMW JAPANがミニのオーナーに呼び掛け、新旧ミニによるブランド誕生50周年記念パレードとなったらしい。
本作でも、ミニが連なってちょこまか走り回り、カーチェイスを繰り広げている。『ミニミニ?』はもちろん邦題であって、原題は”The Italian Job“。つまり「イタリアでのヤマ」から、物語は始まる。ヴェニス、難攻不落の金庫に眠る50億円の金塊。天才的な強盗チャーリー・クローカー(マーク・ウォールバーグ)は、潜水プロであるスティーヴ(エドワード・ノートン)、天才ハッカーのライル(セス・グリーン)、最速のチェイサーであるロブ(ジェイソン・ステイサム)、爆弾づくりが得意なレフト・イヤー(モス・デフ)、伝説の金庫破りジョン・ブリジャー(ドナルド・サザーランド)を集め、金塊を盗み出す。だがスティーヴが裏切ってジョンを殺害、金塊を独り占めした。1年後、チャーリーと仲間たちはジョンの娘で鍵師のステラ(シャーリーズ・セロン)を加え、スティーヴから金塊を取り戻すミニクーパーを使った計画を進める。
話は戻って、ヴェニスのヤマ。金塊を収めた金庫を奪う手口は、何と床をぶち抜くのである。つまり、金庫の置かれた2階の床をぶち抜き、さらにその直下の1階の床をぶち抜き、階下の川へと金庫を沈めて回収する手はずなのだ。金庫の置いてある2階の床つまり1階の天井と、直下の1階の床つまり川の上に、それぞれ80cm四方にペンキを塗り、それぞれに時限爆弾を仕掛ける。時限爆弾を作動させるや80cm四方の窓が二つぱっくり空き、金庫は高速エレベータの箱のように2階から川へと、まっさかさまに急降下する。仕掛けたのは、ペンキに反応して爆発するケミカル爆弾だったのである。物語で、この手口はほかの作戦にも使われる。ミニのカーチェイスとともに、見どころの一つである。
ところでミニは早くから日本の愛好者が多い。概して座高高めの種族がこじんまりした車を嗜好するのに不思議な感じがしたものだが、1994年にBMWがローバーを総括するようになってからも、日本のファンは変わらず多い。一括りにできないミニのバージョンの多様性も、魅力の一つかもしれない。本作で使われているミニは金塊を積む予定だけあって、直列4気筒1.6Lエンジンにスーパーチャージャーを装着して大出力163psを絞り出す「クーパーS」。前後とも径の太いスタビライザーを装備、ばね定数とダンパー減衰力を高めたスポーツサスペンションプラスを装備と、悪路も含め激しいチェイスを繰り広げられそうなマシンである。大味なストーリーながら、ケミカル爆弾やクーパーSなどミニミニな…いや細かなアイテムに凝った一作である。
第34回『リバー・ランズ・スルー・イット』
第34回『リバー・ランズ・スルー・イット』ロバート・レッドフォード監督・製作による、フライフィッシングを通じて家族の絆を描いた本作は、フライ(毛針)が投げ込まれ、鱒が跳ね上がる澄んだ渓流が心象風景となる、第65回アカデミー撮影賞受賞作品である。
舞台は1920年代のモンタナ。二つ違いの兄弟、ノーマン(クレイグ・シェーファー)とポール(ブラッド・ピット)は、小さいころから父親のマクリーン牧師(トム・スケリット)にフライフィッシングと勉強を教わっていた。ノーマンは東部の大学に進学・卒業して故郷に戻るが、シカゴの大学から大学教授のオファーがある。一方、弟のポールは地元にとどまり地方新聞社の記者を務め、酒と賭けポーカーにのめり込みながらも、なおもフライフィッシングの魅力にとりつかれている。
フライフィッシングでは、ライン(釣り糸)の重さによってフライを飛ばすキャスティングが決め手。作中でも父親の牧師が徹底的にキャスティングの練習をさせる。イチ、ニ、サン、シの四拍子でキャストしろと言い、リズムを刻ませるのにメトロノームを使う。もちろん1920年代だからデジタル式ではなく、三角の振り子式メトロノームである。
重り(遊錘)の上下でテンポを変える機械式メトロノームは、駆動源であるゼンマイから複数の歯車を介して、間欠的に回転する「がんぎ車」に動力を伝達、がんぎ車が振り子軸に設けられた部品と噛み合うことで、振り子を揺動させたり打突音を慣らしたりする。その音量は三角のボディや中の空洞により増幅される。ところで常に稼動しているメカと違って、放置されることが多いメトロノームでは、動き始めのなじみを良くする目的から二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤が配合されているらしく、リズムを刻む音色の高級感にも潤滑要素が影響しているそうである。その滑らかに正確に刻まれるリズムにのって兄弟はキャスティングを練習するが、兄ノーマンはそのリズムを乱すことなく成長し、弟ポールは変則的なリズムへと展開させ、渓流や岩や木々と独創的な交響曲をつくっていく。
そんなポールは小さいころ「大きくなったらフライフィッシングのプロになりたい」と言い、兄のノーマンに「そんな職業ないよ」と笑われる。確かにこの時代にはないが、今やプロのフライフィッシャーなるものが厳然といて、テレビや雑誌などでフライフィッシングを紹介したりしているそうである。そんな職業が当時存在すれば、ポールも賭けポーカーでトラブルに巻き込まれることなどなかったかもしれない。牧師の父親はいつまでもやんちゃで手に負えないと敬遠しながらも、川面に向かうや純粋な存在に化すポールを「それでも天才的なフライフィッシャーで、美しい」と評価する。若いうちにこの原作があれば自分が演じたかったであろう監督ロバート・レッドフォードが選んだポール役、ブラッド・ピットは、実にはまり役である。彼の心を、家族の心を、観る人の心を、きらめく清流が流れ続けるような一作である。
第35回『北北西に進路を取れ』
第35回『北北西に進路を取れ』本作は、アルフレッド・ヒッチコック監督の「巻き込まれ型」サスペンス・ドラマ。広告マンのロジャー・ソーンヒル(ケーリー・グラント)は、ある一味からカプランなる人物に間違えられ、ニューヨークのホテルから拉致、ある仕事への協力を強いられるが、それを断った途端に命を狙われ、殺人の汚名を着せられ、逃亡者の身ながら、シカゴのホテルに移ったというカプランを追って20世紀特急でニューヨークからシカゴへ、真実へと迫っていく。
有名なのは左のポスターにあるシーン。20世紀特急内でキャビンにかくまってくれた謎の美女イブ・ケンドール(エヴァ・マリー・セイント)の伝言で荒野に向かったロジャーを、遠くで農薬をまいていたはずのセスナ機が超低空飛行で追いかける。入り組んだトウモロコシ畑なら安全だろうと逃げ込んだロジャーの頭上からセスナは、吸い込めば死に至ることもある粉剤の農薬を散布する。
「グラマン アグキャット」に代表される農業機は、薬剤散布用のポンプおよび散布機器を持ち、翼の下から農薬をスプレーする。コックピット内に農薬が流入しないよう、操縦席は密閉され加圧(与圧)されている。エアコンを通った外気だけがコクピットに入る仕組みになっている。『地獄の黙示録』ではヘリコプターで農薬をまくが、ヘリコプターではコックピットが与圧されていないようだ。噴霧器を積んだ無人ヘリコプターによる農薬滴下が行われているのは、近隣住民への配慮と操縦士の安全のためか。
ヒッチコックの巻き込まれ型サスペンスは、犯罪がらみのロードムービーだ。シーンはついには、ワシントンら偉人の顔が刻まれている有名なラシュモア山岩壁でのチェイスにまで至るのである。その巧妙なプロット、ボンドガールならぬヒッチコックガール、スリリングありの魅惑的なトラベルと、見どころ満載だ。
第36回『チェーン・リアクション』
第36回『チェーン・リアクション』ハイブリッド自動車の競争が激化する中、電気自動車、燃料電池自動車の開発も進められ、水素自動車も登場している。このうち、廃棄までを含む自動車のライフサイクルからは水素自動車が完成形とする見方もある。電気自動車が有害な物質を排出しないと言ってもリチウム電池の処理はどうするのかというわけだが、議論はさておき、今回は画期的な水素エネルギー発生装置開発に絡む陰謀に巻き込まれたエンジニアたちのサスペンス・アクションである。
シカゴ大学のエンジニア、エディ(キアヌ・リーブス)らバークレー博士率いるプロジェクト・チームは、ほんのわずかなエネルギーで水を分解し水素エネルギーを取り出す装置「ソノ・ルミネセンス」の開発に成功、打ち上げパーティを終え、同じチームの物理学者リリー(レイチェル・ワイズ)を家に送りラボに立ち寄った彼は、バークレー博士の死体と激しく振動している装置を見る。装置の反応を停止できずバイクでラボを後にするエディの背後で、仕掛けられた爆弾が爆発し大量の水素に引火、ラボはもちろん一町画が吹き飛ぶ。罠にはめられたエディは容疑者としてFBIと謎の組織に追われながらも、事件の真相に迫る。
作中、水素発生装置の反応が安定せず爆発を起こしそうなところを、自分のロフトで研究していたエディが、グラインダーで何かを削っている際の周波数が装置内の反応を安定させることに気づく、という場面がある。装置のキーとなる周波数をエディだけが知っているために謎の組織に追われるというわけだが、何を削っているのか、なぜ削っているのか、実に気になるところである。
FBIに追い詰められたエディが跳ね橋が跳ね上がっていくところを駆け上がったあげく、橋の下の巨大な(高トルクの)ギヤに突っかい棒をして動きを止めるなど、「マトリックス」直後の作品ということもあり、正統派のSFというよりキアヌ・リーブスのアクションがメインの突っ込みどころ満載の映画である。
第37回『ハスラー2』
第37回『ハスラー2』本作は、ポール・ニューマン主演による『ハスラー』の続編で、日本にビリヤード・ブームを巻き起こしたマーチン・スコセッシ監督作品である。前作でヤクザまがいの胴元とのいさかいでハスラー稼業から足を洗ったエディ(ポール・ニューマン)は、ナインボールで天才的なキューさばきを見せ一方的に相手を打ち負かすヴィンセント(トム・クルーズ)の胴元となり、数ヵ月後のアトランティック・シティでの大会までの道すがら、プールバーをめぐり、賭けビリヤードでの荒稼ぎをもくろむ。しかし、素人を装って稼ぐというエディの指示に従わず勝ちにこだわるヴィンセントを見守るうち、エディの気持ちはいつしか現役ハスラーへと戻っていく。
エディが現役に復帰する前、視力の衰えを感じ、度付きサングラス(たぶんレイバン製)を作る場面がある。両目に据えられた機器にレンズを数枚入れ替え、継ぎ足し、セットして、位置を調節し、近視や乱視の度合いを測る。近年、眼科や眼鏡店に置いてある光学機器は、自動で高速レンズ切り替えを行うが、これは屈折測定であって、視力測定ではないらしい。もっとも最近は眼鏡やコンタクトレンズを作るよりほかに、角膜にエキシマレーザーを照射しその曲率を変えることで視力を矯正するレーシック手術という選択肢もある。レーザーを角膜に照射する部分の機器の衛生管理の不徹底から感染性角膜炎を引き起こすという事故があっても、眼鏡やコンタクトレンズに比べランニングコストが安いなどのメリットから、手術を受ける人は急増しているという。
さて、ポール・ニューマン扮するエディはサングラスをかけてプレーするようになるが、光量の加減ではかえって玉が見にくいのではないかと思う。というのも、オリジナルの『ハスラー』はモノクロ作品で、今見ると、せっかくのエディの華麗なキューさばきながら、実際何番の玉がポケットに入ったかが分かりにくいという難点がある。
きっと、『ハスラー』はビリヤードをテーマにしたストーリーを、『ハスラー2』はビリヤードのプレーを愉しむというのがいいのだろう。もちろん円熟味を増し本作でアカデミー主演男優賞を受賞したポール・ニューマンの演技の妙は見逃せない。
第38回『ブルース・ブラザース』
第38回『ブルース・ブラザース』
帽子、サングラス、ネクタイ、スーツ、すべて黒ずくめの二人組みと言えばブルース・ブラザースである。現在活躍中のお笑いコンビ「2700」もそんないでたちだが、もちろん平成のブルース・ブラザースと名乗っているとおりオリジナルではない。日米問わず、コメディアンで彼らのファンは多い。
イリノイ州、刑務所から出所したジェイク(ジョン・ベルーシ)は孤児院で弟のように共に暮らしてきたエルウッド(ダン・エイクロイド)のパトカー風の車で出迎えを受け、孤児院で母親代わりのシスターと会い、税金が払えず差し押さえ寸前だと知る。警察、マシンガンや火炎放射器などで襲う過激な謎の女(キャリー・フィッシャー)、ナチ党や何やかやに追われながら、以前の仲間を集めブルース・バンドによるコンサートで税金を作ろうとするが…。
さて、本物のパトカーの追っ手をかわし爆走するパトカー風の車、エルウッドが「ブルース・モビル」と名づけた車は、「1974年型ダッジ」である。「こんな車は気に入らない」というジェイクに、エルウッドは車の性能を見せる。何と急発車し、ほとんど跳ね上がりかけている急勾配の跳ね橋(跳ね橋は本当によく登場する)を車で駆け上がり、川を越え、向こうの跳ね橋に飛び移るのである。…なんてことはできないと思うが、パワーのある車ではあるらしい。1970年にマスキー法(自動車排ガス規制)が成立してからというもの、高出力エンジン搭載車の多くが生産を止め市場から消えていく。しかしその中で比較的設計が新しいエンジンを搭載していたこの車は、圧縮比を下げるなどでマスキー法に対応しながらもそれ以前に劣らないエンジンフィールを維持していたらしい。アクロバティックな走りの後、エルウッドが言う。「規制前のエンジンだから加速がいい。サスペンションもいい」と。トイザらス(公開当時、日本では展開していない)などショッピングモールを破壊しつつ追っ手を振り切るダッジの後には、西部警察など目ではないパトカーの残骸が山を築いていく。
ジョン・ランディス監督の本作は、単なるコメディー映画ではない。ジェームズ・ブラウンやレイ・チャールズ、アレサ・フランクリンなど大物ミュージシャンもキャストしての音楽あり、カーチェイスありの、当時の額で製作費約30億円という、アクション・ミュージカル・コメディーの大作である。
第39回『コーヒー&シガレッツ』
第39回『コーヒー&シガレッツ』オフィスや駅の終日禁煙など世界で嫌煙の風潮が強まっているが、本作はジム・ジャームッシュ監督の、タバコとコーヒー好き?の面々がとりとめもない会話をしている、という話が11篇続く映画である。だが、トム・ウェイツやイギー・ポップらミュージシャン、ケイト・ブランシェットやビル・マーレイら実力派俳優のキャスティングで、実にユーモラスな会話を繰り広げている。
すべての話が俳優あるいはミュージシャンの実名で演じられる。「カリフォルニアのどこかで」では、イギー・ポップとトム・ウェイツはどこかのカフェで落ち合い、何だかんだコーヒーをがぶ飲みし、何やかんやであっさりと二人とも禁煙を解き、お互いの曲がそこの店のジューク・ボックスにないことを揶揄したりしてギクシャクしながら別れる。ビル・マーレイが給仕している深夜のカフェでの話「幻覚」ではGZA、RZAが会話、「寝る前にコーヒーを飲むとインディー500みたいにものすごいスピードで映像が過ぎていく」なんていうセリフが出てくる。インディー・カーの時速は300km近い。そんなものがいくつもいくつも行き過ぎたら、確かにめまいが起こりそうではある。が、就寝前のコーヒーがそんな効果を生むかどうかは定かではない。
さて、「ジャック、メグにテスラコイルを見せる」という話がある。そわそわするジャック・ホワイトに メグ・ホワイトが促すと、カフェなのにジャックが取り出すのはテスラコイルの装置。テスラコイルは高周波・高電圧を発生させる共振変圧器である。ニコラテスラによって考案されたものは空芯式共振コイルとスパークギャップを用い、二次コイルの共振を利用して高周波・高電圧を発生させるもので、現在でも蛍光管の出荷検査の際に検査装置として使われたり、HIDランプの点灯回路にも応用されるほか、液晶バックライトに使われる冷陰極管を点灯させるための変圧器はフェライト・コアを用いて小型化を実現したテスラコイルである。ジャックはテスラコイルについていろいろと説明し実験を始めるのだが、実は原理についてはメグのほうが詳しいらしく、うまく作動しないのを見かねて、「共振コイルのスパークギャップが開きすぎたんじゃない」とか言ったりする。気まずい感じでジャックが去るが、メグはジャックの「地球はひとつの共鳴伝導体らしいよ」という言葉をひどく気に入ってコーヒーを飲んでいる。
このセリフは最後の話「シャンパン」でも登場する。ビル・ライスとテイラー・ミードが地球最後の日のような静かな暗がりの一室の昼休み、コーヒーをシャンペンのつもりで飲みながら話をする。なぜかクラシック音楽の話をしている。その流れで「地球はひとつの共鳴伝導体らしい」とのセリフが出る。耳を澄ますと、重低音で音楽が流れているようだ。
どこかちぐはぐな会話の中にシニカルな笑いがあり、また豪華キャストがコーヒーとタバコをめぐる微妙な演技を繰り広げるという、実に変わった映画である。それぞれカフェという固定した場面ながら、ジャームッシュだけにロードムービーの趣きもある、不思議な風景である。
第40回『おしゃれ泥棒』
第40回『おしゃれ泥棒』シャルル・ボネ(ヒュー・グリフィス)は美術品収集家と称しているが実は贋作者。1人娘のニコル(オードリー・ヘップバーン)は父親の仕事を止めさせようとしているが、反対を押し切ってやはり贋作であるチェリーニのビーナス像を美術館に出品する。そんな折、調査を依頼された私立探偵のサイモン・デルモット(ピーター・オトゥール)がニコルの屋敷に忍び込んでゴッホの贋作を調べていたがニコルに見つかり、苦しまぎれに泥棒だと名乗る。一方、リーランド(イーライ・ウォラック)というアメリカの美術収集家が出品されたビーナス像を気に入り、科学鑑定することに。困り果てたニコルは「泥棒」のサイモンに頼んで、美術館からビーナス像を盗み出すことになる。
売価100万ドルというビーナス像だけに警備は厳重である。像の周囲を赤外線センサーが張り巡らされている。そこで登場するのが、オーストラリアの原住民、アボリジニ族が狩りに使ったというブーメランである。センサーの届く範囲にブーメランを投げ、警備をかく乱させる手だ。警報が鳴るころにはブーメランはサイモンの手に戻っている。これを何度か繰り返しシステムを解除させる手だ。
さて、飛行機の翼と同じような形をしたブーメランは、回転によって揚力を発生させる。この際、ブーメランの上のほうの揚力が大きいため、ブーメランを手前に倒そうとする。自転車に乗っていて体を左に傾けると自転車は自然に左に回ろうとするが、この回転している物体に働く歳差運動(ジャイロスコープの原理)と同じことが回転しながら前方へ飛んで行くブーメランにも起こり、結果としてブーメランは大きな円を描き、 投げた人のところ戻ってくる、という原理である。だが、ある実験によれば、ブーメランの羽の角度、全体の質量、ブーメランの正しい投げ方、風の向きなど、様々な条件を満たさないとブーメランは正確に戻ってこないとの結果が出たそうだ。
ドジな私立探偵にそんな精巧な技が可能か、といった野暮な観方はやめよう。なんといっても『ローマの休日』のウィリアム・ワイラー監督とオードリー・ヘプバーンがコンビのパリものである。”HOW TO STEAL A MILLION”なんていう原題よりも、『おしゃれ泥棒』のほうがずっといい。オードリーのジパンシー・ファッションや脚線美は必見である。
第41回~第50回
第41回~第50回第41回『ネゴシエーター』
第41回『ネゴシエーター』籠城事件の際、人質をとった犯人と直接渡り合うネゴシエーター(交渉人)専門の刑事の活躍を描いたポリス・アクション。籠城事件解決においては百戦錬磨のサンフランシスコ市警の名物刑事ローパー(エディー・マーフィ)は、同僚の刑事を殺して宝石店に立てこもったコーダ(マイケル・ウィンコット)を激しいカーチェイスの後、逮捕した。だが報復に燃えるコーダは脱獄し、ローパーの恋人ロニー(カルメン・イジョゴ)を狙う。
コーダという男はかなり冷酷でタフな犯罪者である。4WDでのカーチェイスの後、路面電車に立てこもってのチェイスである。何とかかんとかつかまりはしたものの、ローバーへの復讐のため脱獄を企てる。その方法は、クリーニングに出す衣類を運び出すコンベヤである。回転寿司を運ぶような循環式のコンベヤ上のハンガーに衣類を下げる。ベルト駆動かチェーン駆動により、ハンガーをかけたブロックが一つずつ進んでいく。つまり、ぶら下がった衣類が押し合いへし合い進んでいく。コーダは、その衣類にまぎれてハンガーにつかまり、衣類とともに、階下の部屋へと運び出されるのである。これで脱獄完了。
ところで本作の原題は”METRO”。ネゴシエーターではないんだと思ったら、たしかにあまりネゴがうまくない。ネゴがうまくないから、ハード・アクションになるのである。大量のスクラップの山を築いていくカーチェイスの中でもその他でもメカの見どころは満載だが、犯人との頭脳戦はあまり期待できないのであしからず。
第42回『ニュー・シネマ・パラダイス』
第42回『ニュー・シネマ・パラダイス』シチリアのジャンカルド村での少年時代、母マリア(アントネラ・アッティーリ)と妹の三人暮らしだったサルヴァトーレ(サルヴァトーレ・カシオ)はトトと呼ばれ、買物の金で映画を観るほどの映画好きだった。映画館パラダイス座の映写室に出入りし映写技師のアルフレード(フィリップ・ノワレ)との友情を育むトト。しかしある日、アルフレードが映画館に入れなかった人のために広場の白壁に同時映写している最中、フィルムが激しく燃え出しパラダイス座を全焼、トトの懸命の救出にもかかわらず、アルフレードは火傷が原因で失明してしまう。
さて、映画のフィルムは1秒に24コマ動き何百倍にも拡大して映写される。画面が変わったときフィルムに1mmでもずれがあると何十cmにも拡大されて映写されるため、すばやく正確にフィルムを動かす仕組みが必要になる。シャッターが開いているときフィルムは止まり、シャッターが閉じている瞬間にフィルムを移動させるため間欠輪動装置というメカが働いている。
当時のフィルムは可燃性で、こうした高速回転稼動に伴い高温になり、火災を引き起こすことも少なくなかったという。発火したフィルムから上下のリールに巻かれたフィルム全体に飛び火するのを防ぐため、防火トラップが装備され、レバーを操作するとフィルムを切断して最悪の事態を防ぐ仕掛けになっていたようである。
火災にならなくともフィルムが擦れて切れることもままあり、アセトンで切れたフィルムの両端を溶かして接合する場面もあった。意図的にフィルムを切断することもある。検閲の入ったキスシーンである。
コレクションされた数十作にも及ぶ美女たちのキスシーン。もちろんメカよりもこちらのほうがはるかに叙情的なことは、言うまでもない。
第43回『レディ・キラーズ』
第43回『レディ・キラーズ』
ミシシッピ川のほとりの邸宅に暮らす敬虔なクリスチャン、マンソン夫人(イルマ・P・ホール)のもとに、大学教授と名乗るゴースウェイト・ヒギンソン・ドア(トム・ハンクス)なる紳士風の男が現れる。間借りを申し出たうえ、ルネッサンス後期音楽を練習したいとして地下室も借り受けるのだが、実は教授の狙いはミシシッピ川に浮かぶ船上カジノの地下金庫室。演奏仲間を装った4人の犯罪エキスパートがマンソン家の地下室からカジノに向け、ドリルやら火薬やらを使いトンネルを掘っていく。何やかやでカジノの売上金強奪に成功した彼らだが、マンソン夫人に計画を知られてしまい、教授は彼女の抹殺を企てる。
ところが、マンソン夫人を殺そうとする仲間たちはいずれも愛すべき間抜けなキャラクターで、一人また一人と自滅していく。残った仲間の手で死体は葬られるのだが、これが何とミシシッピ川を定刻に通過するゴミ輸送船が使われる。橋げたを通過しようとする曳船(タグボート)の艀に積まれたゴミの上に、橋の上から死体をつき落とすのである。
東京都でも不燃ゴミを船舶輸送しているが、輸送船は蒸気タービンなどによる動力船がゴミを積んだ艀を押して、あるいは曳いて航行する。押船方式は曳船方式に比べて動力が強く、一度に大量の輸送が可能で艀に人が乗船しない分、曳船より要らない。曳船の場合は、艀の後方に人が乗って舵を取ることなどもあって舵取りが押船に比べて正確で、川幅が狭い場所や川底が浅い場所での航行に有利という。ゴミの山の上に死体を見事に着地できるのも、お尻を振ることのない曳船の艀ならではと言えるかもしれない。艀で舵取りしている人の頭上に死体が着地してしまった場合は、その限りではないが…。
2004年公開の本作は、1955年の作品『マダムと泥棒』をジョエル&イーサン・コーエン兄弟がリメイクしたブラック・コメディー。半世紀という時代背景、それぞれのテイストを見比べてみるのも一興かもしれない。
第44回『トパーズ』
第44回『トパーズ』米ソ冷戦時代の1962年。ソ連諜報部(KGB)の高官クセノフが、CIA(アメリカ中央情報局)のノルドストロム(ジョン・フォーサイス)の協力を得てアメリカに亡命した。彼の証言からキューバに対しソ連がミサイルの搬入をしている事実が発覚するが、CIAは先のピッグス湾事件でキューバに対するコネをなくしていたため、ノルドストロムは友人のフランス情報部のアンドレ・デベロウ(フレデリック・スタフォード )にキューバ潜入を依頼する。キューバに赴いたアンドレは、愛人であるキューバ地下運動の美人指導者ファニタ(カリン・ドール)とその仲間たちの助けを借りて、ミサイル基地建築などの証拠を押さえていく。
この諜報活動ではアルフレッド・ヒッチコック監督作品だけあって、秀逸なスパイ道具が活躍している。古きよき時代の作品だけにもちろん、本サイト編集のコダこだわりの銀塩で、しかも遠隔操作できる小型のスパイカメラである。そのカメラの回収では、ばらばらにして七面鳥の中に隠すという用心ぶり。取り出したマイクロフィルムは、タイプライターのリボン、キーの下、髭剃りと替刃に隠していると聞かされ、アンドレはキューバを出国する。実際にフィルムがどこに隠してあったかは、作品を鑑賞して確認していただきたい。
ヒッチコック作品は、イングリッド・バーグマンやグレース・ケリーなど美人女優で固めるのが常だが、今回のマドンナ(寅さんのような表現だが)は地下組織の指導者を演じるカリン・ドールだろう。スリリングなプロットと美女、こだわりの道具はヒッチコック作品に欠かせない要素で、本コーナーがネタに困ったとき、ヒッチコック頼みになるゆえんである。
第45回『シッコ SiCKO』
第45回『シッコ SiCKO』本サイトでも取り扱う医療機器の技術は米国が先行している。なのに…と問題提起するのは『華氏911』のマイケル・ムーア監督。国民皆保険は夢のまた夢という米国の医療制度、医療政策を、狂人や変人などを意味する「シッコ (sicko)!」と糾弾する。
米国は国民健康保険というものがない。頼りになる民間の医療保険にも加入できない人が約5,000万人いて、加入者2億5,000万人も、既往症の申告漏れなどと難くせをつけて保険金の支払拒否がなされる始末。営利主義一辺倒の医療保険会社や製薬会社と、それら業界からの賄賂で政策を動かすブッシュ前大統領をはじめとする政治家らが築き上げた腐敗した米国の医療制度とは、医療を施さない(医者は申請否定率10%を維持するという)ことで儲かる仕組みになっている。
20代前半の女性が乳がんにかかっても、若すぎるという理由で拒否、女性は医療費が無料のカナダに通院する。だが、米国ならペットでも受けられるMRIが、オタワでは1台しかないとか、米国なら即対応のバイパス手術が9?10週間待ちなど、カナダも決して楽園ではないことも描く。日本の医療システムはよっぽどマシだなと思いつつも、病院嫌いの方は観ないほうがお勧めである。ますます病院嫌いになること請け合いだ。
なぜなら5,000万人の医療保険未加入者の悲惨なことといったら。ホイール・ソーを組み込んだソー・テーブルで木材をカットする作業中に中指と薬指を切断してしまった保険未加入の男は、手術の実費負担を迫られる。中指は6万ドル、薬指は1万2,000ドルという。苦渋の決断で薬指のみの接合手術を受ける。中指はごみ焼却場へ。彼が言う「いまや中指が消えるマジックができるんだよ」というジョークは、米国の医療制度への冷ややかな批判であろう。
米国に倣って入社試験で自己管理をBMI(肥満度の判定方法、ボディ・マス・インデックス指数)で図ろうとする近年のわが国が、何かと理由をつけて保険加入を拒否する米国と同じ末路をたどらないことを祈るばかりである。
第46回『007カジノ・ロワイヤル』
第46回『007カジノ・ロワイヤル』本作は、英国諜報部員ジェームズ・ボンドの活躍を描く人気シリーズ第21弾にして、イアン・フレミングのボンド・シリーズ第1作が原作である。
殺しのライセンスを持つ00(ダブルオー)の地位に昇格し007のコードネームを得たジェームズ・ボンド(ダニエル・クレイグ)の最初の任務は、テロリストの資金を運用する男の正体を突き止めること。いくつかのテロを食い止めたボンドは、“死の商人”ル・シッフル(マッツ・ミケルセン)に行き着く。高額掛金のポーカーで資金を稼ごうとするル・シッフルを阻止すべく、ボンドは掛金1,500万ドルの監視役として財務省から送り込まれた美女ヴェスパー・リンド(エヴァ・グリーン)とともに、モンテネグロの「カジノロワイヤル」に向かう。
本作のボンドカー、マグネシウム合金、カーボン繊維複合物とアルミニウムのシャーシーで従来より30kg軽い「アストンマーチンDBS」は装備控えめで、ボンドカーに載った武器は、なんと医療機器だけである。毒入りマティーニを飲んでしまったボンドは、まず円筒形のシリンダーと可動式のピストンを持つシリンジで解毒剤を注入、心停止の瞬間を狙って自分でAED(自動体外式除細動器)をかける。AEDは心停止の際に自動的に解析し、必要に応じて電気的なショック(除細動)を与える機器である。街中で目にした方も多いだろう。
これで何とか一命を取りとめるのだが、実はAEDを作動させたのは美女ヴェスパー。ボンドは解毒剤注入で意識を失っている。毒を飲まされたり、『24』のジャック・バウアーみたいに丸裸で拷問されたり、他国の大使館を爆破したりと、本作のボンドはとてもエレガントとはいえないが、まあ経験不足の悩み多きボンドも人間臭さがあって、一見の価値ありであろう。
第47回『あなただけ今晩は』
第47回『あなただけ今晩は』本作は、『アパートの鍵貨します』のビリー・ワイルダー監督、ジャック・レモン、シャーリー・マクレーンのコンビによるおしゃれなラブ・コメディーである。
パリ中央市場(レ・アール)そばの娼婦街に赴任してきた正義感の強い警官ネスター・パトゥー(ジャック・レモン)は、ストリートガールたちが仕事場にしているホテルをガサ入れするが、ホテルには上司の警部が客として居合わせ、ネスターはその場でクビになってしまう。ヒモたちがたまり場にするムスターシュ(ルー・ジャコビ)の店でやけ酒をあおるネスターは、イルマをこき使おうとするヒモをノックアウトし、そのままイルマ(シャーリー・マクレーン)のヒモとして一緒に暮らすことに。しかしイルマに客をとらせたくない恋するネスターは、変装してイギリス人の富豪X卿と名乗り、イルマに一晩話相手をさせるだけで500フランを払う。イルマが寝ている間に市場で働いて稼いだ金だ。
さて、X卿に変装する場所は、ムスターシュの店の地下の酒蔵である。変装したネスターは、酒瓶が入ったケースを上げ下ろしするリフトで店の外の通りに現れる。リフトが上がると、普段はマンホールの蓋のような板が持ち上げられ観音開きになる。イルマと語らった後は、再びムスターシュの操作するリフトに乗って、地下へ。観音開きの板はリフトが下がるとともに閉じられて歩道になる。地下で着替えたネスターは、カウンターの隠し扉を通って地上のバーに戻り、イルマを出迎える。『アパートの鍵貨します』のバドと一緒で、何とも忙しい男である。
ところでムスターシュの店は、アクチュエーターがレコードを抜き出してセットするジューク・ボックスなど、昔懐かしいメカに満ちている。イルマの鮮やかなグリーンのランジェリーやネスターの切ない演技ほどではないが、見逃せない小道具の一つである。
第48回『陽気なギャングが地球を回す』
第48回『陽気なギャングが地球を回す』本作は、ミステリー作家伊坂幸太郎原作の同名小説を前田哲監督が映画化したもの。
オープニング。某銀行で一人の銀行員が「爆弾が仕掛けられています。早く逃げてください!」と叫ぶや、人々はなだれを打ったように銀行から飛び出す。残ったのは男女4人。その内のひとり成瀬(大沢たかお)はそれが銀行の金を狙った狂言だと見破る。居合わせた4人は図らずもその銀行員の計画を阻止する。そうして知り合った4人、嘘を見抜く才能のある成瀬、スリの天才・久遠(松田翔太)、演説家・響野(佐藤浩市)、レーサー並みのドライビングテクニックと完璧な体内時計を持つ雪子(鈴木京香)は、万事休すの銀行員を見て、「自分たちならもっと上手くやれる」と銀行強盗を計画する。
やりくちはこうだ。420秒後に迎えに来るという雪子を除く3人が銀行に押し入る。支店長以外をカウンターの外に追い出すと、響野がカウンターに立って演説を始める。久遠はカードキーなどを盗み、成瀬はいくつかのキーを支店長にかざして反応を見て、本物のキーを当てる。現金自動預け払い機(ATM)のストック部が空けられ、現金が取り出される。
さてATMでは、たとえば紙幣を入れたとき、二つの紙幣分離ローラーで一枚一枚分離し摩擦駆動により、紙幣の真偽を識別する装置(バリデータ)に送る。ローラーにはある程度のグリップ力を持たせて空転せずに紙幣を送るよう、ウレタンゴムなどが使われる。規格外の偽札と判断されると、回転を逆転させ紙幣を戻す。
響野が演説をしている間に、ATMだったり金庫だったりから現金を奪い、雪子の車で追っ手をかわし逃げおおせる4人だが、何者かに襲撃され現金を強奪され、奪還をもくろむ4人は…。原作のスピーディーな展開を、ホットな俳優陣がときに緊迫しときにコミカルに演じた一作。発明家(古田心太)の作るばかばかしい小物が意外にストーリーにからむので、見落とせない。
第49回『スタンド・バイ・ミー』
第49回『スタンド・バイ・ミー』スティーブン・キング原作、ロブ・ライナー監督の本作は、森の奥にあるという事故死体を捜しに出かけた4人の少年たちの友情と訣別をノスタルジックに描いた作品である。アメリカの中学は9月から始まるとすると、ちょうど小学生最後の夏休みの話だろう。
作家のゴーディー・ラチャンス(リチャード・ドレイファス)が少年時代の親友で弁護士になったクリス・チャンバースが刺殺された新聞記事を読んで回想したのは、オレゴン州の小さな町キャッスルロックでの小さな冒険旅行のこと。小学校を卒業した12歳のゴーディー(ウィル・ウィートン)は、3人の仲間と木の上に組み立てた小屋でカードや雑談に興じていたが、あるとき、行方不明になっている少年が、30kmだか40kmだか先の森の奥で列車にはねられ、死体が野ざらしになっているという話を聞きつけ、4人で捜索の旅に出る。ゴーディーは、フットボール選手として嘱望されていた兄(ジョン・キューザック)の事故死から立ち直れない両親に邪剣にされ、リーダー格で正義感の強いクリス(リバー・フェニックス)は、アル中の父、不良グループの兄という家庭環境から給食費を盗んだ容疑をかけられるなどで将来に不安を感じ、テディー(コリー・フェルドマン)はノルマンジー作戦の英雄ながら今は精神を病む父に屈折した感情を抱き、ちょっと太っちょのバーン(ジェリー・オコネル)は自分に自信がなく意気地がないと周囲からからかわれるなど、それぞれ問題をかかえながら、中学進学や就職などへの進路を前に、ひとつ時を過ごす。
そんな4人は旅の途中、犬に追いかけられたり、沼にはまったり、夜にコヨーテに脅かされるなど、いろいろな目に遭う。広い河にかかった長い鉄橋を渡ろうというとき、慎重なゴーディーはレールを手で触り、耳を近づける。今のように軸受の異常を見る振動計などがない時代、機械にドライバーなどを当てて耳で聞いて異常がないか判断した。そんな感じで橋の半ばでレールに触れたゴーディーは、驚いて振り返る。車輪から伝わった振動でよもやとは思ったが、やはり汽車が煙を上げて近づいていたのだ。恐る恐る間から川面を見ながら枕木を伝っていた4人だが、汽車に追われ一目散に駆け出し…。さて、4人の旅の終着点やいかに。
本作は、若くして逝ったリバー・フェニックスや『24』のキーファー・サザーランドが敵役として登場するなどオールスターキャストにして、ホラー作家スティーブン・キングの原作をハートフルに描いた、懐かしい友人を思い出させる一作である。
第50回『アポロ13』
第50回『アポロ13』kat 2009年7月21日(火曜日)第51回~第60回
第51回~第60回第51回『俺たちに明日はない』
第51回『俺たちに明日はない』本作は、大恐慌時代に実在したアベック銀行強盗を題材としたアメリカン・ニューシネマ先駆けとなる1962年のアーサー・ペン監督作品。このアメリカン・ニュー・シネマの流れは、『イージー・ライダー』(1969年)、『明日に向かって撃て!』(1969年)へと続いていく。
ムショ帰りのクライド(ウォーレン・ベイティ)がいつものように車を盗もうとしているところを、「それ、うちの車だけど」と2階から笑って遮ったボニー(フェイ・ダナウェイ)。ひょんな出会いで互いに惹かれながら、ボニーとクライドはテキサス州ダラスを中心に、自動車泥棒と銀行強盗を刹那的に繰り返しながら、明日の見えない旅を続ける。
次第に彼らはアベック強盗として新聞でも取り上げられ時の人となるのだが、クライドと出会ったころのボニーはまだ銃を扱ったことがない。そこでクライドは空き地でボニーに銃の練習をさせるのだが、もちろん初めからうまくいくはずもない。そこで「扱いやすいスミス&ウエッソン(S&W)を買わなきゃな」というクライドのセリフが出る。S&W社は1896年、一貫して製造してきた中折れ式の回転弾倉式拳銃(リボルバー)に代わって、シリンダー(回転弾倉)をフレームの横に開く形式(スイングアウト式)を発売した。これは32口径S&Wロング型だが、その後1911年、この32口径スイングアウト式リボルバーのフレームに22口径の銃身を取り付けて発売されたたものが、22./32ハンドイジェクター「キット・ガン」である。魚釣りなどのときにキット・バッグに入れるのに最適な大きさ、口径であるところからこう呼ばれたらしいが、クライドのセリフにあるS&Wは、時代的にもこの銃をさすのであろうか。
ちなみに銃弾を全身に浴びて倒れるスローモーションのシーンでは、装弾数50発のドラムマガジンを装着した1928年開発のトンプソン・サブマシンガンによる一斉掃射がなされる。この「死のダンス」と称される壮絶で美しい映像の効果は後の映画でも多用されているが、実話でもこの一斉掃射による被弾数は何と87発だったという。この掃射は、単に悪を懲らしめるためだったろうか。『イージー・ライダー』でも見られるように、枠にとらわれた人々のアウトローというまぶしい自由への羨望があるように思えるのだが。
第52回『グーニーズ』
第52回『グーニーズ』オレゴン州の小さな町グーンドック。マイケル・ウォルシュ(愛称マイキー、ショーン・アスティン)の家は銀行に借金を抱え立ち退きを迫られていた。マイキーら“グーニーズ(まぬけな連中の意。グーンドックの連中の意も)”の少年4人は、マイキー宅の屋根裏部屋で伝説の海賊「片目のウィリー」が遺した宝の地図を発見、家を救うべく宝を求めて大冒険を繰り広げる。だが、地図を頼りに行った先は放置された岬の燈台レストランで、そこは手配中のギャング、フラッテリー一家の隠れ家となっていた。宝を横取りしようともくろむフラッテリー一家に追われながら、レストランの地下に広がる大洞窟で、グーニーズの宝探しのアドベンチャーが始まる。
宝に至るまでには当然、宝を守るためのトラップがある。グーニーズの一人、リッキー・ワン(愛称データ、キー・ホイ・クァン)も底に剣山のある落とし穴に落ちる。データは、いじめ撃退のための発明品をいくつも身にまとっていて、投げ縄ならぬ入れ歯クリップ付きのロープで天井の突起をつかみ、何とか難を逃れるが、床に這っていたロープを誤って引っ張ろうものなら、天井のほうで鎌が振り子運動を始め、岩を固定していたロープを断ち切り、岩をストンストンと落としていったり、骨でできたオルガンは楽譜どおりに弾けば通路が開いていくが、ミストーンしようものなら足元が崩れていくなど、様々な罠とフラッテリー一家がグーニーズを襲う。
本作は『ET』のアンブリン作品で、製作年が1985年という背景もあって、『インディ・ジョーンズ』シリーズ風のトラップやジェットコースター・アクションが満載だが、マイキーの家を救おう、グーニーズを守ろうとする少年たちの友情を核にした作品である。夏休みに、親子で見るのもお勧めである。故マイケル・ジャクソン作『ウイ・アー・ザ・ワールド』でも独特なソロをとった、シンディ・ローパーが歌う主題曲『The Goonies 'R' Good Enough』もストーリーを盛り上げている。
第53回『ディパーテッド』
第53回『ディパーテッド』本作は2002年の香港映画『インファナル・アフェア』をマーチン・スコセッシ監督がリメイクした。スコセッシ監督は本作で初のアカデミー監督賞を受賞した。
貧困と犯罪が渦巻くマサチューセッツ州ボストン南部(通称サウシー)で育ったビリー・コスティガン(レオナルド・ディカプリオ)は、警察学校を優秀な成績で卒業するが、その生い立ちを買われ、マフィアへの極秘潜入捜査を命じられる。その任務はアイリッシュ・マフィアのボス、フランク・コステロ(ジャック・ニコルソン)を信用させ、犯罪の確証をつかむこと。一方、同期の優秀な若手警察官であるコリン・サリバン(マット・デイモン)は、マフィア撲滅の特別捜査課(SIU)に配属されるが、実はコステロに育てられ警察の情報を横流しする内通者。素性を隠して潜入生活を続けるビリーとコリンの二人は、それぞれ迫り来る影におびえながらミッションを遂行しようとする。
押さえようとしていた証拠というのは、コステロが巡航ミサイル用に中国に売りつけようというマイクロプロセッサの密売。先の北朝鮮のロケット、いや核弾頭ミサイルがどの程度の命中率だったのかは不明だが、こちらは100万km先のラクダも外さないという(100km先にラクダがいるかどうかが不明だが)。「台湾を十分にけん制できる」というコステロの言葉に、中国側は取引を行うが…。
本作は影でコステロを庇護するFBIと彼を追うSIUとの対立を描きながら、アイルランド系アメリカ人の生き様を描いた。スコセッシ作品でマフィアのドンといえばロバート・デ・ニーロが定番だが、アイリッシュ系ということでキャストから外れたのだろうか。『シャイニング』での演技を思わせるようなジャック・ニコルソンの狂気あふれるボス役も圧巻である。
第54回『氷の微笑』
第54回『氷の微笑』夏といえばビールの消費が多い季節だが、近年はウイスキー派も増えてきているそうなので、この季節ならオン・ザ・ロックだろう。ロックグラスにやっと入るくらいの大き目のかち割り氷の上にウイスキーを注ぐ。氷はすぐに溶けない角の少ない球状にする。できればアイスピックで。本作は、ベッドの上で元ロック・スターがアイスピックで惨殺されるところから始まるポール・ヴァーホーヴェン監督によるエロティック・サスペンスである。
サンフランシスコ市警殺人課のニック・カラン(マイケル・ダグラス)が惨殺事件の容疑者として追うのは、殺された元ロック・スターの恋人で美人小説家のキャサリン・トラメル(シャロン・ストーン)。キャサリンは数年前に両親を事故で亡くし莫大な遺産を相続、また数ヵ月前には惨殺事件そのままのミステリー小説を発表していた。ニックはというと、コカイン中毒で捜査中に誤って観光客を射殺してしまった過去を持つ。キャサリンはそのニックをモデルに次回作を書くという。ニックはキャサリンへの容疑を濃くしながらも、彼女の魅力に次第に溺れていく。
キャサリンは重要参考人として一度警察で尋問を受ける。下着を着けていない脚を組み替えながら刑事たちを翻弄するシーンは実に悩ましいが、警察もお手上げとばかり行うのが嘘発見器、つまりポリグラフによるテストだ。SRR(皮膚抵抗反応)や呼吸、脈拍をグラフに書き留めていく、あれである。犯人しか知りえない質問に反応して波形が乱れたら最後、犯人と判定される。なので「全部いいえで答えてください」というやり方は基本的にしない。いずれにしても心理学を専攻していたというキャサリンはこのテストもあっさりとクリア、物的証拠もないので、無罪放免となる。
本作も、第10回『ファム・ファタール』同様、妖艶な才女キャサリンという悪女によって破滅へと導かれる男・ニックを描くフィルム・ノワール風の作品である。キャサリンがアイスピックで砕く氷とジャックダニエルのオン・ザ・ロック、青い海を背にした白亜の別荘などが、夏をちょっとだけ涼しく感じさせてくれる。
第55回『トランスポーター』
第55回『トランスポーター』本作は、ワケアリ荷物を運ぶプロの運び屋が活躍するリュック・ベッソンプロデュースのカー・アクション・シリーズである。
高額の報酬と引き換えにどんな依頼品でも目的地まで運ぶプロの運び屋、フランク(ジェイソン・ステイサム)。ルールは、契約厳守、名前は聞かない、依頼品は開けない、の三つ。ところがフランクは、依頼された重さ50kgくらいの動く荷物を開けてしまう。荷物の中身は、何と手足を縛られたアジアン・ビューティー、ライ(スー・チー)だった。目的地に着いたフランクに中身を知られた組織のボス、ウォール(マット・シュルツ)は、さらなる依頼を装いフランクに渡した時限爆弾入りトランクで愛車BMW735iは木っ端微塵に吹き飛んでしまう。フランクは危うく難を逃れるが、次々と組織の激しい追っ手が迫る。
フランクが組織に追われるままバスの屋根に飛び乗り、そのままバス操車場に入って格闘する場面がある。多勢に囲まれたフランクは、ドラム缶を倒してオイルをぶちまけ、相手は地面のオイルに足をとられるが、フランク自身も足元がおぼつかない。そこで隅に置いてあったロードバイク用のビンディングシューズを履くのである。ビンディングシューズはペダリングの回転を安定させるためシューズを瞬間的にペダルに固定させるもので、靴底に取り付けられたクリートという楔となる金具がビンディングペダルにはまって結合される。このクリートの楔が床に撒かれた油の膜を破断し、地面をグリップして態勢を整える。もちろんビンディングシューズで蹴りを食らわせれば、立派な凶器である。
作品でBMWもベンツも惜しげもなく吹っ飛ばされボロボロになっていくが、今回のワケアリ荷物はピッカピカ、実にキュートである。
第56回『グッドモーニング・バビロン!』
第56回『グッドモーニング・バビロン!』今年は東京・お台場にガンダム、神戸に鉄人28号が原寸大で登場しているが、タヴィアーニ兄弟監督による本作では、映画草創期のハリウッドに乗り込んで、原寸大のゾウの像を作るイタリア人の職人兄弟の姿が描かれている。
1910年代イタリア・トスカーナ地方、ロマネスク大伽藍の建築と修復を家業としてきたボナンノ家7人兄弟の2人、ニコラ(ヴィンセント・スパーノ)とアンドレア(ジョアキム・デ・アルメイダ)は、借金を抱えながらも家業を続けることを主張、腕を磨くべくアメリカに出稼ぎに行く。そこではちょうど、後に「映画の父」と呼ばれるD・W・グリフィス監督による、『イントレランス(不寛容)』の製作が始まっていた。同作は、社会の不寛容から青年が無実の罪で死刑宣告を受ける当時のアメリカ、不寛容なパリサイ派のために起こったキリストの受難、イシュタール信仰に不寛容なベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロン、ユグノーに不寛容な宗教政策によるフランスのサン・バルテルミの虐殺の四つの時代を並列的に描いた作品。グリフィス監督は壮麗なバビロンのセットを作るため、パナマ運河開通記念のサンフランシスコ万博でイタリア館建築に携わった棟梁たちをスタッフに加えるよう指示、ニコラとアンドレアはその棟梁になりすましハリウッドにくるものの、製作主任のグラース(デビッド・ブランドン)に見抜かれ、追い払われる。小間使いを命じられた二人だが、そこは職人技である。森の中でグリフィス監督がこだわるゾウの像を製作、美術担当としての腕を認められていく。
この時代カメラは手回しである。作中で撮影隊は、カタカタとギヤがかみ合う音を立てながらハンドルを回し、コマを送る。光と影が映像を作るモノクロ映画にあって、採光は命だった。宮殿で女神たちが舞う場面を撮るとき、監督は「舞台と映画は違う。舞台は電気の光のもと、映画は自然の光の中で物語が進んでいく」という。実際にはセットの中で撮りつつも、自然の光をどうやって入れるか。窓を覆っている暗幕の一部を円形にくり抜き、その上から一回り大きな丸い黒ふたをかぶせ、上部で1点止めした仕掛けを、まずアンドレアが少しずつ回し、下弦から半円、そして円形へと窓が開いていくと、女神たちに徐々に光が当たっていく。次に、ニコラが両手で2本のロープを引っ張って観音開きに暗幕が少しずつ開けていき、光が降り注ぐ。
本作の構想が生まれるほどに、歴史劇の伝統があるヨーロッパでは評価が高く商業的にも成功した『イントレランス』だが、アメリカ国内では、内容が難解で看板女優リリアン・ギッシュが表面的にはフィーチャーされていない扱いだったことなどから興行的に大失敗、壮大なバビロンのセットを解体する費用がまかなえず数年間廃墟のように放置されていたとか。当時の不寛容なアメリカの観客には見捨てられた作品だったが、後には『国民の創生』とともにグリフィス監督の代表作となった。
第57回『プリティ・ウーマン』
第57回『プリティ・ウーマン』企業買収を繰り返す若手事業家のエドワード・ルイス(リチャード・ギア)はロータス エスプリ ターボSEに乗って道に迷い、ストリート・ガールのビビアン・ウォード(ジュリア・ロバーツ)にハリウッドのホテルまでの案内を頼んだ。なぜかビビアンに興味を覚えたエドワードは彼女を自分のスイートに留め、1週間自分のアシスタントとしていてほしいと頼む。エドワードに同伴して社交の場に出るうちに、ビビアンは華麗なドレスを着こなし『マイ・フェア・レディー』のように洗練されていくが…。
エドワードがビビアンに興味を覚えたのはロータス エスプリ ターボSEの車中だろう。ホテルまでロータスを運転したのはビビアンだ。足が小さい女性にはロータスのアクセルとブレーキが近い位置にあるのが運転しやすいと言い、2.2L水冷直列4DOHCICターボでハリウッドの街中を飛ばし、コーナーさばきを見せ、ホテルにドリフトで横付けする。このロータス エスプリ ターボSEはこの映画が作られた1990年に発売されている。ある種のコラボだろうか。
このロータスと並んで物語に関わるメカは、何度か登場する非難はしごだろう。アメリカの築年数の古いアパートでは避難階段などが設置されていないため、必ず窓から非難はしごなどで脱出できるようにしている。家賃を滞納しているビビアンは、大家に気づかれないようチェーンをガラガラやって非常はしごを階下まで伸ばし、窓から外に出る。最近の非常はしごでは、解除グリップの操作だけで瞬時にはしごが地上までスライドして伸びるものも出てきているようだ。
今年は壮年のリチャード・ギアが、いくら日本通とはいえ「ハチ~!」とか言っている不思議な物語に出演しているが、やはり本作のようにアルマーニのスーツに身を包んだ『アメリカン・ジゴロ』ばりのセクシーな姿が、女性たちの描くギアのイメージではないだろうか。キュートなジュリア・ロバーツも必見である。
第58回『ハッピーフライト』
第58回『ハッピーフライト』本作では、機長昇格への最終訓練に臨む副操縦士、初の国際線フライトに胸踊る新人キャビン・アテンダント(CA)、乗客のクレーム対応に追われるグランドスタッフ、離陸時刻が迫るなかメンテナンスを急ぐ若手整備士、窓際族のベテランオペレーション・ディレクター、ディスパッチャー、管制官、バードパトロールなど、1回のフライトに携わる多くのスタッフ達の姿がグランドホテル形式で描かれる。『ウォーターボーイズ』や『スウィングガールズ』などの矢口史靖監督が手がける、タイトルを裏切ったパニック映画である。
副操縦士の鈴木和博(田辺誠一)は、機長昇格の最終訓練として乗客を乗せホノルルに向け飛び立つ。鈴木は威圧感たっぷりの教官であり機長の原田典嘉 (時任三郎)に、国際線デビューとなるCAの斎藤悦子(綾瀬はるか)は鬼チーフパーサーの山崎麗子(寺島しのぶ)に監視される中、ホノルルへのフライトは円滑にいっているように見えたが、何らかのメカ・トラブルに見舞われ、航路を変更することに…。
さて、メカ・トラブルとはなんだろう。フライト前、伏線のようにいろいろなメカが映し出される。たとえばランディングギヤ(着陸装置)。機体が離陸した際にパイロットがギヤレバーを上方に引き上げると油圧のピストンとシリンダで構成されたアクチュエータが作動しランディングギヤを引き上げ格納、着陸時はギヤレバーを下げるとランディングギヤが展開される。2軸ターボファンエンジン。最前部のファンと最後部の追加タービンを支える低速軸系とコンプレッサおよびタービンブレードを支える高速軸系の二つの回転軸で構成される。速度を検出するビトー管。ピトー管が検出する全圧(動圧+静圧)と静圧孔が検出する静圧は計器内部のダイヤフラムの内側と外側へ伝えられ、ダイヤフラムは全圧と静圧の差(動圧)によって伸縮、つまり動圧の変化を表すのでこれを機械的に指示、コンピューターに伝達することにより対気速度を指示させる。鳥のアタックによるメカの被害(バードストライク)を防ぐべくバードパトロールが空砲を撃つのだが、保護団体に邪魔され、飛行機は飛び立ち…。
本作は搭乗スタッフと地上スタッフの連携でトラブルに臨むという点では、『アポロ13』のようなスリリングあふれる作品だが、綾瀬はるかのホンワカしたキャラがサスペンス・コメディー風に仕上げているようだ。
第59回『踊れトスカーナ!』
第59回『踊れトスカーナ!』本作はイタリア、トスカーナ地方の美しい自然を背景にした、レオナルド・ピエラッチョーニ監督・主演のラブコメディ。
トスカーナ地方の田舎町で会計士として働くレバンテ(レオナルド・ピエラッチョーニ)が、素人画家の弟リーベロ(マッシモ・チェッケリーニ)、レズビアンの妹セルバジャ(バルバラ・エンリーキ)と父と共に暮らす町外れの農場に、スペインから来たフラメンコ・ダンサーの一団が道に迷い訪ね、一夜の宿を借りることに。ダンサーの一人、カテリーナ(ロレーナ・フォルテーザ)に一目惚れしたレバンテだったが、彼女は自分が町で働いている間に旅立ってしまう。
…はずだったが、狭い町のこと、「お前のうちでフラメンコを踊っている美女たちは誰だ」と友人からやっかみ混じりの言葉を投げられる。
まだ家にいる!レバンテは仕事を投げうって、愛車のバイク、モトベカンにまたがり、家路を急ぐ。
モトベカンとは、フランスの人気モペット(空冷2サイクル短気筒エンジンを搭載した自転車)で、バリエーターが取り付けられ加速もスムーズに行われる。日本では原付2種の区分で、自転車モードにしてペダルをこいで走ることもできる。レバンテは立ちこぎもまじえて急ぐ。ところが農場に着いてカテリーナの舞う姿に見とれ、倉庫の壁に激突、20年来の友だったモトベカンは無残な姿に。レバンテはその亡がらに「キャブレターを埋葬してやるからな」と言葉をかける。近年は、排出ガス規制への対応から燃料噴射ポンプへの移行が進んでいるが、1956年以来基本デザインが変わらないモトベカンで積んでいるのは、もちろんキャブレターである。
本作の原題は“IL CICLONE”、英語で言えばサイクロン、つまり熱帯低気圧や暴風を指す。平穏な田舎町の変わりばえのしない生活にカテリーナらダンサー一団がもたらした嵐、という意味だろうか。風を切って走り風とともに去ったモトベカンのほか、カテリーナが練習するブーメランなど、風をイメージさせる小物が散りばめられ、そこにフラメンコの熱気が加わって、サイクロンとなるのであろう。サイクロンに巻き込まれた人々の「それから」は?ラテン系テイストのラブストーリーも、たまにはいい。
第60回『ロープ』
第60回『ロープ』本作は、アルフレッド・ヒッチコック監督がカット割りなし、全編1ショットで撮影した実験作。それぞれIQ200超という二人の青年が明確な動機もなしに殺人をはたらいたレオポルト&ローブ事件が題材とされている。ここの二人も、ニーチェの超人哲学にかぶれ、自分たちは法や道徳を超越した存在だと感じている。
白昼。ニューヨークの高層アパートの一室で、「超人」を標榜するブランドン(ジョン・ドール)とフィリップ(ファーリー・グレンジャー)は、大学の同窓生デビッドを「凡人」としてロープで絞殺する。自分たちが人より優れていることを証明するためだけに、である。デビッドの死体は、棺のように長いチェスト(日本の長持ちみたいなやつである)の中にしまう。大胆にもブランドンは、死体をそのままに、ピアノの演奏旅行に出るというフィリップの送別会を口実に、デビッドの親と婚約者、友人関係を招いてパーティーを開く。しかも死体を隠したチェストの上に燭台を置き、料理や酒を並べ、ゲストに振る舞うのである。ゲストの一人、大学時代の舎監だったルパート教授(ジェームズ・スチュアート)は、主催者二人の行動に疑惑を抱いていく。
劇中、見ている側は、パーティーの楽しい会話の中にも、チェストの中で静かに横たわる死体を意識しないではいられない。長持ちの中に人が横たわっているといえば、江戸川乱歩作『お勢登場』であろうか。妻・お勢が不倫相手のもとに出かけている間、子供たちとかくれんぼして遊んでいた夫・格太郎は、隠れた長持ちの留め具が締まってしまい、完全に閉じ込められてしまう。帰宅したお勢が、長持ちの中で格太郎が抗う音がするのに気づき、いったんは夫を助けようと長持ちの留め具を外し上蓋をわずかに持ち上げるのだが、次の瞬間には心変わりして、蓋を下ろし鍵をかけてしまう…。
ここで上蓋が開くのは、ご存知のとおり、留め具のある側の反対側になる上下の蓋を蝶番(ヒンジ)でつないでいるからである。中心の軸で回転運動があり、蓋の開け閉めが可能になる。本作のチェストや長持ちなど高級家具では、静かに開け閉めできるようにヒンジの部分は最適なすき間が保たれ、潤滑性もよい表面処理などがなされているのであろう。最近であればフッ素樹脂コーティングなどがなされているものもある。いずれにしても、お化け屋敷のドラキュラの棺のように開くときにギーッという不快な音は出ない。先日、ニンテンドーDSのヒンジ部分が壊れて放っておいたら、ディスプレイが表示しなくなってしまった。ヒンジ部分に配線があって断線してしまったらしい。このヒンジも音もなく開け閉めでき、音もなく壊れていたが、無給油の樹脂部品が使われていた。もちろん樹脂の強度の問題というよりは使用上の問題で、子供が手荒に扱ったせいだろう。
話が脇に逸れまくったが、本作のチェストのように、こんなに静かで存在感のあるアイテムもめずらしい。殺人に使われたロープの行方からももちろん目が離せない。
第61回~第70回
第61回~第70回第61回『ライラの冒険 黄金の羅針盤』
第61回『ライラの冒険 黄金の羅針盤』本作は、フィリップ・プルマン作ファンタジー小説三部作の第一部「黄金の羅針盤」を映画化したもの。オーディションで1万5,000人以上から選ばれた天才子役、ダコタ・ブルー・リチャーズが主人公のライラを演じている。
舞台は、この世界と似て非なるパラレルワールドのイギリス。誰もが自分の分身である「ダイモン」と呼ばれる動物の精霊と寄り添い生活している。オックスフォード大学のジョーダン学寮に住む孤児のライラ・ベラクア(ダコタ・ブルー・リチャーズ)は、親友のロジャー・パースロウ(ベン・ウォーカー)たちとの賭けで学長の部屋にしのび込み、叔父のアスリエル卿(ダニエル・クレイグ)が北極で発見したダストに冠する研究資金の件で評議員達にプレゼンしているのを聞いてしまう。ちょうどその頃、子供達が失踪するという事件が相次ぎ、北極に旅立った叔父も行方知れずとなる。ライラの親友・ロジャーたちと叔父の行方について手がかりをつかみたいライラのもとに、コールター夫人(ニコール・キッドマン)から旅への誘いが舞い込む。旅立つライラに学長は、アスリエル卿から預かった「黄金の羅針盤」を手渡した。真実を導く真理計だという。コールター夫人とロンドンに旅立ったライラだったが、子供たちをさらったゴブラーのリーダーが夫人だと知って逃げ出し、子供たちを取り戻そうとするジプシャン族とともに、肩にダイモンのパンタライモンをのせ、黄金の羅針盤が示す北極に向かう。
ところで、ここで登場するメカはすべて黄金である。ロンドンに向かうツェッペリン型飛行船も、三つの針が回転したのち文字盤の36の絵を指し真実を示す羅針盤も、コールター夫人が放ったゼンマイ仕掛けの虫型ロボット「スパイ・フライ」も。フライといっても蝿よりも、バッタに似ているようだ。長距離を飛び続け襲撃するところも、群れをなし変態したトノサマバッタっぽい。翅をこすり合わせて音を立てて飛ぶところがリアルであり、ちょっとゼンマイを巻いただけで何日間も稼動しているのは、かなり省エネで環境にやさしいメカである。ちょっと凶暴ではあるが…。
魔女も熊の王も登場するファンタジーながら、妖艶なニコール・キッドマン演じるコールター夫人の存在が、ストーリーを引き締めている。きれいなブロンドに黄金のドレス、黄金の猿のダイモンを肩に乗せている。子供が観る作品ということもあってか、いつになく露出は抑えぎみだが、相変わらずセクシーな内に複雑な感情を秘めている。原作者から出演をオファーされたお墨付きのキャストである。興行成績が堅調にもかかわらずリーマンショック後の不況で続編政策がストップし、彼女の演技の続きが見られないのはちょっと残念に思う。
第62回『ピンク・パンサー2』
第62回『ピンク・パンサー2』数年前にスティーブ・マーティンがクルーゾー警部を演じた同名のリメイク映画があるが、今回紹介するのは1975年の作品となる、ブレイク・エドワーズ監督、ピーター・セラーズ主演のシリーズの第3作である。
中東の国・ルガシュの博物館から「ピンク・パンサー」の異名を持つ世界屈指のピンクダイヤが盗まれた。ルガシュの首脳はかつて盗難にあったピンク・パンサーを取り戻した実績のあるパリ警察のジャック・クルーゾー警部(ピーター・セラーズ)に依頼、クルーゾーはルガシュへと旅立つ。現場検証の後、かつての宿敵・怪盗ファントムことチャールズ・リットン卿(クリストファー・プラマー)の仕業と確信したクルーゾーは、卿の行方を追い南フランスへと向かうが…。
冒頭で怪盗ファントムらしき人物が、博物館からピンク・パンサーを盗み出すシーン。ピンク・パンサーの周囲には、無数のセンサーが張り巡らされている。ひとたびセンサーに引っかかれば、すべてのシャッターが自動的に閉ざされる仕組みで、逃げ場はない。怪盗はスプレーでセンサーの位置を確かめると、ボウガンのようなものを使って、先端に楔のついたロープをセンサーより低い位置、数m先のピンク・パンサーの展示台近くの壁に打ち込み、ロープを張り渡す。センサーを避けるように、ロープを伝って背中で進むというわけである。このとき、オイルを床に撒いて、その上にシートを置き、シートの上に寝転ぶ。これで潤滑をよくして、ロープをつかみながら、スルスルッと背中で宝石のところまで進む。そこでマジック・ハンドを2個使って、宝石をキャッチするのである。さながら若田宇宙飛行士が、ロボット・アームで「きぼう」日本実験棟船外実験プラットフォームと船外パレットを国際宇宙ステーション(ISS)に取り付けたかのような精緻な作業である。
こんな作業はとてもできそうもない、人並みはずれて不器用で、極端に人を信じて疑わないお人よしの本家クルーゾー警部。天然のズッコケぶりで行くところ破壊行為を繰り返しつつも、なぜか憎めないキャラクターは天下一品で、抜き足、差し足、忍び足みたいなヘンリー・マンシーニのおなじみのテーマ曲も手伝って、やみつきになるシリーズである。
第63回『大いなる眠り』
第63回『大いなる眠り』本作はレイモンド・チャンドラー原作で、独特なまなざしから“スリーピング・アイ”の異名を持つロバート・ミッチャムがハードボイルド探偵、フィリップ・マーロウを演じている。ヒッチコック作品で常連のジェームス・スチュワートも老将軍役で登場する。
私立探偵フィリップ・マーロウは、スターンウッド将軍(ジェームス・スチュワート)の次女カーメン(キャンディ・クラーク)がゆすりにあっている件で、ロンドン郊外の将軍家に呼ばれる。マーロウが脅迫状の差出人の家にたどり着くと、銃声が。家の中へとびこんだが、そこはゆすりのネタ、カーメンのヌード写真を撮影している現場で、薬漬けで全裸のカーメンと頭部を撃ち抜かれた脅迫者の死体があった。事件を追ううちに、長女ヴィヴィアン(サラ・マイルズ)の夫の失踪、夫が出入りしていたロンドンの賭博場の顔役などがからんでいく…。
さて、物語の冒頭、マーロウが招かれたのはスターンウッド将軍の温室、ビニールハウスである。重油ボイラーによって冬場でも30℃以上に保たれている、あれである。車椅子の将軍が依頼の長話をしている間、ダークスーツをダンディーに着こなしているマーロウはもちろん、ネクタイを緩めはしない。スコッチを勧められるが、生ビールか、ロンドン・ギネスのほうがいい、観ているものにもそう感じられる暑苦しい場面である。ところで原油高騰で問題になったように、ビニールハウスでは大量の重油が使われる。これに対し最近ではCO2削減の見地から、太陽電池と燃料電池を組み合わせた発電システムなどの試行も始まっている。なんにしても、植物のコンディションに合わせた温調設備が老将軍のコンディションによいかどうかは謎である。
フィリップ・マーロウはロサンジェルスの私立探偵だが、今回の舞台はロンドン。マーロウの好むジンベースのカクテル、ギムレットは本場としても、愛車のキャデラックはそぐわないためか、登場しない。何と彼が運転するのはメルセデス・ベンツである。1日25ドルの日当と実費というしがない稼ぎからはしっくりこないアイテムばかりだが、ダンディズムの演出ということで大目に見るとしよう。
第64回『ジョー・ブラックをよろしく』
第64回『ジョー・ブラックをよろしく』本作は、死神が人間に恋するファンタスティック・ラブストーリーである。死神が若い女性に共感して運命を変えてしまうのは、伊坂幸太郎の原作を映画化した『死神の精度』だが、本作にヒントを得ているような気がする。もっとも、本作で連れて行こうとしているのは若い女性ではなく、その父親だが。
スーザン(クレア・フォラーニ)はカフェで若い青年と隣り合わせ、意気投合して結婚観などについて語りひと時を過ごす。別れ際、互いに恋に落ちたことを打ち明けて別れる二人だが、青年は次の瞬間には車にはねられ、死神に身体を奪われる。それが、スーザンの父親で大富豪のパリッシュ(アンソニー・ホプキンス)を迎えに来た、死神ジョー・ブラック(ブラッド・ピット)である。スーザンは彼の姿を見るなりカフェでの想いがよみがえるが、死神のジョーに死んだ青年の記憶はない。だが、連れて行くその日までパリッシュのそばに付き添い、会社の経営危機に際しアドバイスをしたりなどしているジョーは、スーザンとの出会いを重ねるうちにいつしか彼女に惹かれていく。
ところでジョー・ブラックとして登場する前の青年は、スーザンと別れ、道を横断しようとするときに双方向から車にはねられる。これは即死だろう、観るものにそう思わせる吹っ飛び方だ。それでなんとなく、あの車が衝突安全ボディーだったら、と考えた。衝突安全ボディーの考え方は近年、衝突時に乗員を保護するだけではなくなっている。歩行者傷害軽減ボディーというやつで、衝撃吸収素材と衝撃吸収構造によって歩行者の被る傷害をも軽減させる。たとえばトヨタでは、2001年のプレミオ以降、エンジンフード、カウル周辺、ワイパーピボットには衝撃吸収構造を採用し、歩行者の頭部への衝撃を緩和したほか、フロントバンパー裏には衝撃吸収構造を設定し、脚部への衝撃も緩和している。こんな車だったら青年も吹っ飛ばされることもなく、死神が入り込む隙もなかったかもしれないが、それではジョー・ブラックが登場できない。
ジョー・ブラックはあの世に連れて行こうというパリッシュに、現世での案内役を頼む。ピーナッツ・バターにはまったりと、スポンジのように現世の出来事を受け入れる衝撃安全ボディーのように柔軟で無垢な死神を演じる、個性派ブラッド・ピットのおどけた演技の妙も見どころである。
第65回『冷たい月を抱く女』
第65回『冷たい月を抱く女』大学の学長補佐アンディ(ビル・プルマン)は、大学付属病院の小児科で働く妻トレイシー(ニコール・キッドマン)と新婚生活を送っていたが、家の補修費用を捻出するため、高校の同級生で天才的な医師ジェッド(アレック・ボールドウィン)に部屋を貸した。原因不明の腹痛に悩まされていたトレイシーはあるとき、激しい腹痛で倒れ病院に運ばれ、ジェッドの執刀で緊急手術を受けることに。トレイシーは卵巣の一つが破裂し、もう一つもねじれて壊死しており、しかも妊娠していたが、ジェッドは生命の危機を救おうとアンディの許可を得て、二つの卵巣を除去、トレイシーは子供を産めない体となる。しかし後日の病理検査の結果、壊死は表面上だけで卵巣は正常だった。トレイシーはこれを理由にアンディと別れ、また病院を相手に訴訟を起こし多額の示談金を受け取る。しかしこれは、トレイシーと愛人のジェッドの共謀によるもので、卵巣の壊死は妊娠促進剤を多量に注射したことによるものだった。
アンディが彼らの共謀に気づいたのは、ベッドの脇に落ちていた注射器に微量の妊娠促進剤が残っていたからだった。注射器はわずかなすき間に空気の膜ができるように筒の内側にブラスト処理をしている。エアベアリングの動圧溝のような役割で、実は押し子(プランジャ)を持って筒を回すと実に抵抗なく回る。そんなことはどうでもいいが、プランジャ先端のゴムシールも手伝って、封入した薬液は漏れ出すことはない。しかも薬液が完全に使い切られることはなく、薬液が残ってしまうことから、新型インフルエンザワクチンの有効利用という点で問題になっていた。先ごろこれに対しテルモが、針の付け根に向かって絞ってある筒の先端形状を、円すい型ではなく円筒型にして、注射器に残るワクチンを10%減らすことに成功した。この新型注射器を使っていたら、トレイシーたちも完全犯罪が可能だったかもしれない。
名男優二人を従え、またしても美女ニコール・キッドマンの悪女ぶりが冴えわたる一作である。
第66回『デスペラード』
第66回『デスペラード』麻薬組織のボスに恋人を殺されたマリアッチ(ミュージシャン)の復讐劇を描いたロバート・ロドリゲス監督作のバイオレンス・アクション。全般的に殺伐とした映像が続くなか、「ラ・バンバ」のロス・ロボスの音楽がラテン系に盛り上げるほか、友情出演のクエンティン・タランティーノらのコミカルな演技が場を和らげる。
メキシコ国境の町サンタ・セシリア。ギターケースを下げ町に現れたマリアッチ(アントニオ・バンデラス)は、誰もが恐れるギャングのボスで麻薬王のブチョ(ジョアキム・デ・アルメイダ)の命を狙い、一味の取引場所であるバーでブチョの居所を尋ねる。店内の荒くれどもはみんな一味なので白状するわけもなく、店はたちまち激しい撃ち合いの場に。マリアッチを匿う書店オーナーの美女キャロリーナ(サルマ・ハエック)も巻き込んで、組織のボスへの無勢の闘いが始まったが。
さて、先のバーではあらかじめ、マリアッチの兄弟分がギターケースを持ったブチョを狙う殺し屋のエピソードを大仰に語っていたため、いかにも悪そうな太っちょのバーテンが、ギターケースを手にしたマリアッチが入ってくるや、「ケースには何が入ってる?」と詰問する。初めは穏やかに事を進めるつもりだったマリアッチは「ギターに決まってる」と言うが、もちろん疑って「中身がギターだったら店のおごりにしてやる」と言いながら、仲間にケースの上蓋を開けさせる。ギターが現れ一同が拍子抜けしたのも束の間、ギターらしきものは実は内蓋で、それがゆっくりと持ち上がっていって、その中には武器商人かというくらいの様々な銃が並んでいた。それで戦闘開始、となるわけである。
このギターケースの内蓋がゆっくりと開いた機構はロータリーダンパーであろうか。軸周りに封入したオイルの粘性抵抗によって発生する制動力を利用した回転系のダンパーで、トイレの蓋がゆっくり、静かに閉まったり開いたりする、あれである。
本作ではマシンガンになるギターケースやロケット弾を発射するギターケースも出てくる。元ギタリストの殺し屋のケースさばき(!?)も見物である。
第67回『ポワゾン』
第67回『ポワゾン』本作はアントニオ・バンデラスとアンジェリーナ・ジョリーというセクシー二大スターを主演に迎え、ウィリアム・アイリッシュ作『暗闇へのワルツ』をピューリッツァー賞受賞の劇作家で脚本家であるマイケル・クリストファー監督が映画化した官能ミステリー。
19世紀後半のキューバ。コーヒーの輸出で成功したルイス(アントニオ・バンデラス)は、新聞の交際欄で、仕事を円滑に進めるためだけにアメリカ人妻を募集、その要求に対し、ジュリアと名乗る人女性(アンジェリーナ・ジョリー)がアメリカからやってくる。事前に送られた写真とはまったく別人の美女だったが、外見で選ぶ男かどうか試したのだと告げるジュリアに、ルイスは一目ぼれ、すぐに結婚を決める。しかし彼女の目当てはルイスの財産で、ある日忽然とルイスのもとから姿を消してしまう。だまされてもなお彼女を忘れられないルイスは、彼女を探すうちに真相に迫っていく。
さて、場面は牢獄での“ジュリア”の罪の告白から始まり、回想の途中で何度か、刑の執行を待つ彼女の告白シーンが入る。牢獄の外で刑の執行人が道具を試している。絞殺刑の道具で、「リッサの鉄柩」と呼ばれる類のものであろうか。テーブルに載った矩形の鉄フレームをイメージしてほしい。フレームの中心をボールねじのようなものが縦に貫いている。ボールねじの手前には執行人が操作するハンドルがついていて、ボールねじの先には首をはめ込むための二つ割りの鉄環がついている。罪人の首を鉄環の中に挟み込んだ後ハンドルを回すと、ねじ送りで鉄環が押し込まれていく。結果的に北京ダックのように首が絞められ折られるという、物騒な道具である。告白シーンのたびに、執行人がそれを操作するさまが、不気味に映し出される。
本作では、『トゥームレイダー』で男勝りのアクションを見せたアンジェリーナ・ジョリーが妖艶な悪女ぶりを演じているほか、『デスペラード』で殺し屋だったアントニオ・バンデラスが恋におぼれた優男を演じている。どちらかといえばもちろん、アンジェリーナ・ジョリーのベッドでの熱演はみどころの一つであろう。
第68回『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』
第68回『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』本作は、『シザーハンズ』などのティム・バートン監督がディズニー・スタジオ在籍中から温めていた企画を、全編ストップモーション・アニメーションを用いて実現した人形アニメの感動作。
ハロウィン・タウンのキング、骸骨のジャック・スケリントンは、ハロウィン演出家として市長や市民たちに絶賛されながらも、毎年のハロウィンの準備に明け暮れることに嫌気がさしていた。彼はある日、相棒の幽霊犬ゼロとともに森を散歩していると、クリスマスツリーの形のドアがある木を見つける。ドアをくぐり抜けるとそこは、町中がクリスマスを祝うクリスマス・タウンだった。初めて見るクリスマスの装いに魅せられた彼は、ハロウィン・タウンに戻るやクリスマスの研究に没頭。とうとう彼は、サンタの代わりにプレゼントを渡そうと、サンタに休暇をとってもらうべくイタズラっ子3人組を派遣するが、3人はハロウィン・タウンの悪役ウーギー・ブーギーにサンタを引き渡し、サンタはとらわれの身となってしまう。
クリスマス・イヴ。ゼロをトナカイにそりに乗ってプレゼントを配って回るジャックだが、ハロウィン・タウンの住民が作った不気味なプレゼントで被害が続出、ジャックは偽者サンタとして軍隊に攻撃されることになる。このとき手回しハンドルでギヤを回し、レーダーや迎撃ミサイルの姿勢制御がなされる。かなり精密なギヤなのか、標的を精確にとらえることができる。ついにレーダーはジャックをとらえ、ゼロとそりともども、打ち落とされてしまう。
本作では、撮影自体にもメカが多用されている。たとえばモーション・コントロール・カメラの導入などにより人形の表情の変化をシミュレーションすることなどで斬新な映像を実現、ハロウィン・タウンとクリスマス・タウンを行き来するジャックの喜怒哀楽を、見事に表現している。
第69回『ファミリー・プロット』
第69回『ファミリー・プロット』本作は、謝礼金目当てに資産家の遺産相続人を捜す男女と、ダイヤモンドを狙い誘拐を繰り返す男女の二つのカップルが織りなす、アルフレッド・ヒッチコック監督の遺作。
イカサマ降霊術師ブランチ・タイラー(バーバラ・ハリス)は、老資産家ジュリア・レインバード(キャスリーン・ネスビット)の邸宅に呼ばれ、1万ドルの謝礼と引き替えに、たった一人の身内である死んだ妹の息子を見つけ出してほしいと頼まれる。恋人で探偵もどきのタクシー運転手、ジョージ・ラムレイ(ブルース・ダーン)とともにレインバード老嬢の甥エディーの捜索にかかるが、家族とも火事で死んでいるという。しかしその死に疑問を持ったジョージは、フラン(カレン・ブラック)という謎の女と組んで政府高官を誘拐、その身代金としてダイヤを受け取る宝石商アーサー・アダムソン(ウィリアム・ディヴェイン)として生活しているエディーに行き着く。
さて、エディーの死にジョージが疑いを持ったのは、一緒に死んでいるはずのレインバード老嬢の妹夫婦の墓と甥エディーの墓が別々に並んでいたことと、甥の墓だけが真新しかったため。そこで墓石を加工した石材屋を訪ねる。何人もの職人が原石をダイヤモンドカッターで切断したり、切断した石材を研磨したりダイヤモンドバイトで角をRにしたり、歯科用ハンドピースみたいなもので字彫りしている。現在なら石材屋にこんなに職人を抱え込んでいることはないかもしれない。字彫りにしてもサンドブラストで自動施工というのが一般的だろう。しかも、材料費も加工賃も安い中国で墓石加工を手がけていたら、真相にたどり着くのは容易ではなさそうだ。本作ではほかにも様々なメカが出てくる。誘拐された高官は、アーサー宅の煉瓦の壁の向こうの隠し部屋に閉じこめられる。壁の煉瓦を一つ外すと錠前が現れ、解錠すると煉瓦の壁の一部、ジグソーパズルみたいな形のドアが開くのである。
本作はバーバラ・ハリスが可憐なコメディエンヌとして活躍、ヒッチコック初期の頃のユーモアも交えたサスペンスの逸品である。
第70回『シャイニング』
第70回『シャイニング』暖冬と予想されていたこの冬は、連日寒気に包まれている。本作は、コロラドの雪深い山中にあるリゾート・ホテルを舞台に、その管理を任された家族を襲う怨念と狂気を描いた、スティーヴン・キング原作、スタンリー・キューブリック監督のホラー映画。
作家のジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)は、妻のウェンディ(シェリー・デュヴァル)と息子ダニー(ダニー・ロイド)とともに、冬の間閉鎖するリゾート・ホテル「オーバー・ルック・ホテル」の管理人として住み込むことになる。だがそのホテルでは、前任者の管理人が孤独な生活のために発狂し、妻と二人の娘を斧で殺し自殺したという。「シャイニング」と呼ばれる幻視能力を持つダニーは、ホテルに着くや、エレベーターの扉から流れ出る大量の血と、その前に立ちつくす双児の少女の姿を幻視する。一方、ジャックは一向に進まない執筆への苛立ちから次第に不安定な状態に陥り、ついには前任者の怨念に取り憑かれ、斧を持って家族を恐怖に駆り立てていく。
さて、雪深い山奥のホテルに物資を届ける唯一の手段は、雪上車である。歩行の難しい、軟らかい積雪の上を走行しなければならないうえ、登坂、旋回などの運動性もより求められるため、雪上車の接地圧力は0.12kg/cm2以下にして、積雪での運動性能を確保している。そこで駆動輪に無限軌道のゴム・クローラーというものを履かせるわけである。エンジンブレーキの利きもよく、安全性も高い。母子は雪上車で脱出できるのか。ジャックの斧でのすさまじい追撃をかわせるのか…。
近年は『恋愛小説家』などでユーモラスな顔も見せているジャック・ニコルソンだが、斧でドアを突き破って母子に襲いかかる狂気にあふれた演技は圧巻である。
第71回~第80回
第71回~第80回第71回『大脱走』
第71回『大脱走』本作は、第二次大戦中、ドイツ軍の第3捕虜収容所に収容された連合軍将校全員250人を脱走させようという史実に基づく物語。
脱走常習者・連合軍空軍将校たちが運び込まれているドイツ第3捕虜収容所にビッグXと呼ばれる空軍中隊長シリル(リチャード・アッテンボロー)が入所するや、連合軍捕虜250名全員を脱走させようという壮大な計画が立てられた。ビッグXの指揮の下、“トンネル王”クニー(チャールズ・ブロンソン)や“独房王”ヒルツ(スティーブ・マックィーン)などが協力して、収容所を囲む鉄条網の外の森へと抜ける数百フィートのトンネル掘りとそれを使った一大作戦が始まった。
トンネル掘りはまず深さ90cmくらいまで掘り下げた後、そこを起点に地面に平行して坑道を作っていく。収容所の外、森の下からは垂直に上へと掘って脱出口ができあがる。掘り進めながらレールも敷設し、そのレールの上を、掘った土を坑外に運び出すトロッコを走らせる。壁や天井が落盤しないよう貼り付けたセグメントタイルの代わりは、ベッドを解体した木材である。実に掘削機シールドマシンのようである。脱出も出口の番がロープで牽引したトロッコに頭を低くして乗った脱出者がレール上を滑走する。酸素を補給するエアポンプも自製している。エア漏れがないよう革袋で作った蛇腹のシール(ブーツ)まで備えた念の入れようである。
中立国スイスを目指しバイクで爆走するスティーブ・マックィーンの姿が印象に残っている方も多いだろうが、リチャード・アッテンボローやチャールズ・ブロンソンなど名優の存在感も光る。あらためて見直すと、独房で壁を相手にキャッチボールしたり、芋焼酎を作って皆に振る舞ったりするマックィーンのコミカルな演技も何とも貴重である。
第72回『TAXi』
第72回『TAXi』本作はフランス・マルセイユの街中を舞台にしたカー・アクション・エンターテインメント。監督はレーサー出身のジェラール・ピレスで、製作・脚本はリュック・ベッソン(監督作は『レオン』『ニキータ』など多数)。
港町マルセイユ。宅配ピザ屋でバイクの最速記録保持者であるダニエル(サミー・ナセリ)は、恋人リリー(マリオン・コティヤール)との生活を考え、趣味と実益を兼ねてタクシー運転手の仕事を始める。改造車を猛スピードで走らせ乗客の移動時間を短縮、運賃+チップを稼ぐのである。あるときダニエルのタクシーに、運転免許試験に落ち続けている、うだつの上がらない新米刑事エミリアン(フレデリック・ディーファンタル)が乗り込む。彼はベンツに乗った強盗団「メルセデス」を取り逃がしたばかりで、想いを寄せる金髪の女上司ペトラ(エマ・シェーベルイ)にそっぽを向かれ落ち込んでいた。一方、乗客が刑事とは知らず、いつものように取締まりをかいくぐり時速190kmで街中を飛ばすダニエルだが、さすがに御用。ペトラの信頼を得たいエミリアンはダニエルに、免許を返す条件としてメルセデス強盗団の逮捕に協力するよう取引を持ち掛けるが…。
ところで、ダニエルのプジョー406改造車はボンドカー並みのトランスフォーマーである。特急の依頼が入ると、いったん車を停止、自動ジャッキで車体を持ち上げると、最適なダウンフォースが得られるようフロントウィングとリアウイングが電動アクチュエータにより出現する。さらにタイヤも車体に折り畳まれたかと思うと、F1カー用みたいなトレッドパターンのないスリックタイヤに履き替える。きっと、タイやウォーマーで暖められて50℃くらいになって路面とのグリップ力が高まったやつだろう。もちろんステアリングも付け替える。
マルセイユの街中をサーキットに、メルセデスとカー・チェイスを繰り広げる刑事と走り屋のデコボコ・コンビ。その顛末は?笑いあり、お色気あり、典型的なフランス映画でありながら、目がくらむようなデッドヒートのシーンの連続は、走りに魅せられた監督の作品であることを思い出させる。
第73回『ザ・コア』
第73回『ザ・コア』ボストンで心臓ペースメーカーをつけた32名が同時刻に死亡したほか、宇宙では大気圏突入直前のスペースシャトル「エンデバー」が突然制御不能となった。地球物理学が専門の大学教授、ジョシュ・キーズ(アーロン・エッカート)は、その原因が地球の核(コア)の回転が停止しかかっていることを突きとめた。コアの回転は地球の周りに太陽風(スーパーストーム)熱を防ぐ電磁場を形成しているが、回転不全でその電磁場に穴が空きつつあり、放置すれば人類は1年で滅亡するという。回転させるには、原爆を使って1,000メガトンの力でコアを爆撃するしか手だてがない。ジョシュや「エンデバー」を住民の被害なく帰還させた女性副操縦士レッベカ・”べック”・チャイルズ少佐(ヒラリー・スワンク)ら6人のエキスパートを乗せた地中探査船による、前人未到の地下2,000(約3,200km)マイルへの潜行任務が始まった。
さて、この地中探査船「バージル(地獄の案内人の意)」はスーパー掘削マシンである。ロケットの発射台みたいな巨大な装置にセットされた探査船は、ロケットとは逆に海へと「打ち下げ」られる。原子力エンジンが1,000rpmで回転しながら下へ下へと推進、岩盤にあたる直前に、共鳴チューブから出る超音波レーザーで一気に岩盤に穴を開け道を作りながら進むわけである。超音波レーザーは歯の無痛治療や、輪郭矯正手術なんかに使われる、あれである。ダイヤモンドの岩なども避けながら「バージル」はコアへと近づいていくが…。
本作は2003年3月公開作品である。同年2月にはスペースシャトル「コロンビア」が大気圏再突入時の摩擦熱で断熱材が脱落、空中分解した死亡事故が起きている。米国民の批判が高まり、宇宙開発に待ったがかかったその時期に公開に踏み切ったのは、ハリウッドならではと言えよう。
第74回『大統領の陰謀』
第74回『大統領の陰謀』オバマ大統領の支持率が低迷している。オバマ支持を表明し指名獲得の支えとなった米政界の名門ケネディ家が、下院議員パトリック・ケネディ氏の引退表明で政界から姿を消そうとしている。政治の潮流はいつも速い。本作は、1960年の大統領選でジョン・F・ケネディと熾烈な選挙合戦を繰り広げたリチャード・ニクソンを、「ウォーターゲート事件」を暴き大統領の座から引きずり下ろした新聞記者二人の実話を映画化したものである。
1972年、共和党ニクソン政権時。野党・民主党本部があるウォーターゲート・ビルに、5人の不審者が盗聴器を仕掛けようと侵入した。彼らは大統領選挙に備え必勝を期する民主党のキャンペーンを攪乱するため雇われ、元CIAの情報部員と大統領再選本部の現役の対策員で固められていた。ワシントン・ポスト紙の記者ボブ・ウッドワード(ロバート・レッドフォード)とカール・バーンスタイン(ダスティン・ホフマン)は、このウォーターゲート事件に興味を示していた。ニクソン大統領とホワイトハウスのスタッフは「侵入事件と政権とは無関係」との立場をとったが、二人がニクソン再選委員会の選挙資金を追求するうちに、FBIやCIA、法務局もが関与する陰謀にたどり着いていく。
さて、取材が真相に迫るに従い、二人の命も危険にさらされる。何しろ国家機密を守るためFBIもCIAも必死である。自宅も盗聴され監視されていて、ボブとカールの二人は、表だって情報交換もできない。そこでお得意のタイプライターで「筆談」するわけである。「自分たちの命もねらわれている」とボブがタイプする。1970年代初頭の電動式タイプライターでは、表面に活字が並んだタイプボールが回転しながらインクリボンとプラテンに打ち付け、右に移動していく。それからダイヤルを回して紙を送りボブのメッセージを確認すると、今度は改行してカールがタイプしていくわけである。新聞記者が主役の話だけにタイプライターを使う場面は多く、タイピングのカチャカチャいう音が響き渡っている。
ニクソン失脚のストーリーは周知の事実であるが、ロバート・レッドフォードとダスティン・ホフマンの若き二大スターが生命の危機も顧みず政府要人への取材に奔走する姿は、圧巻である。
第75回『クール・ランニング』
第75回『クール・ランニング』バンクーバー・オリンピックが熱い。フィギュア・スケートが特に注目されたが、ボブスレーでも日本チームが健闘している。本作は、1988年のカルガリー冬季オリンピックでの常夏ジャマイカ史上初のボブスレー・チームの奮戦ぶりを描いたスポーツ・コメディーである。
1988年のジャマイカ。オリンピック出場を目指していた陸上短距離選手デリス(レオン)は、予選会の当日、隣コースの選手の転倒に巻き込まれて敗退、抗議に行った選考委員長の部屋で、陸上選手だった父親のもとに元ボブスレー金メダリストのアーブ(ジョン・キャンディ)がスカウトにきていた話を聞く。で、今はジャマイカに住んでいるという。是が非でもオリンピックに出たいデリスは、ボブスレーが何かも知らないまま、押し車レースのチャンピオンで脳天気な親友サンカ(ダグ・E・ダグ)を誘い、今なおジャマイカに住むアーブにコーチを頼みに行く。アーブは不正行為でメダルを剥奪された過去からいったんは断るが、彼らの熱意に根負けして引き受ける。予選会で転倒した張本人のジュニア(ラウル・D・ルイス)と同様に転倒に巻き込まれたユル・ブリナー(マリク・ヨバ)もメンバーに加わり、素人4人のボブスレー猛特訓が開始された。しかし練習するにしてもジャマイカに雪はない。グラススキーのように、急勾配の草原を手作りのそりで駆け下りていく。転覆したりコースを逸れたりの連続の後、ゴールタイム1分を切ることに成功、4人はカルガリーへと旅立った。
「4人が車体を押して乗り込むまでのタイムは6秒を切らなくてはいけない」というコーチ・アーブの台詞がある。氷上のF1と言われるボブスレーでは16のカーブを持つ全長1,450mの「氷の滑り台」を滑降、最高時速150kmに達する。チームは100分の1秒のタイム短縮に向け、選手のスキルアップと車体の改良に挑んでいる。長野オリンピック日本代表チームにボブスレーの力学解析を行い,タイム短縮に協力した東北大学教授の堀切川一男氏は「蹴り乗り」というスタート方式に加えて低摩擦のボブスレーランナー(刃)を理論的に設計・開発し、ボブスレー日本代表チームを世界トップクラスに肩を並べるまでにレベルアップさせた。堀切川氏によれば、摩擦を10%減少するとゴールタイムが0.6秒短縮されるという。本作でも、車体をひっくり返してボブスレーランナーを磨いている場面がよく出てくる。
本作は、カルガリー・オリンピックに初出場したジャマイカチームの奮戦記に基づいている。上述の堀切川氏は「ジャマイカチームにだけは勝ちたい」という日本チームの悲願を受け本作を参考にして研究した、という科学的な側面も持っている。
「ジャマイカの人間が冬のスポーツなんて」と地元でも嘲笑された4人だが、リズミカルに車体を前後に揺らした後、「クール・ランニング」(よい旅を!)のかけ声でスタートを切る姿からは、ジャマイカの風土が育んだレゲエのリズムが聞こえてくる。
第76回『フォーエヴァー・ヤング 時を超えた告白』
第76回『フォーエヴァー・ヤング 時を超えた告白』先ごろ、デンマーク在住の女性が、がん治療開始前に冷凍保存した卵巣を再移植する方法で、世界で初めて第二子を出産した。がん治療のために妊娠が難しかった女性にとって画期的なニュースであったろう。本作は、そんな冷凍保存(コールドスリープ)の実験台になった青年が、50年の時を超えて目覚め、恋人を探すというラブファンタジーである。
1939年、アメリカ空軍の若きテスト・パイロット、ダニエル(メル・ギブソン)はある日、恋人のヘレン(イザベル・グラッサー)にプロポーズしようとするが、煮え切らないうちにヘレンは交通事故に遭い昏睡状態に陥ってしまう。意識が戻らない恋人を見るのがつらいダニエルは、「ヘレンが目覚めたら起こしてくれ」と友人に託して、友人と軍が秘密裏に進めていたコールドスリープ装置の実験台になると志願した。しかし、第二次大戦が勃発すると装置は忘れ去られ、放置されてしまう。1992年、ナット(イライジャ・ウッド)ら二人の少年は、偶然紛れ込んだ空軍の倉庫で埃をかぶったコールドスリープ装置を発見、開けてしまう。装置の中には、若者のままのダニエルの姿があった。50年の眠りから覚めたダニエルは、彼を父親のように慕い始めるナットとその母クレア(ジェイミー・リー・カーティス)の助けを借り、友人と恋人ヘレンの行方を追うが…。
さて、ダニエルをコールドスリープ装置に封じ込めた後、研究者たちはバルブを開いて液体窒素を装置内に導入、人体を-200℃の環境に置く。冷凍保存の手法としてはほかに人体から血液を抜き取り、凍害保護物質のような不凍液の類に置き換えるらしいが、ファンタジーなのでその場面は出てこない。真空ポンプで装置内を減圧するシーンはある。大気圧より低い圧力の気体で満たされた真空状態では、熱伝導はほとんどゼロとなる。人体の状態を維持するための断熱処理である。実際に人体の冷凍保存を手がけるクライオニクス研究所によれば、「こうした断熱処理は停電の心配もなく、まさにハイテク魔法瓶のようなもの」とコメントしているが、科学的考証もしっかりしているようである。
本作は単なるSFラブストーリーではない。軍とFBIがコールドスリープの成功サンプルとして追跡する中、ダニエルがB-25を操縦し振り切るといったアクション・シーンも、見どころの一つである。
第77回『ブリキの太鼓』
第77回『ブリキの太鼓』本作は、ギュンター・グラス原作、フォルカー・シュレンドルフ監督による、1979年カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。
舞台は第1次大戦と第2次大戦の間のダンツィヒ。カシュバイの荒野で芋を焼いていたアンナ(ティーナ・エンゲル)が放火魔コリャイチェク(ローラント・トイプナー)をスカートの中に匿うという出会いから誕生したアグネス(アンゲラ・ヴィンクラー)は、成長してドイツ人の夫を持つが、従兄のポーランド人ヤン(ダニエル・オルブリフスキ)と愛し合いオスカル(エンゲル・ベネント)を生む。しかしそのオスカルは3歳の誕生日、大人たちの狂態に耐え切れず、自ら階段から落ちて成長を止めてしまうのである。ナチスが台頭していくドイツでヒットラーをはじめとする大人たちの繰り広げる不条理から1cmすらも成長を拒むオスカルの目指すところは…。
さて、成長を止めたオスカルには、同時にある種の超能力が備わることとなる。彼が太鼓を叩きながら叫び声を上げると、ガラスがき裂し、ひいては粉々に砕けるのである。同じく成長を止めた慰問団のヒロイン、ロスヴィーダ(マリエラ・オリヴェリ)と出会いその能力を披露する際、彼は奇声を発してワイングラスにハートのマークを刻んでいく。これは、まさにガラス彫刻である。サンドブラストに似ている。サンドブラストとはコンプレッサーで圧縮した空気で金剛砂などの研磨剤をガラス表面に吹き付け彫り込んでいく。同じ手法で加工材をガラスでなく金属として粒子を、その表面にぶつけて残留圧縮応力を付与することでギヤなどの疲労強度向上、耐応力腐食割れ向上などに用いることをショットピーニングという。微粒子をぶつける場合はWPC処理になる。ところでサンドブラストでは吹き付ける強さをコントロールすることでデリケートな表現からダイナミックな深彫りまで多彩な表現が可能となる。オスカルの場合は奇声とともに、階段から落ちた際に砕けたモース硬度7くらいの歯か何かのアブレッシブなものをぶつけて、モース硬度5,5程度のガラスを削っているのではないだろうか?
本作はドイツ第三帝国が蹂躙していくダンツィヒの町で、大人たちが蹂躙していくオスカルの心を、悲惨で混迷した中に恋心やユーモアも交えて綴る異色の大作である。
第78回『重力ピエロ』
第78回『重力ピエロ』本作は、杜の都・仙台を舞台にした、伊坂幸太郎原作、森 淳一監督による透明感あるミステリーである。
遺伝子を研究する大学院生・泉水(加瀬亮)と芸術肌の弟・春(岡田将生)は、母(鈴木京香)の命日に、市役所勤めを終え庭で養蜂にいそしむ父(小日向文世)を訪ねる。その日、泉水は、とある壁に描かれた謎めいたウォールペインティングを消している春を見かけ、連れだったのだ。美的感覚が許さないという春は、仙台の町のあちこちに出現しているそのウォールペインティングを消して回っているという。後日、そのペインティングのそばで連続放火事件が発生していることに気づいた春は、泉に事件の謎解き、犯人捜しを持ちかける。それと期を同じくして、春の出生に関わる男が町に戻ってくる…。
物語の中で、兄弟が仲良く蜂蜜を採取する場面がある。巣箱の中から、六角形の巣が見えないくらい表面にびっしりと膜をはった巣枠を何枚か取り出して、その膜をナイフでそぎ落とす。この膜は蜜蓋と呼ばれ、蜂蜜が完熟したころにミツバチが蓋をして密封保存するためのものらしい。六角形の巣があらわになった巣枠を数枚、遠心分離機内の回転ドラムにセットして、機械からせり出したハンドルを高速で回すと、ハンドルの軸先が、すぐば傘歯車で90°に直交したドラムの垂直軸を高速回転させ、遠心分離器のドラムの中で、遠心力により巣枠から蜂蜜が搾り出される。その後フィルタリングされた蜂蜜はバルブを開くや、飴色に流れ出てくるわけである。
張り巡らされた数々の伏線、絡み合った謎が解けたとき、仲のよい親子、兄弟の家族の愛は重力を超えるのか。ベストセラーながら映像化が難しいとされた、悲しくて優しい物語が、スリリングな展開でつづられていく。
第79回『マーズ・アタック』
第79回『マーズ・アタック』本作は、ティム・バートン監督、『シャイニング』のジャック・ニコルソン、『007』のピアース・ブロスナン、『エド・ウッド』のサラ・ジェシカ・パーカー、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマイケル・J・フォックス、『レオン』のナタリー・ポートマンなどオールスターキャストにより、火星人の襲来で翻弄される人々を描いたSFパニック・コメディである。
火星からの飛行体を確認したホワイトハウスでは、合衆国大統領デイル(ジャック・ニコルソン)は、宇宙生物学者のケスラー教授(ピアース・ブロスナン)や核ミサイルで迎撃しようというタカ派のデッカー将軍(ロッド・スタイガー)、対話を求めようとするハト派のケイシー将軍(ポール・ウィンフィールド)らの意見を聞きながら火星人への対応を協議する。一方ラスベガスでは、火星人来訪をネタにひと儲けしようと「ギャラクシー・ホテル」を建設中のアート(ジャック・ニコルソン二役)と、その妻でアル中のバーバラ(アネット・ベニング)は火星人たちを救世主と思い交信を図ろうとする中、政府はアリゾナ州の砂漠で火星人の宇宙船着陸を歓待することになる。しかし、友好的な雰囲気もつかの間、ケイシー将軍も報道レポーターのジェイソン(マイケル・J・フォックス)も歓迎式典に列席した人々は、火星のレーザー銃による急襲で無惨にも殺戮されてしまう。彼らの地球侵略に対処する術はあるのか。
ところで火星人の襲来を確認したのは、ハッブル望遠鏡である。1990年にスペースシャトル・ディスカバリーにより打ち上げられ、地上約600km上空の軌道上を周回する口径2.4mの可視光線、赤外線、紫外線用大型天体望遠鏡だが、打上げの際に光学系に歪みが発生、1993年にスペースシャトル・エンデバーに搭乗したスタッフにより修理が行われ、各種装置の交換、取付けが行われた。大気による観測上の障害を克服するために考案されたハッブル望遠鏡は、広域惑星カメラ、 微光天体カメラ、高精度分光装置など5種類の観測機器を搭載、地上からの観測で見ることのできる最も暗い天体のさらに1/15の明るさのものまで観測でき、分解能も10倍以上になる。本作は1996年作なので、整備万端である。ロボットアームなどを使って数回の点検修理を受けたハッブル望遠鏡は、2009年の最終点検修理のときにドッキング装置が取り付けられた。2020年以降に無人ロケットにより大気圏まで曳航され、燃え尽きる運命にあるという。後継機としては、星や太陽系、銀河の最初期の形成をスペースデブリなどを通して調べるため、地球からさらに遠い150万km上空で軌道を周回するジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡が2013年に打ち上げられる予定となっている。
本作では、火星人たちの乗る円盤の飛行や着陸のシーンもよく出てくる。円盤の底のハッチから折りたたまれた脚の関節が放射状に伸びていき、相撲のシコ踏みの腰割りのような形で着地し姿勢を保つといった、コミカルなメカの動きにも注目したい。
第80回『マッドマックス2』
第80回『マッドマックス2』電気自動車ばかりが取りざたされる昨今だが、走り屋にとってクルマとは数十年後もガソリン車であろう。本作は石油パニックに陥った退廃的な社会で、ガソリンをねらうハイウェイの殺し屋と一匹狼マックスとのデッドヒートを描くシリーズ第二弾である。
世界戦争が勃発し中東地域の油田が破壊され石油が枯渇すると、世界は、ガソリンをめぐり暴走族たちが争奪戦を繰り広げる無法地帯となった。暴走族に妻子を殺された元警官のマッド・マックス(メル・ギブソン)は、1973年型フォード・ファルコンXB/GTを改造した愛車「V8インターセプター」に乗って愛犬と共に暴走族を倒しては石油をかき集め、荒野をあてもなく放浪していた。あるときジャイロコプターに乗るジャイロ・キャプテン(ブルース・スペンス)に連れられ、マックスはヒューマンガス(ケル・ニルソン)率いる暴走族がねらう石油精製所を見つけた。マックスは精油所リーダーのパッパガーロ(マイク・プレストン)とガソリンと引き替えに、石油を運び出し「太陽の楽園」に脱出するためのトレーラーを持ち帰る取引を引き受けることになる。
作中、暴走族とマックスのカーチェイスの場面は多い。マックスのV8インターセプターの兵器は、ボンネットに鎮座するスーパーチャージャー。スーパーチャージャーは、エンジンのクランクシャフトからベルトを介して取り出した動力でシリンダー内のローターを回転、空気を圧縮してエンジンに送り込むことで燃焼時の爆発力を高め、出力や加速性能を高める。スーパーチャージャーによりV8インターセプターは急加速して暴走族を引き離すが、暴走族の車にも兵器がある。たぶんナイトロ(亜酸化窒素 N2O)のボンベだ。スロットルを全開にしつつこのボンベのバルブを開くと、ナイトロが燃焼行程で酸素を供給して燃焼を促進したのだろう、暴走族の車はジェット噴射みたいに吹っ飛んで、V8インターセプターを急追するのである。
本作は1981年のオーストラリア映画で、『フォーエヴァー・ヤング 時を超えた告白』主演メル・ギブソンの出世作である。ストーリーだけ見るとB級映画だが、核戦争後の荒廃したイメージなどがその後のSF映画に多くの影響を与えたとして、意外と評価が高い。
第71回~第80回
第71回~第80回第81回~第90回
第81回~第90回第81回『恐怖のメロディ』
第81回『恐怖のメロディ』本作はジョー・ヘイムズ原作、クリント・イーストウッド初監督、主演の作品であり、ストーカー・ホラーの走りである。
ディスク・ジョッキーとして、モントレイ半島のローカル局KRMLラジオの花形DJ、デイブ・ガーランド(クリント・イーストウッド)のもとに、決まった時刻に若い女の声でジャズの名曲「ミスティ」のリクエストが届くようになる。彼にはチャーミングな恋人トビー(ドナ・ミルズ)がいたが、ある事情で町を離れている。そんな折のある日、リクエストの主で情欲的な女性イブリン・ドレイバー(ジェシカ・ウォルター)が、デイブが事務所がわりに使っているバーに現れ、二人はそのまま彼女のアパートへ。デイブには行きずりの女性でしかなかった彼女はしかし、いつしかデイブのアパートにたびたび訪れるようになる。さらには町に戻ってきたトビーとデイブが一緒の場面を目撃するや、デイブのアパートに怒鳴りこみ、散々わめき散らしたあげく、浴室に立てこもりに手首を切る始末。彼女をむげには追い出せなくなってしまうデイブだが、そこにイブリンの異常な行動が追いかけていく。
デイブはDJなので、しゃべりのほかにレコードをかけるといった放送シーンがたびたび登場する。人気DJデイブの持ち時間は長いらしく、席を離れることもあるようだ。何しろラジオなので声だけ聞こえればいい。離籍のときデイブは、録音しておいたテープを流しておく。それはテープを再生機にセットするというものではなく、オープンリール式再生機のヘッドやテープ送りの部分に手でテープを巻き付けるのである。リールに巻き取られたテープを記録装置に装着し、記録/再生用のヘッドやキャプスタン、ピンチローラーというテープ送り機構を経由して、巻き取り側のリールに巻きつけられ、記録/再生が行われる。本作は1971年なのでこの後に、モータの軸受や潤滑性のよいエンジニアリングプラスチックを使ったローラーなどの技術も手伝って、静音性に優れる家庭用VTRが登場、かの「VHS 対ベータ戦争」が勃発することになる。テープ走行系のメカが花盛りのころである。
『ダーティハリー』シリーズのワイルドなイーストウッドと違い、本作の彼は優男である。初監督作に本作を選んだというのは、どちらかというと彼自身のキャラがデイブに近かったりするのか、あるいは自身のストーカー被害体験からかもしれない。どこかセクシーなイーストウッドの一面をのぞかせる一作である。
第82回『ハネムーン・イン・ベガス』
第82回『ハネムーン・イン・ベガス』ラスベガスとハワイを舞台に、結婚を間近に控えたカップルと、2人に横槍を入れるギャンブラーの恋愛騒動を描くコメディ。プレスリーのカバー曲が全編に流れている。
ニューヨークの私立探偵ジャック・シンガー(ニコラス・ケイジ)と恋人ベッツィ(サラ・ジェシカ・パーカー)は、結婚式を挙げるべくプレスリーのそっくりさん大会が開かれるラスベガスに到着。しかし、カジノではしゃぐジャックは、ベッツィに一目惚れの大富豪のギャンブラー、トミー・コーマン(ジェームズ・カーン)にポーカーでカモにされ、6万ドルの借金を作ってしまう。借金を帳消しにする交換条件にベッツィとコーマンが週末を過ごすことを約束させられたジャックだが、ベッツィを略奪しようともくろむコーマンの行き先はなんとハワイの別荘。ジャックは連れ戻そうと後を追いハワイへと飛ぶが、コーマンの仲間の妨害工作を受け、ジャックとベッツィはすれ違ってしまう。
妨害にあって飛行機にも乗れないジャックは、エルヴィスのそっくりさん集団の乗るセスナに乗りこむことになるが、エルヴィスの格好でスカイダイビングするという条件付き。パラシュートの開傘は、リップコードを引くことでハーネスで体に固定されたコンテナからスプリングが内蔵されたパイロットシュートが飛び出て、これによってメインパラシュートがたたみ込まれたメインディプロメント・バッグが引き上げられ、サスペンションラインが完全に伸び切ると、バッグからメインパラシュートが引き出されるという仕組み。しかし説明するエルヴィス仲間はジョーク好きで、ジャックはどのコードを引いたらいいか混乱したままダイブすることに…。
はたして、ベッツィを取り戻すエマージェンシー・パラシュートは開くのか?二人の男を魅了しドタバタ劇を演じさせるヒロイン役、『セックス・アンド・ザ・シティ』のサラ・ジェシカ・パーカーのセクシーぶりも見逃せない。
第83回『アイ・ラブ・トラブル』
第83回『アイ・ラブ・トラブル』ライバル紙の事件記者の男女が、列車事故にからむ陰謀をめぐりスクープ合戦を繰り広げるロマンティック・サスペンス・コメディ。
事件記者から作家になったシカゴ・クロニクル紙の名物コラムニスト、ピーター・ブラケット(ニック・ノルティ)は、ピンチヒッターとして出掛けた列車の脱線事故の現場の取材で、ライバル紙であるシカゴ・グローブ紙の美人記者サブリナ・ピーターソン(ジュリア・ロバーツ)と出会う。ピーターが新米と侮っていたサブリナは、翌朝の朝刊で列車事故に紛れて殺された男のスクープを掲載、ピーターは本腰を入れて事件を追い、2紙の事件記者によるスクープ合戦が始まる。二人は事件の背景にチェス化学の開発したLDFという、子牛に乳を出させる画期的な物質があることをつかむが、真相に迫るにつれ、二人の身に危険が迫っていく。
サブリナが危険を冒し夜間に潜入したチェス化学では、不思議なことに近代的な本社ビルで牛が飼われている。実験のためということであろうが、整然としたオフィス内に柵もなく牛がいるのは、何とも不思議な光景である。この牛たちのために、夜間にピック・アンド・プレイスのロボットが定期的に干し草を運んでいる。自動車のラインなどで部品をつかんである場所においていく、あの典型的な産業用ロボットである。たぶんこの干し草にLDFという物質を配合しているのだろう。どこか、夜間に蛍光灯をつけて鶏に昼だと錯覚させ、卵を多く産ませる仕組みを連想させる。
アクションを抑えたニック・ノルティと少し色気を抑えたジュリア・ロバーツのコミカルな役どころと、二人の巧みな化かし合い、恋の行方と、スリリングな場面でのメカの活用も見逃せない。
第84回『エアポート’77 バミューダからの脱出』
第84回『エアポート’77 バミューダからの脱出』本作は、ハイジャックの末にバミューダ海域に沈んだ豪華旅客機の脱出劇を描くパニック大作。
億万長者で美術収集家のスティーヴンス(ジェームズ・スチュアート)は、コレクションと邸宅を美術館として寄贈するため、自家用ジャンボ機にスポンサー、友人らと美術品を乗せパームビーチまで運ぶことにした。パイロットはドン(ジャック・レモン)、旅の責任者はドンの恋人でスティーヴンスの秘書のイブ(ブレンダ・ヴァッカロ)で、富豪のエミリー(オリヴィア・デ・ハヴィランド)、ニコラス3世(ジョセフ・コットン)、海洋学者のマーティン(クリストファー・リー)と妻カレン(リー・グラント)などが搭乗している。その中には、美術品をねらうハイジャックの一団もまぎれていて、ドンをコクピットから誘い出したのを合図に、催眠ガスを客室に流す。みんなを眠らせている間にセントジョージ島に美術品を持ち出す計画だ。実は副操縦士も一味で、ドンに代わって操縦桿を握り、低空レーダーにかからないよう海面すれすれで飛行するが、濃霧で視界が悪く油田タワーにジェットエンジンの一つが接触、機は姿勢を崩し、そのまま海底へと突っ込んでしまう。
本作では、コックを回す場面がよく登場するが、その一つに、ガスを客室に送る場面がある。ハイジャック一味はあらかじめ客室送気管に、あるボンベをつなぐ。麻酔に使うCR-7ガスというやつである。操縦士が入れ替わったタイミングでガスマスクを装着した一味がコックを回してバルブを開き、その麻酔のガスを客室に送る。搭乗客は一人、また一人と気を失っていく…。
何トンもの水圧がかかっている機体をバラバラにすることなく、バミューダ海底からどう引き上げるのか。オールスターキャストによる迫真の演技に加えて、この壮大でメカ的な作戦も見どころの一つである。
第85回『ヒンデンブルグ』
第85回『ヒンデンブルグ』本作は1937年5月6日にアメリカ・レイクハースト海軍飛行場で発生したドイツのツェッペリン型硬式飛行船ヒンデンブルグ号の爆発事故を、ロバート・ワイズ監督が人為爆破説に基づき映画化したサスペンス。1975年アカデミー賞特別視覚効果賞、特殊音響効果賞受賞作品。
ナチス・ドイツがゲルマン民族の優秀さのシンボルとして建造、プロパガンダ的に大きな意味を持つ全長245mの大飛行船「ヒンデンブルグ号」は、1936年に空の豪華客船としてドイツ・フランクフルトとアメリカ・ニュージャージー州レイクハーストを結ぶ大西洋横断航路に就航、その年のうちに往復10回のフライトを無事にこなしたが、翌1937年の春、ミルウォーキー在住の女性が「ヒンデンブルグ号が時限爆弾によってアメリカ上空で爆破する」と予言した。予言を一笑に付しながらも、権威を脅かされることに神経質だったナチスは宣伝相ゲッペルスが命を下し、ドイツ空軍のフランツ・リッター大佐(ジョージ・C・スコット)をヒンデンブルグに乗り込ませ厳戒体制をとらせた。フォン・シャルニック伯爵夫人(アン・バンクロフト)、ブロードウェイの製作者・作曲家のリード・チャニングと夫人のベス、アメリカの大手広告代理店の重役エドワード・ダグラス(ギグ・ヤング)、アメリカ人の貿易商アルバート・ブレスロー、イギリス陸軍少佐アール・ナピア、アクロバット曲芸師ジョセフ・スパ(ロバート・クラリー)、一等整備士ベルト(ウィリアム・アザートン)など、いわくありげな乗客ばかり。
ヒンデンブルグ号は、浮揚に水素ガスの気嚢を、枠組みにアルミ合金ジュラルミンを用いていた。水素ガスを使ったのは、ヘリウムはアメリカが占有していてドイツへの軍需物資輸出が禁じられたからで、ジュラルミンは当時、ドイツ最高機密の材料だった。枠組みを覆う外皮は木綿だが、紫外線や赤外線から保護するため酸化鉄・アルミニウムの混合塗料(テルミット)が塗られていた。本作では、ヒンデンブルグ号爆破事故がヒトラーの威信をおとしめようと爆弾を仕掛けたという説を採るのだが、実際には飛行中に蓄積された静電気がもとで酸化鉄・アルミニウムの混合塗料に着火、水素ガスの気嚢が爆発したということが判っている。
作中、その考証に基づいたようなシーンもある。ヒンデンブルグ号が火山の上空を通過しようというときに、一瞬の停電ののち発光現象が起こる。プルス船長(チャールズ・ダーニング)は「セントエルモの火(セントエルモス・ファイヤー)」のせいだ、という。セントエルモの火は、火山灰と機体表面の塗料との摩擦で静電気が生じ、青白いコロナ放電をもたらす。計器類など電子機器に影響を与えることもある。静電気が蓄積していたという史実もにおわせている。今年春先のアイスランドの火山噴火では、火山灰を吸い込んで航空機のエンジンが停止、欧州空路が大混乱に陥ったが、火山灰はエンジンを停止させるだけではないようである。
ヒンデンブルグ号の事故後、水素を積んだ飛行船はすべてナチスにより破壊、ツェッペリン型飛行船はのちに米軍がヘリウムガスを積んで採用した。今春から日本で運航している旅客飛行船「ツェッペリンNT」号は全長75.1mで現存する飛行船としては世界最大で、もちろんヘリウムガスで浮揚、穏やかな遊覧飛行を楽しめるとして注目を集めているという。
第86回『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』
第86回『スウィーニー・トッド フリート街の悪魔の理髪師』本作は、『シザーハンズ』以来の名コンビであるティム・バートン監督、ジョニー・デップ主演によるスプラッター・ミュージカルである。まあ、そんなジャンルがあれば、だが。
19世紀、ロンドン・フリート街で理髪店を営むベンジャミン・バーカー(ジョニー・デップ)は愛する妻と娘と幸せに暮らしていたが、美しい妻に恋をしたターピン判事(アラン・リックマン)の陰謀で、バーカーは無実の罪で投獄されてしまう。15年後、バーカーはスウィーニー・トッドと名前を変え、フリート街に戻って来た。ロンドン一まずいと言われるミートパイ屋、ミセス・ラペット(ヘレナ・ボナム=カーター)の店の二階に理髪店を構え、妻を死に追いやり今や娘を妻にしようとするターピン判事への復讐を誓う。
さて、スウィーニー・トッドはタービン判事を理容椅子に座らせて切れ味の良いカミソリでしとめようと、練習台とミセス・ラペットのパイの材料として、日々身寄りのない客の首筋にカミソリを走らせ、殺戮していく。この理容椅子がすごい。ふつうの理容椅子のリクライニングは床に対し水平に倒れる程度だが、トッドの改良した理容椅子はさらに90°後ろに倒れる。つまり死体は宙づりになるや床へと落ちていく。と同時に床板がリンク機構で下に引っ張られ、床にぽっかりと四角い穴が空く。野球盤でホームプレートが引き下げられ、穴が空いて、ボールがそこに吸い込まれていく、あの「消える魔球」のカラクリのように、死体はその穴へ、地下室へと落ちていくのである。まるでダストシューターで送られるゴミのように、ミセス・ラペットのパイの具として…。
作中、妻と娘を愛するトッドの思いが切々と歌で語られるが場面の半分は血しぶきである。スプラッター・ミュージカルとしか言いようがない。ちょっと直視するにはきついが、歌う殺人鬼、ジョニー・デップの役どころは見逃せない…かもしれない。