第109回 ノーベル賞発表、基礎研究の深耕と応用展開を望む
第109回 ノーベル賞発表、基礎研究の深耕と応用展開を望む スウェーデンの王立科学アカデミーは10月5日、2010年のノーベル化学賞を有機合成の革新的手法「クロスカップリング反応」を開発した鈴木章・北海道大名誉教授と根岸英一・米パデュー大特別教授、リチャード・ヘック・米デラウェア大名誉教授に、同じくノーベル物理学賞を炭素の新素材「グラフェン」を開発したアンドレ・ガイム・英マンチェスター大教授とコンスタンチン・ノボセロフ・同大教授に授与すると発表した。
液晶材料で多数活用されているクロスカップリング反応
ノーベル化学賞を受けた業績「有機合成におけるパラジウム触媒によるクロスカップリング」は、炭素を効率的に結合させる反応。複雑な化合物を作るためには、炭素原子同士を結合させなくてはいけないが、炭素原子は安定で容易に反応しない。パラジウム触媒によるクロスカップリング反応はこの問題を解決し、有機化合物炭素結合を組み替えて新たな有機化合物を合成するもの。液晶や有機EL(エレクトロルミネッセンス)などの製造技術に活用されている。
たとえば液晶は10~20種程度の有機化合物を混ぜ合わせた半透明の液体。これら有機化合物がクロスカップリング反応を用いて液晶材料として製造される。クロスカップリング反応が液晶の生産コストを下げ、液晶テレビの市場拡大に貢献したとも言われる。液晶材料の世界シェアで5割を占めるチッソに限らず、世界でクロスカップリング反応の恩恵を受けていない化学メーカーはないという。
摩擦・摩耗特性が期待されているグラフェン
一方、ノーベル物理学賞を受けた「グラフェン」は、炭素が六角形につながったシート状の新素材で、厚みが原子1個分しかない。現在知られている素材の中で最も薄くて強く、銅と同程度の電気伝導性があり、熱伝導性も最も高い。ガイム教授らは鉛筆の芯の材料であるグラファイト(黒鉛)に粘着テープを貼って剥がす作業を繰り返し薄片にし、原子1個の厚みの層(グラフェン)を分離することに成功した。グラファイトは近年、太陽電池や液晶ディスプレー、従来のシリコン製を上回る性能の半導体への応用が期待されているが、先述の地道なグラフェンの生成手法では、生産性が悪すぎる。そこで用途開発と並行して、グラフェンの形成技術の研究開発が進んでいる。
富士通研究所は東北大学らと共同で、一般的な半導体製造プロセスである化学的気相成長法(CVD)でグラフェン絶縁基板上に低温で直接形成する技術を開発、大基板の全面にトランジスタを形成することに世界で初めて成功した。従来のグラフェンの形成温度が800~1,000℃であるのに比べ、形成温度を650℃と大幅に引き下げたことで、さまざまな絶縁基板上に直接グラフェントランジスタを形成することが可能なほか、従来の1/10~1/100という低消費電力LSIや、それを利用したIT機器の実現で省エネルギー化に寄与していくとしている。また、日立製作所は東北大学と共同で、シリコンの10倍以上速い電子移動度が期待されるグラフェンを、CVD法を用いてサファイア基板上に作製する技術を開発した。通信基地局のネットワーク機器などに用いられる高速電子デバイスへの応用が期待されているという。
層状結晶構造のグラファイトの単層を1枚剥ぎ取った超薄膜であるグラフェンは、そうした電気的特性だけでなく、機械的特性、中でも優れた摩擦・摩耗特性が期待されている。潤滑油剤の適用が嫌われる電子機器の摺動部品などでの機械的特性を高める固体潤滑コーティングとしての研究もぜひ進めてほしいところだ。
わが国の二人の研究者がノーベル化学賞を受けた「パラジウム触媒によるクロスカップリング」のように、世界で適用されていく重要な基礎研究の深耕を進めるとともに、その応用展開によって新たなビジネス・産業の創生につながっていくことに期待したい。