第21回~第30回

第21回~第30回 admin 2008年7月28日(月曜日)

第21回『マーニー』

第21回『マーニー』 kat 2008年12月14日(日曜日)

 本作は、ウインストン・グラハム原作、アルフレッド・ヒッチコック製作・演出によるミステリー・ドラマである。

 マーニー(ティッピ・ヘドレン)を面接した若手社長のマーク(ショーン・コネリー)は、彼女が前の会社で金庫泥棒を働いたことに気づいていたが、彼女の魅力に惹かれるまま雇うことに。しかしマーニーはいつものように、ダイヤル式金庫を破り紙幣を盗み出す。マークは彼女の非をとがめることなく妻に迎えるが、彼女は盗癖があり赤い色におびえるだけでなく、男性恐怖症でもあった。マークはマーニーの過去に迫っていく。

 さて、ダイヤル式金庫は、一つのダイヤルが合うとある回転ディスクのノッチ(V字型のくぼみ)に別のディスクのくし型部品が落ち込んで二つのディスクがかみ合い、もう一つのダイヤルが合うとかんぬきを押さえていたレバーがノッチに落ち込んでロック機構が解除されるといったもの。

 多くは、右に30目盛り以上回すと、このかみ合わせがすべてバラバラになる。しかし、ダイヤルが合った状態から右に15?20目盛りくらい回した状態では、金庫は開かなくなるが、かみ合いが完全に外れていないため、左へ戻し指定の番号になると金庫が開く。ダイヤル合わせが面倒で右に20目盛りぐらい回して開け閉めしているケースが多いらしく、これを知っている金庫泥棒は、まず左へゆっくりと回すという。

 マーニーにダイヤル式金庫の知識があったかどうかはわからないが、彼女の美しさが金庫番のすきを作っていたということはあるかもしれない。犯罪の陰に美女あり。ヒッチコック作品の愉しみの一つでもある。

第22回『フェノミナン』

第22回『フェノミナン』 kat 2008年12月21日(日曜日)

 先ごろエリック・クラプトンが来日、ともにUKロック3大ギタリストと称されるジェフ・ベックと競演した。本作は、そのクラプトンのアンプラグドなナンバー『チェンジ・ザ・ワールド』が主題曲、『サタデー・ナイト・フィーバー』のジョン・トラボルタが主演の、ハートウォーミング・ラブストーリーである。

 カリフォルニア州の田舎町ハーモンで自動車整備工場を経営するジョージ(ジョン・トラボルタ)は、気さくな人柄から町中の人々に愛されている。購入した太陽電池パネルも組み立てられず、家具アーティストのレイス(カイラ・セジウィック)への思いも打ち明けられないような不器用なジョージだったが、37歳の誕生パーティが開かれた夜、不思議な閃光を受け気絶してから才気あふれる人物に一変する。寝る間を惜しんで乱読しては大量に知識を吸収、彼の頭には、次々に画期的なアイデアが浮かんでいく。家庭菜園も手がけるジョージは、導入した太陽光発電との連想からか、ごみ発電システムも考案する。

 ごみ発電は、廃棄物の焼却により発生する熱を利用して発電を行う。従来型のごみ発電では、ごみの中の有害成分で焼却炉ボイラーが腐食するのを防ぐため、蒸気温度を250?300℃と低めにして蒸気タービンを回していたため発電効率は5?15%と低かった。そこで、ごみ焼却によって作られた蒸気をさらにガスタービンの高温排熱で加熱、タービンを回す蒸気の温度を350?400℃とし蒸気タービンの出力を増加させ、発電効率30?34%を達成する複合発電システムが導入されている。また、廃棄物を熱で固形燃料化(RDF化)し、これを燃料に焼却炉ボイラーで450?500℃の蒸気を作り、この蒸気でタービンを回して発電することで発電効率約30%を実現するのがごみ固形燃料(RDF)発電である。ジョージが肥料から発想したのであれば、これかもしれない。

 ところで不眠不休で発明に励むジョージだが、いやに血色がよく、いっこうに痩せた様子もないどころか、ふくよかなのが何とも不自然だ。知恵は切れているが、動きは『サタデー・ナイト・フィーバー』のときのような切れは、ないんだろうなあ。

第23回『アパートの鍵貸します』

第23回『アパートの鍵貸します』 kat 2009年1月5日(月曜日)

 みなさま、年末年始のお休みはゆっくりと過ごせましたか?

 今年がみなさまにとってよい年となることを願いつつ今回紹介するのは、ビリー・ワイルダー監督によるペーソスあふれるメリー・クリスマス&ハッピー・ニューイヤー・ソフィスティケーション・ラブコメディ、『アパートの鍵貸します』。

 ニューヨークの保険会社に勤める独身平社員バクスター、通称バド(ジャック・レモン)は、出世をねらって、4人の課長の逢い引きに自分のアパートの部屋を貸し出している。そこにある日、人事部長のシェルドレイク(フレッド・マクマレイ)が噂を聞きつけ、バドのアパートの鍵を借りることに。ところが何とシェルドレイクが自分の部屋に連れ込んだ女性は、バドが密かに思いを寄せるエレベーターガール、フラン(シャーリー・マクレーン)だった。バドの恋の行方やいかに?

 さて作中、人事部長のシェルドレイクから急にアパートの予約が入り、一気に昇進への勝負をかけたバドが、4人の課長にルームレント断りの電話をする場面がある。

 そこで登場するアイテムが、400枚に及ぶ名刺が円周上に収納された定番商品、ローロデックスの名刺ホルダーである。360度回転するため、アルファベットインデックスで探せば目当ての名刺がすぐに見つかる。とはいえ、近年の時系列による名刺整理とか、名刺をスキャンしてデータベース化といった流れからは過去の産物だろうと思いきや、現在のオフィスでもいたって健在のようである。名刺を入れるスリーブに切り込みが入れてあって本体からの着脱がスムーズなため時系列の整理にも対応する。何より検索が早い。さらに、カバー付きのロータリー(回転)でスリーブの汚れを防ぐとともにデザイン性がアップした進化系も登場している。これは台座と本体のジョイント部も360度旋回するため、設置場所から動かすことなく見やすい位置に変えることも可能。よりメカニカルな逸品になっている。

 さて、バドはこの名刺ホルダーをクルクルクルクル、こまねずみのように回して課長の名刺を探っては電話していく。「おい、バーディ・ボーイ、つれないこと言うなよ」といった会話もあるが、野心家のバドにとって、優先すべきは課長より人事部長である。次々と断りの連絡を入れる。

 ロマンスあり、ラケットによるパスタさばきあり、ジャズあり、拳銃あり(!?)の本作は、1960年度のアカデミー賞で作品、監督、オリジナル脚本、編集、美術監督賞を、ベネチア国際映画祭ではマクレーンが主演女優賞をそれぞれ受賞している秀作である。

第24回『チーム・バチスタの栄光』

第24回『チーム・バチスタの栄光』 kat 2009年1月12日(月曜日)

 本作は、第4回「このミステリーがすごい大賞」(このミス)大賞を受賞した、現役医師・海藤 尊原作の同名小説を映画化したもの。成功率60%といわれる心臓手術「バチスタ手術」を26例連続達成していた東城大学付属病院の専門集団「チーム・バチスタ」だが、あるとき、その手術が3例連続で失敗するという事態に。それは、手術室という密室の事故か殺人か?心療内科医の田口公子(竹内結子)は内部調査を担当、事故として調査を終了しようとしたが、厚生労働省から派遣された変わり者の役人・白鳥圭輔(阿部 寛)が現れ、二人はコンビを組みチーム・バチスタのメンバーを再調査する。

 「バチスタ手術」の学術的な正式名称は「左心室縮小形成術」。拡張型心筋症に対する手術術式の一つで、肥大した心臓を切り取り小さくし、心臓の収縮機能を回復させるもの。このバチスタ手術も心臓を停止させ心臓への血流を遮断して行うため、人工心肺を取り付ける場面が出てくる。

 人工心肺は、空気圧などにより駆動する血液ポンプ(人工心)により全身への血液循環を行いつつ、人工肺により肺のガス交換(酸素の取入れと二酸化炭素の排出)を行う。血液ポンプでは近年、ポンプの駆動軸を非接触で耐摩耗性に優れた動圧軸受で支え、長期安定性に優れるメカニカルシールで血液の駆動部への流入を抑制、パージ液でポンプの冷却とポンプ内に漏入した血液の凝固防止やモータなどの冷却を行うものも開発されてきているという。

 本作では、原作で心療内科医の主人公・田口公平を田口公子というほのぼの系の若い女性に変えるという大胆な脚本となっており、ひねくれ者の白鳥とのやりとりがよりコミカルに描かれている。部外者の彼女がチーム・バチスタを調査し、バチスタ手術というものを学習していく感覚は我々に近い。恐る恐る手術の様子を観察している。緊張したシーンの続くなか、彼女の走り書きする「ゆるキャラ」観察絵日記は、場の空気を好転させるほほえましい要素となっている。

第25話『ガタカ』

第25話『ガタカ』 kat 2009年1月18日(日曜日)

 遺伝子工学の進歩で胎児のうちに劣性遺伝子を排除できる近未来。そんな中、自然の形で生まれたヴィンセント・フリーマン(イーサン・ホーク)は、心臓が弱く30歳までしか生きられないと宣告されたが、成長とともに宇宙飛行士を夢見るようになる。「不適正者」のヴィンセントは、最高級の遺伝子を持つ超エリートの水泳選手、ジェローム・ユージーン・モロー(ジュード・ロウ)と契約、彼の生活を保証することの見返りに、血液や尿、皮膚などのサンプルを提供してもらい「適正者」のジェロームとして宇宙開発を手掛ける企業・ガタカ社に入る。数年後、ヴィンセントは土星の衛星タイタン行きの宇宙飛行士に選ばれるが、折りしもロケット打ち上げに反対していた上司が殺され、捜査に協力した女性局員アイリーン(ユマ・サーマン)はヴィンセントに疑惑を持つ。

 物語で、ガタカへの出社前の日課として、ヴィンセントは全身の体毛をそり落とし、虹彩認識用にコンタクトレンズを、指紋認証用にジェロームの皮膚を指に装着する。さらにジェロームの血液と尿をつめた袋を身に付ける。必要なときに尿をポンプで排出できるの。常に適正者かどうかのチェックがなされるためだ。Multi Axis Trainerという地球ゴマみたいな形で前後、左右、斜めにクルクル回転する、JAXAに置いてあるような装置も出てくる。トレーニング中の鼓動も計測されているため、その対策として適正者の心臓音を刻むシステムも用意している。

 これだけ周到な用意をしているのなら髪の毛も眉毛も睫毛もそり落としてつるつるかといえば、写真のとおり、ヴィンセントの髪は黒々ふさふさ。ジェロームの髪の毛を植毛しているのだろうか。そんな増毛技術があれば、You Tubeで話題のキャスターのアクシデントもなかっただろうに。

第26回『街の灯』

第26回『街の灯』 kat 2009年1月25日(日曜日)

 バラク・オバマ氏が第44代アメリカ大統領に就任した。世界同時不況の中、景気浮揚策で大きな期待がかかる。本作は世界大恐慌から日も浅い1931年の作品で、舞台となる世の中の景気は、やはりよくない。

 職も住むところもないチャーリー(チャールズ・チャップリン)はある日、盲目の花売りの娘(ヴァージニア・チェリル)と出会う。妻と別れ自殺しようとしている富豪(ハリー・マイヤーズ)を助け懇意になり、その伝で花をまとめ買いしたりしたり、車で家まで送ったりしたものだから、娘に金持ちの紳士だと思われる。そんな中、娘とその祖母が家賃滞納で立ち退きを迫られていることを知ったチャーリーは、自力で金を稼ごうと、なぜか賭けボクシングのリングに上がり…。

 やせっぽちでいかにも弱々しいチャーリーだが、レフリーの陰に隠れては相手に猫手パンチ、ぐるぐるパンチ…と、ちょこまか動き回っているうちに、ゴングを鳴らすロープが身体に巻きついてしまう。現在のゴングはスチールの鐘を真鍮のハンマーなどで鳴らすが、劇中のゴングはロープを引くと槌が鐘にぶつかって音が出る仕組みだろうか。そんなわけでチャーリーが動くたびに「カーン、カーン」と鳴るものだから、ストップ、ファイト、ストップ…の繰り返し。東北楽天のアトラクションで、マスコットの「カラスコ」をテコの原理で打ち上げ、上にあるゴングにぶつけて「カーン」と鳴らすというのがあったが、もちろんチャーリーのゴングとは比較にならない。こちらのほうが、動きがコミカルで数倍面白い。

 不況で自分の生活もままならない中にあって、ホームレスの男と盲目の娘という袖すり合う二人が織りなす本作は、チャップリンが監督、脚本、主演、編集、作曲(テーマ曲「ラ・ヴィオレテーラ」)も手がけ、サイレントながら笑いと哀愁、愛と救いが描かれた一作である。

第27回『時計じかけのオレンジ』

第27回『時計じかけのオレンジ』 kat 2009年2月1日(日曜日)

 本作は、アンソニー・バージェスの同名小説を『2001年宇宙の旅』のスタンリー・キューブリックが監督し映画化したものである。

 舞台は近未来のロンドンの都市。夜な夜な徘徊してはウルトラバイオレンスと強姦を繰り返すグループのリーダー、15歳のアレックス(マルコム・マクドウェル)は仲間の裏切りにあって逮捕され、14年の実刑判決を受け刑務所に送られる。だがその2年後アレックスは、2週間で社会復帰できるという政府の実験的更正プラン「ルドビコ式診療方法」の被験者に志願する。

 この治療法では、アレックスを椅子に縛りつけヘッドギアで脳波を監視し、「リドロック」という器具でまぶたを上下から引っ張り、まばたきできない状態のままウルトラバイオレンスや強姦、はたまたナチスによる処刑などの映画を日に2回見せるもの。しかもアレックスの崇拝するベートーヴェンの音楽がBGMで流れている。

 「自分の置かれた過酷な状況と目撃している暴力との連係を確立させ、犯罪性反射神経を抹殺する原理」という治療の結果、アレックスは生理的に暴力やセックスに嫌悪感を覚える体質にされる。女性の裸体はおろか、愛するベートーヴェンの第九を聞いても吐き気を催してしまう始末である。こうして、これまでの生きがいのすべてを失ったアレックスの悲劇が始まる。

 それにしても、まばたきを封じるリドロックというこの装置は、ある種の拷問である。まばたきは涙を送り出すポンプで、人は1分間に約20?30回程まばたきを繰り返し目の表面をリフレッシユさせる。涙は目を異物などから守りつつ潤し、目が傷つくのを防ぎ正常な機能を確保している。機械の潤滑油と同じである。ドライアイになるのは、パソコンなどに長時間向かって目を見開いたままで、涙のポンプ機能が働かず目の潤滑がなされていないためであろう。

 してみると、同じ映画でも感動的な場面が多い、涙を誘う映画のほうが、目には優しいのだろうか。この映画は名作ではあるが、その種の映画でないことは確かである。

第28回『ロフト』

第28回『ロフト』 kat 2009年2月8日(日曜日)

 本作は、「アカルイミライ」や「ドッペルゲンガー」の黒沢 清監督が、ミイラをモチーフに描いたサスペンス・ホラーである。

 作家の春名礼子(中谷美紀)は次回作の恋愛小説の執筆にかかっていたが、スランプに陥り体調も崩してしまう。担当編集者・木島幸一(西島秀俊)の勧めで郊外の森に囲まれた洋館に引っ越した彼女はある日、向かいの建物に何かを運び込む男の姿を目撃する。建物は相模大学の施設で、男は同大学教授で考古学研究者の吉岡 誠(豊川悦治)。運び込まれたのは洋館近くのミドリ沼で引き上げられた1,000年前の女性のミイラだった。死後も美しさを保つよう、泥を飲んで保管されていたという。礼子は、吉岡からそのミイラを2、3日預かってほしいと頼まれる…。

 このミイラの入った棺の引き上げ…や何やかやに、ウインチが使われる。入力された動力を歯車などにより減速して回転させるドラムにワイヤロープを巻き付け、荷物の上げ下ろしを行う。いわゆる巻き揚げ機である。大学に電動式ウインチを買うくらいの予算がないはずはないと思うのだが、豊川悦治演じる吉岡 誠はミイラの棺や何やかやを人力式ウインチで沼から上げ下げしている。水の抵抗もあって、人力だから何だかんだ大変そうである。

 東京・銀座の歌舞伎座でも、10年前ぐらいまでは役者をワイヤーで吊り上げ空中を飛行しているように見せる「宙乗り」に、人力式ウインチを使っていたそうである。歯車減速装置で巻き上げ時の負荷を軽減していたとしても、歌舞伎では役者の演技に支障を及ぼすような「揺れ」や「沈み」は厳禁というから、人力で一定の回転を保つのは実に骨が折れる作業だったろう。

 ところで本作で中谷美紀演じる礼子が、預かったミイラに「あなたが1,000年間捨てられなかったものを私は捨てる」と話しかける。ミイラが捨てられなかったプライドを捨てて、名声をとるという。だが、ミイラが固執したのは美である。テレビショッピングで数分間のうちに数万円の化粧品がSOLD OUTしている現実を見ると、世の女性の美へのこだわりは、何千年経とうが捨てることのできないものであろう。

第29回『スティング』

第29回『スティング』 kat 2009年2月15日(日曜日)

 スティング。このタイトルから若い方は、ロック・バンド、ポリスの元ボーカルのスティングをイメージするかもしれない。実際に彼はミュージシャンながら 『さらば青春の光』や『デューン/砂の惑星』、『ブライド』、『ストーミィ・マンデー』、『ロック、ストック&トゥー・スモーキング・バレルズ』など映画出演も多い。本名ではなく、アマチュア時代から蜂のような横縞のシャツばかり着ていたことから、スティング(蜂のように、ぐっさり刺す)のニックネームがついたという。

 本作も、イカサマ師たちが大掛かりな演出で相手に最後のとどめを刺す、最終章『スティング』(最後に、ぐっさり)からタイトルをとっている。

 世界的な不況の続く1930年代。暗黒街のメッカ、シカゴにほど近い下町で、ジョニー・フッカー(ロバート・レッドフォード)ら道路師と呼ばれる詐欺師は、通りがかりの男から金をだまし取る。実はこの金、ニューヨークの顔役ロネガン(ロバート・ショウ)の賭博の上がり金。翌日、ジョニーの恩師であるルーサーはロネガン一味の手で始末される。復讐を誓ったジョニーは、シカゴの娼婦館に住み込むルーサーの親友、ヘンリー・ゴンドルフ(ポール・ニューマン)を訪ね、ポーカー賭博と競馬に眼がないロネガンを破滅させる大芝居をたくらむ。

 本筋には関係ないが、ヘンリーの寝起きする娼婦館の中で、何と巨大なカルーセル(回転木馬)が動いている。回転木馬は、モーターなどの動力によって円盤を回転させ、円盤上の木馬をクランク機構で上下させる。木馬のメンテナンスはヘンリーの仕事らしく、宿のおかみさんに「木馬がガタつくから、ギヤを見ておいてね」と言われ、ギヤボックスに油を差す場面がある。その後、油で動きが滑らかになったのか、酔った女たちが回り続ける木馬に乗ってはしゃぐ場面が出てくる。

 ロネガンをはめるためだけの一度限りのドリームチーム。彼らはどこを目指し、どこに向かうのか。どなたも一度は耳にしたことがあるであろうスコット・ジョプリン作曲、マービン・ハムリッシュ編曲の軽快なラグタイム音楽『エンターテイナー』と相まって、めぐるめぐる回転木馬が、イカサマ師たちの人生を象徴しているように思える。ともあれ、いくつもの軽妙なトリックが演じられた後、小気味よいスティングが待ち受ける、愉しい作品である。

第30回『パリ、テキサス』

第30回『パリ、テキサス』 kat 2009年2月23日(月曜日)

「パリなのかテキサスなのか、一体どっちなんだ」と思わせるタイトルのこの映画は、乾いたライ・クーダーのスライド・ギターが延々と流れる、ヴィム・ヴェンダース監督のロード・ムービーである。

 20代前半の妻ジェーン(ナスターシャ・キンスキー)と幼い息子ハンター(ハンター・カーソン)を置き去りにし放浪する、ひげ面の初老の男トラヴィス(ハリー・ディーン・スタントン)は、テキサスをさまよったのちに倒れ、ジェーンからハンターを託された弟ウォルト(ディーン・ストックウェル)に車で連れ戻される。7歳になったハンターとトラヴィスの再会は初めギクシャクしたものだったが、次第に親子の絆を取り戻していく。ヒューストンの銀行からジェーンが毎月ハンターのために送金し続けていることを知ったトラヴィスは、ジェーンを捜しに、ハンターとともにロサンゼルスからヒューストンへとドライブに出る。

 作中、弟ウォルトはテキサスからロサンゼルスに戻る長距離ドライブを嫌い飛行機を使おうとするが、トラヴィスは子供のようにさんざん駄々をこねる。「だって地面を離れるじゃないか」と。弟が迎えに来るまではひたすら歩き、その後のレンタカー乗り換えでも同じ車にこだわり、もちろん自発的に旅立つとすれば車を買う。本作のタイトルの正解は、テキサス州の荒地であるパリ。トラヴィスの両親が出会った土地だと言い、やっと椅子が置けるくらいの土地を購入してあると言う。両親の思い出とのつながり。置き去りにしたロサンゼルスにいる息子ハンターとのつながり。そして家を出てヒューストンにいる妻ジェーンとのつながり。飛行機の揚力で地面を離れることは、トラヴィスにとって重力によって地面につながれた彼らとの絆が絶たれるような、身を切られる思いなのかもしれない。

 ところでトラヴィスがジェーンを捜すべくハンターと乗り込むのは、中古のフォード・ランチェロ。1959?1979年にわたり製造された、古きよきアメリカで好まれた2ドア、FR式ピックアップトラックである。近年はかの地でも環境保全の観点から大型車は敬遠されるようだが、ハイブリッド車や電気自動車で本作のドライブ・シーンがリメイクできるとは決して思えない。車は重たいボディーで、やはりずっしりと地面とつながっていなければならないのである。

 ヒューストンでジェーンを捜すトラヴィスとハンターが、トランシーバーで連絡を取り合う場面も出てくる。一般にトランシーバーは電話と違って送信か受信のいずれかしかできず、送受信の切り替えはPTT(Push To Talk)スイッチのオン・オフで行う。相手の声を確認してから、こちらの声を発信する。

 ふと、誰かとのつながりを確認したくなる作品であり、ライ・クーダーの音楽にのどの渇きを覚える映画である。