第11回『ストレイト・ストーリー』

第11回『ストレイト・ストーリー』 kat 2008年10月4日(土曜日)

"あの”ニュースに見るテクノロジー」欄で、電動車いすで坂を下ったとき、ジョイスティック(操縦桿)を放すだけの操作で電磁ブレーキが働き、ピタッと止まったというを書いた。さて、この先進の車いすと違って、トレーラーを付けた旧式トラクターが坂を下ったら、どうなるだろう?本作は、長年音信不通だった兄に会うためトラクターに乗って一人旅に出る老人の姿を描くロードムービーである。

 アイオワ州ローレンスに住む73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は、家で転倒して杖の世話になることに。そんな矢先、10年前に喧嘩別れした兄ライル(ハリー・ディーン・スタントン)が心臓発作で倒れたという知らせが入る。兄が住む隣のウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは350マイル(約563km)。車の免許もないうえ足腰が不自由になってバスにも乗れないアルヴィンだが、頑固にも自力で兄の元を訪ねるという。一緒に暮らす娘ローズ(シシー・スペイセク)の反対を押し切り、なんと1966年型ジョン・ディア小型農耕用トレーラーに乗って手製のトレーラーハウスを引いて、時速5マイル(約8km)ペースの旅に出る。時速30km超のロードレーサーの群れなどは、もちろんアルヴィンをビュンビュン追い抜いていく。

 さて、5週間かけて約400km走ったところで、何と傾斜45度の急な下り坂にぶつかる。トレーラー付きの総重量を増したトラクターは、どんどんスピードを上げていく。しかし、なす術がない。この旧式のトラクターにはブレーキがないのである!ミッションを操作して減速、何とかトラクターは止まるが、ご老体の心臓が止まらないのが不思議である。激しい摩擦と熱でミッションは焼き付き、ファンベルトは切れている。当然である。

 こんなことで兄のもとにたどり着けるのか、前途多難であるが、本作は「ツイン・ピークス」のデイヴィッド・リンチ監督が実話をもとに手掛けた。めずらしく綺麗どころは出てこないが、アルヴィンの、腰が曲がらないため薪集め用にマジックハンド(こんなところにもメカが!)を携帯するなどの知恵や、「一本の枝は簡単に折れるが、束ねた枝は折れない。それが家族の絆だ」など老練な深みのある一言一言がしみる映画である。