第11回〜第20回
第11回〜第20回第11回『ストレイト・ストーリー』
第11回『ストレイト・ストーリー』「"あの”ニュースに見るテクノロジー」欄で、電動車いすで坂を下ったとき、ジョイスティック(操縦桿)を放すだけの操作で電磁ブレーキが働き、ピタッと止まったという話を書いた。さて、この先進の車いすと違って、トレーラーを付けた旧式トラクターが坂を下ったら、どうなるだろう?本作は、長年音信不通だった兄に会うためトラクターに乗って一人旅に出る老人の姿を描くロードムービーである。
アイオワ州ローレンスに住む73歳のアルヴィン・ストレイト(リチャード・ファーンズワース)は、家で転倒して杖の世話になることに。そんな矢先、10年前に喧嘩別れした兄ライル(ハリー・ディーン・スタントン)が心臓発作で倒れたという知らせが入る。兄が住む隣のウィスコンシン州マウント・ザイオンまでは350マイル(約563km)。車の免許もないうえ足腰が不自由になってバスにも乗れないアルヴィンだが、頑固にも自力で兄の元を訪ねるという。一緒に暮らす娘ローズ(シシー・スペイセク)の反対を押し切り、なんと1966年型ジョン・ディア小型農耕用トレーラーに乗って手製のトレーラーハウスを引いて、時速5マイル(約8km)ペースの旅に出る。時速30km超のロードレーサーの群れなどは、もちろんアルヴィンをビュンビュン追い抜いていく。
さて、5週間かけて約400km走ったところで、何と傾斜45度の急な下り坂にぶつかる。トレーラー付きの総重量を増したトラクターは、どんどんスピードを上げていく。しかし、なす術がない。この旧式のトラクターにはブレーキがないのである!ミッションを操作して減速、何とかトラクターは止まるが、ご老体の心臓が止まらないのが不思議である。激しい摩擦と熱でミッションは焼き付き、ファンベルトは切れている。当然である。
こんなことで兄のもとにたどり着けるのか、前途多難であるが、本作は「ツイン・ピークス」のデイヴィッド・リンチ監督が実話をもとに手掛けた。めずらしく綺麗どころは出てこないが、アルヴィンの、腰が曲がらないため薪集め用にマジックハンド(こんなところにもメカが!)を携帯するなどの知恵や、「一本の枝は簡単に折れるが、束ねた枝は折れない。それが家族の絆だ」など老練な深みのある一言一言がしみる映画である。
第12回『ハーフ・ア・チャンス』
第12回『ハーフ・ア・チャンス』富士スピードウェイで行われたF1日本グランプリでは、スタートから波乱含みでウィリアムズ・トヨタの中島 悟ジュニア、一貴は入賞ならず、ルノーのフェルナンド・アロンソ(スペイン)が優勝を果たした。マクラーレンやフェラーリというパワフルなマシンをベテランのテクニックと戦略がしのいだ。
さて今回の映画は、かたや収集したスーパーカーでサーキットを疾走し、かたやマイ・ヘリコプターを乗りこなす二人のゲキ悪オヤジが、「愛娘」のために奮戦するストーリーである。高級車の窃盗で生計を立てる20歳のアリス(ヴァネッサ・パラディ)は母の遺言に従い、表向きレストランのオーナーだがハイテクを駆使し大銀行を狙う強盗ジュリアン(アラン・ドロン)と、高級車専門の修理工場を営むが実は外人部隊の元軍人レオ(ジャン=ポール・ベルモンド)という父親候補二人を訪ねる。どちらが本物の父親か血液検査で決めようという矢先、南仏を拠点に暗躍するロシア・マフィアの大金を乗せた車を失敬したことから、アリス+オヤジ二人組と、マフィアとの戦いが始まる。『仕立て屋の恋』や『髪結いの亭主』などで知られるパトリス・ルコント監督がフランスの往年(老年?)の二大スターを起用したアクション映画である。
この映画では巨大なパワーショベルのバケットを楯にマフィアの攻撃を防ぎつつ、目標の壁にぶつかるや油圧シリンダー仕掛けの爆弾が起動するなど、車好きのレオが車の機能をフルに使い武装しているほか、ジュリアンのヘリコプターのアクロバティックな飛行も見逃せない。ヘリコプターでは地上と水平方向に回転翼があり翼に当たった空気は翼の上で圧力が下がり翼の下で圧力が下がることから、その圧力差が揚力となって垂直離陸する。操縦桿を前に倒すと回転翼が前方に傾くことから、上に向かっていた力が前方に向けられ、前進する。ジュリアンはこの操縦桿を巧みに操って、ヘリは地上すれすれを飛行したり急浮上したりするのである。
映画のタイトルが、「オヤジが誰かは1/2の確立」を示しているのは言わずもがなだが、レオに似て車好きでサーキットを爆走するアリス、一方でジュリアンに似て美形で爆弾作りのスジもいいアリス。父親探しの推理をしてみるのも、この映画の一興だろうか。
第13回『第三の男』
第13回『第三の男』雨で滑りやすいマンホールのふたには、滑りにくくするようにセラミックスの溶射を施して表面をあらしたりするほか、最近では、頂点に丸みをつけた三角すいの突起を表面に設けて滑り抵抗値を高めたものも登場している。本作『第三の男』では、一風変わったマンホールが効果的な舞台装置となっている。
場面は第二次世界大戦後、アメリカ、イギリス、ソ連、フランスの4ヵ国により分割占領されているオーストリアのウィーン。アメリカ人作家ホリー・マーティンス(ジョゼフ・コットン)は、旧友ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)に呼ばれ職を求めウィーンにやってきた。だが着いてみると、ハリーはすでに自動車事故で死んだという。ホリーは、英国のMPキャラウェイ少佐(トレヴァー・ハワード)からハリーが犯罪に関わっていたと聞かされ発奮、ハリーの恋人だった舞台女優のアンナ・シュミット(アリダ・ヴァリ)とともにハリーの死の真相を探ろうとする。警察には、事故にあったハリーを二人の男が運んだと証言されていたが、ハリーの宿の門衛の目撃では男は三人いたという。はたして“第三の男"とは…。
その第三の男は、4ヵ国の領土に分断されたウィーンの町をマンホールからマンホールへ下水道をつたって行き来する。このマンホールのふたが実に芸術的!日本のマンホールのふたのように置いてかぶせてあるだけではない。ケーキをカットしたように四分割されていて、円周部分にヒンジがある。そこを支点にして、円の真ん中からそれぞれをはね上げるから、ひとつのマンホールにつき先端の尖った四つの三角が天を向くのだ!これはかなり物騒である。はね上げるときだって手を傷つけそうだし、この状態で大型トラックでも気づかずに通ろうものなら間違いなくタイヤがバーストするだろう。何の目的でマンホールのふたをこんな物騒な構造にしているのか、何とも気になるところである。
グレアム・グリーン原作のアカデミー賞受賞のこの映画にはサスペンスあり、ロマンスあり、こうした逸品をはじめとする古都のさまざまな風物ありで、白黒を効果的に使った1シーン1シーンが見逃せない作品である。
第14回『トータル・リコール』
第14回『トータル・リコール』先ごろ、火星に生命が存在できるかどうかを調査していた米航空宇宙局(NASA)の火星探査機「フェニックス」が、火星の凍土から水を検出したと報告した。実験機器内の火星凍土が融解していく過程で水分子が確認されたことから、火星の永久凍土層の下に氷の存在があると断定したという。
本作『トータル・リコール』は、フィリップ・K・ディック原作の『追憶売ります』に着想を受け、ポール・バーホーベン監督が製作した火星モノである。毎日のように火星の悪夢にうなされる男ダグ・クエイド(アーノルド・シュワルツェネッガー)は、火星に惹かれ、人工の記憶を植えつけるリコール社で火星旅行の記憶を買う。実はダグは、火星を統治しようとするコーヘイゲン長官(ロニー・コックス)の片腕として働く諜報員だったが、ある理由から記憶を封印され地球に送り込まれていた。その消された記憶がリコール・マシーンによって甦ったのである。ダグはコーヘイゲンの部下が追跡するなか、火星へと旅立った。
火星の人々は、外気を遮断し空気を供給し続けるシェルターで暮らしているが、実は火星を酸素で覆えるだけの氷が存在し、それを使った酸素発生機(リアクター)があるという。ダグの記憶の封印は、その存在を隠し完全な火星統治を目指すコーヘイゲンと、リアクターを稼動させようとするダグとの戦いが原因だったのか…。
1990年の本作は、今年になって発見された火星の氷の存在を予言するようなサイエンティフィックな映画であるが、ひとたびシェルターの壁が壊れれば人々がツイスターに浚われるようにのみこまれていくような場所で、巨大で鋭利な回転カッターヘッドを三つ四つ持つトンネル掘削機が爆走したりするお茶目な場面もある。ダグを追跡するためコーヘイゲン一味が埋め込んだ発信機を鼻の穴から取り除くのは、UFOキャッチャーのピック・アンド・プレースみたいな(マジックハンドみたいな)装置である。この手のアクチュエータは、『ストレイト・ストーリー』でも出てきたがアメリカ映画で不思議と実に多用されている。
さて、火星時間で4ヵ月近く活動を続けてきた火星探査機「フェニックス」が、探査活動を停止する。着陸地点が「冬」の季節に入ってきたことを受けて、ソーラーパネルの発電能力が急速に減少、ロボットハンドや科学分析装置などを運用するための電力が底を尽き、後は探査機、生存のための最低限度の電力しか供給できなくなるという。映画のような火星での居住は、まだまだ先のことのようである。
第15回『アビエイター』
第15回『アビエイター』ボーイングのストなどいろいろと障害はあるが、世界的に航空機開発が盛んである。本作は『ゴッド・ファーザー』などで知られるマーティン・スコセッシ監督が、偉大なる航空家で映画監督だった大富豪ハワード・ヒューズの半生を描いたものである。
18歳で父親の石油掘削機事業を引き継いだハワード(レオナルド・ディカプリオ)は、財産を注ぎ込み航空アクション映画『地獄の天使』を製作、ハリウッドの仲間入りを果たす。一方で航空会社TWAを買収、飛行機を自ら設計し自ら操縦して、世界最速記録を更新していく。しかし、高速・高高度、長距離の米軍仕様(日本本土の偵察用だそうである)で自ら設計したXF-11偵察機のテスト飛行のとき、XF-11は右翼のプロペラが止まり機体は墜落、炎上する。ハワードは奇跡的に一命を取りとめたものの…。
XF-11は、プラット・アンド・ホイットニー社のピストンエンジン技術の最高峰といわれた空冷星型4列28気筒R4360エンジン「ワスプ・メジャー」を2基(3,000馬力×2)搭載、これにより二重反転プロペラを駆動させ推進力を得る。
さて、病床のハワードがXF-11の故障原因を聞くと、エンジニアの答えは「オイルシールがやられてプロペラの回転がおかしくなった」とのこと。ピストンリングだろうか。現在、ピストンリングはトップ、セカンド、オイルシールの3枚を合わせても2cm弱という厚さでありながら、F1マシンでもピストンリングが原因で事故なんていう話はめったに聞かない。機械要素の信頼性が乏しかった時代を物語っているようである。再起したハワードが、「今度はジェットエンジンを積んでみよう」とスタッフに指示しているように、いずれにしてもその数年後、レシプロエンジンはジェットエンジンに取って代わられたのだが。
ハワードの飛行機へのこだわりは、操縦桿のフィット感から機体の突出のない皿頭のリベットまで微に入り細に入っているが、まあ、機械要素で時代を感じるのも趣に欠ける。本作では、ハワードと恋に落ちるキャサリン・ヘップバーンやエヴァ・ガードナーなど、往年の大女優らや作品を眺め、古きよきハリウッドを懐かしんでいただきたいものである。
第16回『ルーヴルの怪人』
第16回『ルーヴルの怪人』ルーヴル美術館は、かつて城塞から王宮となり、やがてフランス革命の惨劇を目撃し、ナポレオンの結婚式の舞台となった。美術館になってからは、生と死、愛と憎悪が渦巻く古今東西の美術品が、多数収蔵された。こうした血塗られたルーヴルの歴史から、亡霊がさまよい謎の怪奇現象をもたらすという「ルーヴル怪奇伝説(ベルフェゴール怪人伝説)」が伝わり、1926年にはサイレント映画化されている。
本作は、1981?89年にガラスのピラミッドのエントランスを含む大改修工事「グラン・ルーヴル計画」のエピソードを新たに重ね合わせ、本物のルーヴル美術館に毎回閉館と同時に撮影機材が運び込まれ、実際に展示室や廻廊での撮影が行われた。モナリザやサモトラケのニケなど、スクリーンに映し出される美術品の数々はすべて本物という。
さて、本作ではその改修工事中に、1935年にエジプトから持ち込まれたミイラ「ベルフェゴール」が発見され、高貴な身分のミイラはコンピューター断層撮影装置(CTスキャン)にかけられる。あるべきはずの護符がない。時を同じくして、電気系統の事故が頻発し、警備員や学芸員が幻覚を見て死亡する事件が続発、美術館に面したアパートに住むリザ(ソフィー・マルソー)も徐々に精神に変調をきたす。呪いにかかったリザは、アパートの地下にある秘密の通路から夢遊病者のようにルーヴルに侵入しては、ミイラの護符を探すのだが…。
本作ではミイラをCTスキャンにかけたことから怪奇現象が始まるが、本作が公開されたのち2005年、頭蓋骨の骨折跡から他殺説のあったツタンカーメン王のミイラが、「王家の谷」の地下墓の近くに駐車した特別装備のライトバン内のCTスキャン装置に入れられた。これより36年前に行われたX線による調査では、ツタンカーメン王の頭蓋骨内に骨片が見つかったが、骨片が頭部への殴打の証拠と断定できるには至らなかった。CTスキャンを使えば、ツタンカーメン王のミイラを構成する散らばった骨や覆いを3Dで詳細に見ることができる。15分間のCTスキャンで撮影された1700枚の写真から、頭蓋骨の骨折は生前にできたものではないとする調査結果が出ている。骨の破片は生前に砕けたものではなく、死後に脳を取り出して防腐物質の注入などを行うミイラ化の際か、発見時に骨が破損したらしいと結論付けている。死因は特定できないが撲殺ではない、と。
それにしても、ツタンカーメンのミイラといい、「ベルフェゴール」のミイラといい、何度も現世に引っ張り出されては、さまよっても暴れても仕方がないような気がするが…。
第17回『オーシャンズ13』
第17回『オーシャンズ13』井戸敏三・兵庫県知事が「関東大震災は(関西にとって)チャンス」と暴言をはき、暴言キングの石原慎太郎・東京都知事に非難されているが、本作では地震を人工的に引き起こして大強奪のチャンスを作る仕掛けが登場する。
オーシャンズのメンバーの一人、ルーベン(エリオット・グールド)はホテル王ウィリー・バンク(アル・パチーノ)に土地をだまし取られ、心筋梗塞で倒れる。ダニー・オーシャン(ジョージ・クルーニー)やラスティー(ブラッド・ピット)、ライナス(マット・デイモン)らはルーベンの仇をとるべく、バンクがラスベガスに新設するカジノホテルを狙う。ここで最新鋭のセキュリティを破るため軽い地震を引き起こすのが、トンネル掘削機(シールドマシン)である。直径10mクラスのカッタービットを持ったシールドマシンが、検知されないよう毎分6mという低速でカジノの地下まで進み、電気系統を攪乱するという。
シールドマシンは回転するカッターを前面に取り付けた円筒形のマシンで、掘るにつれ内壁をセグメント(内貼り)で覆いながら、トンネルを作っていくもの。圧力の作用した土と水の中をカッターが回転し掘削していくため、この悪環境下で安定した回転を実現する機構が必要になる。たとえば、東京湾アクアラインを掘進した外径14.14mという世界最大級のシールドマシンでは、カッターの支持に外径7mの巨大な3列3輪の転がり軸受が、カッターの駆動に22台の55KWのモータが、装備されたという。どおりで通行料金もばか高いわけである。
さてオーシャンたちは、英仏海峡トンネルをイギリス側から掘ったという掘削機を手に入れ掘り進めるが、カッタービットや潤滑系統のトラブルに見舞われて…。英仏海峡トンネル工事では、フランス側から掘った川崎重工業のシールドマシンが岩を破って出て来るところをイギリス側でメディアに押さえられている。しかし実は、イギリス側から掘ったイギリス製シールドマシンは2台とも、地中斜め下に潜らせコンクリートで固めている。地下鉄工事と一緒で、マシンを解体するより埋めたほうが安上がりという合理的な発想からだ。
でも、コンクリート詰めされたはずのイギリス側のマシンをどうやって掘り起こし、使ったのだろう?「さすがトリッキーなオーシャン!」と言いたいところだが、「考えると夜も眠れない」(昔の地下鉄オチになってしまった)。
第18回『容疑者Xの献身』
第18回『容疑者Xの献身』以前、ベアリングメーカーの日本精工の展示ブースで、アーティスト・川瀬浩介氏との共同製作となる「ベアリンググロッケン」という装置を見た。四つのレーンから転がり落ちたベアリングボールが、4列の鉄琴の上を弾んで音楽を奏でる。これは、ベアリングボールが真球であることで可能になっている仕組みである。かつてジェイテクトが、ベアリングボールとパチンコの玉を同じようにバウンドさせバスケットのネットにシュートさせる実験を行っているが、ベアリングボールが同じ軌跡を描いて100発100中ゴールできたのに対し、パチンコ玉は弾む軌道がばらばらで、1回もシュートが入らなかった。ベアリングではボールの真球度が性能を左右する。ベアリングのボールが真球に近づくほど、ベアリングの摩擦が小さくなるのである。パチンコ玉を地球の大きさに拡大した場合、表面の凸部分は富士山の高さ(3,776m)くらいになるが、ベアリングボールの凸部分は鎌倉の大仏(13.35m)程度しか誤差が許されないという。
さて本作は、第134回直木賞に輝いたミステリー作家・東野圭吾の同名小説を映画化したもの。河原で惨殺死体が発見され、新人女性刑事・内海 薫(柴咲コウ)は捜査に乗り出し、いつものようにガリレオこと物理学者の湯川 学(福山雅治)に協力を求める。捜査を進めるうちに湯川は、被害者の元妻・花岡靖子(松雪泰子)の隣人で、湯川の大学時代の友人である天才数学者・石神哲哉(堤 真一)が犯行に絡んでいると推理する。湯川と石神の壮絶な頭脳戦が繰り広げられる。
本筋とは関係ないが、物語でクルーザー爆破事件があり、湯川が爆破の方法について実験する場面がある。パチンコ玉くらいの大きさのボールを「質量保存の法則」を利用して遠くまで飛ばした、という仮説だ。この原理は、ビリヤードでおなじみかもしれない。直列につながった二つの的球があったとして、その手前のボールにまっすぐ手球を当てると、遠いほう、二つ目のボールが動く。手球を撞く力が大きいほど、二つ目のボールが転がる威力は大きくなる。ここでは、CTスキャンを改造し強大な磁界を発生させ、手球を手前の的球に強力に引き寄せ、ぶつける。すると弾かれた最後尾のボールは、弾丸のように勢いよく飛び出て、実験の標的を粉々に吹っ飛ばした。
この運動エネルギーが本当に得られたとしても、手球にパチンコ玉を使ったのでは、距離が遠くなるほど狙いから逸れてしまうかもしれない。やはり、正確な軌跡を描くならベアリングボールを使うべきだろう。
第19回『ミッション・インポシブル』
第19回『ミッション・インポシブル』本作は、1966?73年に放映されたTVドラマ『スパイ大作戦』を基に、主演のトム・クルーズが初の製作も兼ねた〈クルーズ?ワグナー・プロ〉の第1回作品。先に紹介した『ファム・ファタール』のブライアン・デ・パルマ監督が手がけたため、アクションものながらアルフレッド・ヒッチコックを思わせる映像効果も、あちこちに散りばめられた映画である。
極秘スパイ組織「IMF」のリーダー、ジム・フェルプス(ジョン・ヴォイト)の元に入った任務は、東欧に潜入しているCIA情報員のリスト“NOC"を盗んだプラハの米大使館員ゴリツィンと情報の買い手を捕らえること。だが実はこの情報は、IMFに内通者がいるとしてCIAが仕組んだ罠で、盗まれたというリストは偽物。IMFの仲間は始末され、生き残ったイーサン・ハント(トム・クルーズ)が内通者と見なされた。イーサンはジムの妻、クレア(エマニュエル・ベアール)とともに、本当の裏切り者を探すべく行動を起こすが…。
物語で、世界一厳重な警備システムを持つCIA本部から本物のNOCリストを入手しようと、イーサンらが潜入する場面がある。CIAを解雇されたタフガイのクリーガー(ジャン・レノ)の支えるケーブルに吊るされながら、天井にあるダクト口からイーサンが一室に下りていく。床のセンサーは水滴1滴落ちても検知するため、床に触れずにコンピュータを操作し、リストを盗まなければならない。ケーブルは滑車を使って上げ下ろししている。滑車とロープの摩耗に関する比較試験を行った論文によれば、滑車はCr-Mo鋼第2種で作ったものが、ワイヤロープは鋳鉄滑車を用いた場合とCr-Mo鋼滑車を用いた場合が少ないという論文があったが, これらを組み合わせた滑車、ロープであればかなり頑丈だし滑らかな作業が可能だが、手を放したら滑り落ちるのも速い。さて、イーサンは床に触ることなく無事にリストを入手できただろうか…。
ところで本作中でデータの読み書きに使われる媒体は、1996年の作品だけあってFD(フロッピーディスク)である。なんと象牙のFDまで登場する。『スパイ大作戦』の有名な指令もさしずめ「このテープは自動的に消去される」じゃなくて、「このFDは…」だろうか。「このディスクは、…」なら、まだ使えそうなセリフだが。
第20回『トワイライトゾーン/超次元の体験』
第20回『トワイライトゾーン/超次元の体験』本作は、1959?65年にCBSで放送されたTVシリーズを、進歩したSFX手法を使ってリメイクしたもの。スティーヴン・スピルバーグとジョン・ランディスが製作にあたり、さらにジョー・ダンテとジョージ・ミラーが加わった4人が、それぞれ1話ずつ監督した。
ランディスが担当したプロローグは、真夜中の山道を走る車の中から始まる。1968?72年に活躍したCCR(クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル)の曲、『ミッドナイト・スペシャル』に合わせて、二人の男がエアー・ドラムやエアー・ベースをまじえ、はしゃいでいる。1983年作品だけに音楽メディアはテープである。CDが聞けるカーステレオの普及は、もう少し後。「このテープは自動的に消去される…」のあのテープで、ここでは巻取りがおかしくなりテープが切れてしまう。昔はそんなトラブルによく泣かされたものだ。音楽が消え静まり返った車中、二人は退屈さをまぎらすため、TVシリーズのテーマ曲の当てっこを始めた。トゥルルル、トゥルルルーという「トワイライトゾーン」のテーマ曲が出て、「あれは本当に怖かった」なんて会話になったとき、助手席の男(ダン・エイクロイド)が運転している男(アルバート・ブルックス)に「もっと怖い話をしてやろうか」と言って、車をとめさせ…。
記録媒体であるフロッピーディスクの駆動装置(FDD)がCD-Rの急速な普及から05年度で1億台だった世界需要が06年に5,000万台、07年に2,000万台と激減しているのに対し、音楽用途ではないがテープ型記憶装置(テープストレージ)は、データ保護や災害対策を目的としたバックアップシステムへの企業の関心の高まりから、その市場成長率は07?12年で年率2.3%減程度と、意外に堅調である。
テープ走行系の記録装置は、音の信号を磁化の強さ、方向の変化にして記録する。磁気ヘッド周辺がキーで、薄い樹脂フィルムの上に酸化鉄や二酸化クロムの粉末などを塗ったテープを一定の速さで走らせるため、細いキャプスタンとゴムのピンチローラーとの間に強く挟んで送る。キャプスタンモーターの精度はベアリングの精度、低い振れ回り特性(NRRO)に左右される。これはHDD(ハードディスクドライブ)のモーターでも同じである。
テープの巻取りがおかしくなるのは、樹脂テープが高温下の動作の繰り返しで劣化したためか、振動でこの送りの機構に悪影響を及ぼすためと見られる。「新品のCCRのテープなのに!」とアルバート・ブルックスが嘆いているから、ここでは後者、つまり車の振動でモーターの動きがおかしくなったのであろう。このカーステレオはたぶん、日本製ではない。
ところで、エピローグでも『ミッドナイト・スペシャル』が流れる車中でダン・エイクロイドが「もっと怖い話を…」とやらかすのだが、ジョン・ランディス監督はよっぽどCCRの音楽が好きなようだ。トゥルルル、トゥルルルーという『トワイライトゾーン』のテーマ曲がかすんだしまうほどに。