第174回 注目されるエコカーとしてのクリーンディーゼル
第174回 注目されるエコカーとしてのクリーンディーゼルエコカーというとハイブリッド車(HEV)や電気自動車(EV)ばかりが取り沙汰されるが、より現実的なエコカーとして注目されてきているのが、クリーンディーゼル車だ。欧米では販売シェアが5割を超えるのに対し、日本では1%未満のシェアだが徐々に拡大してきている。
クリーンディーゼルエンジンの普及を阻んでいるのは、従来のディーゼルエンジンが持つ、排出ガスが汚い、音がうるさい、走行性能に劣るといったイメージによるところが大きかった。これに対して今年2月に発売されたマツダのクリーンディーゼル車「CX-5」では、14.0という低圧縮比を実現した新開発クリーンディーゼルエンジン「SKYACTIV-D」が従来のディーゼル車のイメージを払拭するとともに、従来比2割の燃費改善を達成している。
ディーゼルエンジンは圧縮比が高い(通常16程度)ため燃料が十分に混ざる前に着火してしまう。その結果、局所所的な燃焼が起こり、NOxやススが多く排出されるため、近年の厳しい排出ガス規制をクリアするには、最適な効率が得られるピストン上死点付近での燃焼が難しくなり、燃費を犠牲にしても、ピストンが下降し圧力と温度が下がるのを待ってから燃焼させるしかなかった。
これに対し、低圧縮比にすると圧縮温度・圧力が下がるので、着火するまでに燃料と空気が均一に混ざる時間を十分に稼ぐことができ、結果として、NOxやススの排出が少ないクリーンな燃焼が実現できる。また、上死点付近での噴射と燃焼が可能なため、実質の膨張比が高圧縮比ディーゼルエンジンよりも大きくとれ、高効率になる。こうしたメリットにもかかわらずディーゼルエンジンの低圧縮比化が進まなかったわけは、低温時の圧縮温度が下がりすぎて始動性に問題が生じることと、暖機運転中の圧縮温度・圧力不足から、きちんと燃焼しない「半失火」の状態になるためだ。
そこで「SKYACTIV-D」では、ピエゾインジェクターによる燃料多段噴射などで低温時始動性を確保した一方、冷間始動時の半失火の抑制に対しては、排気バルブの二度開きによる吸気行程EGRシステムという可変動弁機構を採用している。吸気行程中にわずかに排気バルブを開き、排気ポート内の高温の残留ガスをシリンダー内に逆流させることで、空気温度を高めて圧縮時の温度上昇を促進、着火の安定性を向上させるものだ。この可変動弁機構として、シェフラー社の「スイッチャブルフィンガーフォロワー」(マツダ名称:IDEVA)を採用している。
スイッチャブルフィンガーフォロワーは、バルブリフト高さを二段階に切り替える可変動弁システム。ローラーフォロワーを備えたインナーレバーと、すべり接触部「スライディングパッド」を持つアウターレバーの二つのレバーで構成される。アウターレバーは油圧式ピボットエレメントとエンジンバルブの二点で支えられ、インナーレバーは回転軸によってバルブ側のアウターレバー上で支持、インナーハウジングはロストモーションスプリングでアウターハウジング端に押し付けられている。二つのレバーがアンロックの状態では、カムはアウターレバーのスライディングパッドフォロワーとの摺動になり、バルブは高リフトで1回開く。これに対して、油圧作動によるロッキングピンでアウターレバーとインナーレバーがロックされた状態では、最初にスライディングパッドとの摺動による高リフト作動、続いてインナーレバーのローラーフォロワーとの接触による低リフト作動の二度開きとなる。
排気バルブ二度開きによる吸気行程EGRシステムでは、排気側のカムの回転を一般的なローラーフォロワーとこのスイッチャブルフィンガーフォロワーの二つで受ける構造とした。スイッチャブルフィンガーフォロワーは冷間始動時用で、これを作動させるカムにも冷間時用のプロファイルが設定されている。冷間時に吸入工程で排気バルブが低リフトで開き、高温の排気ガスを逆流させる。
この可変動弁機構は低圧縮比エンジンの信頼性を確保するのに欠かせない技術で、カムとスライディングパッドが焼き付いて作動不良になることのないよう、接触面曲率半径の拡大、片当り防止、部品精度の向上、カムフォーム見直しによる実運転時の面圧低減、カムとスイッチャブルフィンガーフォロワーそれぞれの表面粗さ改善などの動弁系レイアウトの見直しが行われた。
カムは高周波焼き入れしたダグタイル鋳鉄製とし、このカムと摺動するスライディングパッドでは、カムと相性が良く、高荷重でのフリクションを低減し耐摩耗性を向上するコーティングが検討された。シェフラー社ではドイツのコーティングセンターを中心に開発された表面改質技術の中から、硬質クロムベースのCN膜やDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜などを試験した。DLCは、エンジン油の燃費向上に効いているモリブデン添加剤との相性が悪いため見送りとなり、硬質クロムベースのCN膜は、優れた耐摩耗性や低摩擦などの特性から採用になった。PVD法で2~3μm厚に成膜、面粗さはRa00035μm以下に抑えられている。従来比約20%という低フリクション化を図るこの耐摩耗のコーティング技術に加えて、油膜を確保するためカムの面粗さも改善、金属接触をなくし、滑らかな可変動弁を実現している。
エンジンの機械抵抗損失のうちバルブトレインの損失は8%で、その内の35%、つまりエンジン全体の3%の機械抵抗損失をすべり接触が占めるが、今回このスイッチャブルフィンガーフォロワーを適用したことで、ディーゼルエンジンの低圧縮比が実現し、シリンダブロックのアルミ化や部品のサイズダウンを実現、全体では10%の軽量化と、20%の燃費低減を図っている。
米国コンサルティング会社の調査では、世界全体に2010年で7割強だった新車販売でのガソリン車比率が2020年には4割強に低下する一方で、ディーゼル車は約2割のシェアを維持すると予測している。シェフラー社ではすでにエンジン油中のモリブデン添加剤と相性が良いDLC膜の開発も進行中とのことだが、こうした材料・表面改質技術や機械要素技術などの進展とともに、クリーンディーゼル車の一層の燃費向上と市場の拡大が期待されている。