第118回 グローバル競争に打ち勝つ工業標準化の推進を
第118回 グローバル競争に打ち勝つ工業標準化の推進を 経済産業省は先ごろ「平成22年度工業標準化事業表彰」を発表、機械要素分野からは、産業技術環境局長表彰で、滑り軸受の国際標準化活動への貢献が認められ、オイレス工業・特別顧問の笠原又一氏と大同メタル工業・研究開発所 業務推進室 室長の岡本 裕氏がそれぞれ受賞した。工業標準化事業表彰は、ISOなど国際規格やJIS(日本工業規格)の作成や普及に寄与し、その功績が顕著と認められる個人および組織を表彰することで、工業標準化の適切な推進と普及を促進し、わが国経済産業の発展に寄与するために制定されたもので、産業技術環境局長表彰は国際標準化活動を幅広い側面から支える関係者に対し贈られる。
市場占有率高める一方で国際標準化が遅れた日本の滑り軸受
オイレス工業の笠原又一氏は、ISO/TC123(平軸受)の国際標準化活動に参画、ISO/TC123/SC6(用語及び共通事項)の国際幹事や日本滑り軸受標準化協議会の会長を務め、標準化活動に貢献したことが認められた。また、大同メタル工業の岡本 裕氏は、ISO/TC123において国際標準の策定に尽力し製品の品質向上に貢献、またISO/TC123/SC6(用語及び共通事項)の国際幹事を務めるなど、わが国が主導的立場で標準化活動を進めることに貢献したことが認められた。
流体潤滑で使用される滑り軸受は、流体膜圧力により衝撃を吸収するため、荷重変動の大きいエンジン用軸受やコンプレッサ軸受から、ポンプ軸受、タービン軸受など幅広く適用されている。油膜圧力に支持された滑り軸受では、転がり軸受よりも作動が静かで摩擦が低く、振れ回りが少ないなどからHDD(ハードディスクドライブ)のスピンドルモータ軸受などにも使われる。特にエンジン用軸受など自動車用では、わが国滑り軸受メーカーのシェアは圧倒的に高い。
しかし、滑り軸受産業においてわが国メーカーの市場占有率が高い一方で、滑り軸受に関わるわが国の国際標準化活動は欧米に後れをとっていた。わが国転がり軸受メーカーがISOされた製品をもってグローバル市場に早期に進出し、世界シェアを高めていったのとは対照的である。たとえば標準化で先行するドイツの滑り軸受企業が、自社規格(インハウス規格)をDIN(ドイツ工業規格)化しISO化するといったように、欧米では国際規格を商取引上で有利に利用するといった戦略を進めていた。
日本の国際標準化主動は経営的理解が必要
滑り軸受のISO国際標準化は、1967年に幹事国ロシアのもとに技術委員会TC123(滑り軸受)が設立、わが国では、日本機械学会の国内組織「ISO/TC 123すべり軸受調査班」(1999年4月に「ISO/TC123平軸受国内委員会」と改称)がそのオブザーバーとして参加してきた。ISO/TC123平軸受国内委員会の主査(委員長)を十数年間務めた染谷常雄氏(東京大学名誉教授)は、WTOのTBT協定が結ばれ、国内規格が非関税障壁とならないようにJISはISO に基づいてつくるべきことなどの国策が示された1995年にJIS原案作成委員会を発足、滑り軸受の損傷に関する規格ISO 7146 を翻訳しJISをつくった。しかしその翻訳作業の際に、お手本とすべきISO規格に市場を押さえているはずのわが国滑り軸受分野での理解と異なる点があることが明らかとなり、ISO規格づくりへの参画が活発化した。2000年3月にオブザーバー的なO メンバーから発言権のあるPメンバーへと資格変更になり、2004年には新たに分科委員会SC6(用語及び共通事項)を設立しその幹事国を引き受け、さらに2008年にはこれまでのTC123の幹事国ロシアに代わり幹事国を引き受けるに至った。今回の表彰は日本の滑り軸受の標準化の遅れを挽回する各位の尽力が評価されたものと言えよう。
しかし、欧州や米国で標準化活動を長期的経営戦略の中心に据える傾向にあるのに対し、わが国では依然、標準化や規格制定に関する活動の重要性に関する企業経営陣の理解が必ずしも十分ではないと言われる。前述の染谷氏は「標準化活動の本命は、有用な規格をタイムリーにつくり保守すること。TC123 の国際規格によって滑り軸受の利用度・応用範囲を高めたいと考えている。一般に国際標準を制するものは市場を制すると言われるように、ルールの範囲内ではあるが、自社・自国に都合の良い規格を積極的に作り、不都合なものはできるだけ阻止することなどの国際標準化のメリットを示すことができれば、経営者の理解も得られよう」と語っている。
中国など新興国に牽引されますますグローバル化が進む中で、技術力のあるわが国の滑り軸受を国際規格に提案する国際標準化活動は、グローバルで高品質・高性能な滑り軸受製品を提供する上で重要な役割を果たしている。滑り軸受の国際標準化事業に尽力している各位の今回の工業標準化事業表彰にあらためて敬意を表するとともに、これによってわが国滑り軸受メーカーの経営戦略として標準化活動が据えられるよう期待しつつ、ビジネス戦略上で重要な、また技術の進歩・普及に寄与する有用な規格作りが促進されることを望む。