第59回 材料・機械要素技術で水ビジネスを牽引
第59回 材料・機械要素技術で水ビジネスを牽引過去50年間の世界の人口増加が2倍だったのに対し、BRICsをはじめとする新興国の経済発展や地球温暖化などから、水の需要は4倍(OECD調査)になっており、世界的な水不足が深刻化してきている。水資源確保の対策として、中東では海水淡水化プラントの建設投資が活発化し、北アフリカの産油国、スペイン、北米、中国・沿海部などでも海水淡水化プラントの建設ラッシュが始まっている。この海水淡水化の技術のなかでも省エネに優れる逆浸透膜(RO膜)が今後20%以上の伸びが予想されており、この水処理市場においてわが国メーカーは海水淡水化向けRO膜で世界市場の70%のシェアを占め、また前処理で使われる精密除濁膜(MF、UF膜)市場でも40%のシェアを占める。2025年に110兆円市場が予想される水ビジネスにおいては、日本に技術優位性があるといえよう。
さて、RO膜を使った海水淡水化では、海水に高圧をかけRO膜と呼ばれるろ過膜に通し淡水を作り出す。平均的な塩分3.5%の海水から日本の飲料水基準に適合する塩分0.01%の淡水を得る場合には、55気圧以上の圧力をかけてろ過する必要があるとされ、加圧にはタービンポンプやプランジャーポンプなどの高圧ポンプが使用される。
たとえば荏原製作所では、プラント運転コストの1/3がポンプを動かす電力費であるとして、海水淡水化プラント向け動力回収装置とポンプを開発中だ。動力回収装置はプラント内の水流から得たエネルギーを送水の動力に活用するもので、RO膜方式の海水淡水化プラントに搭載、送水ポンプの負荷を抑える。現在、水流から直接動力を得る「水車型」の装置が多いが、荏原が開発中の「容積型」は、膜を通過した水の水圧を回収し、膜に海水を送る動力に利用する。水圧の回収と送水はピストンを介して行う。
立型軸流ポンプ・斜流ポンプの軸受としてはすでに水中ゴム軸受が採用、金属シェルの内面にゴムを密着加硫し、ゴムには一定本数の溝をつけて潤滑水を通して使用されている。しかしピストン式では水圧機器と同じ使用環境になろうか。たとえば平成14年度~19年度の経済産業省の温室効果ガス削減技術開発のナショナルプログラム「低摩擦損失高効率駆動機器のための材料表面制御技術の開発プロジェクト」では、水圧機器を対象にμ(摩擦係数)をコントロールして駆動機器のエネルギー効率の向上を図る研究を行っている。油圧機器の場合には作動媒体の作動油そのものが潤滑・防錆効果を持つため摺動部分には一般的には表面処理などを施さない炭素鋼などが使用されているが、水圧機器では水そのものが低粘度であることから流体潤滑膜の形成能が低く、潤滑作用をほとんど持たず、油圧機器に使用されている未処理の金属系材料をそのまま水圧機器に使用することはできない。そこで、安価で加工性に優れる金属系材料を基材とし、水潤滑性を有する表面処理を適用することで水圧機器摺動部分に低摩擦・摩耗特性を付与することを目標にして、自己潤滑性を有するDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を選定、UBM(Unbalanced Magnetron Sputtering)法により形成した皮膜の形成条件と皮膜構造と水環境中における摺動特性の関係を調査した。Siを含有したDLC膜が膜の耐はく離性が高く、耐摩耗性も良好という結果だった。また、DLCの摩擦係数低下に及ぼす水の影響も様々な研究で明らかにされてきている。
水環境で使われる機械要素としては、長期信頼性の面から防錆性も必要になるだろう。食品機械などでは錆に強いステンレス製軸受などステンレス材料の実績が多いが、樹脂材料では自己潤滑性もあり機械的強度も高いPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)も水力発電機などで実績を持つ。しかし、ボルト・ナットなども含めた機械要素全体がコストアップにならないよう、安価な炭素鋼に物質置換型高周波誘導加熱ピーニングシステムなどで表層部のみに高耐食性ステンレス鋼の性質を持たせる表面改質の研究も進んできている。
日本に技術優位性がある水ビジネスでは、さらに海水淡水化システムの電力を風力発電や太陽光発電で賄う構想もある。同じく日本に技術優位性がある材料・表面改質や軸受など機械要素技術を活用して、水ビジネスの拡大とともに、わが国産業界が市場を牽引していくことに期待したい。