第34回『リバー・ランズ・スルー・イット』

第34回『リバー・ランズ・スルー・イット』 kat 2009年3月22日(日曜日)

 ロバート・レッドフォード監督・製作による、フライフィッシングを通じて家族の絆を描いた本作は、フライ(毛針)が投げ込まれ、鱒が跳ね上がる澄んだ渓流が心象風景となる、第65回アカデミー撮影賞受賞作品である。

 舞台は1920年代のモンタナ。二つ違いの兄弟、ノーマン(クレイグ・シェーファー)とポール(ブラッド・ピット)は、小さいころから父親のマクリーン牧師(トム・スケリット)にフライフィッシングと勉強を教わっていた。ノーマンは東部の大学に進学・卒業して故郷に戻るが、シカゴの大学から大学教授のオファーがある。一方、弟のポールは地元にとどまり地方新聞社の記者を務め、酒と賭けポーカーにのめり込みながらも、なおもフライフィッシングの魅力にとりつかれている。

 フライフィッシングでは、ライン(釣り糸)の重さによってフライを飛ばすキャスティングが決め手。作中でも父親の牧師が徹底的にキャスティングの練習をさせる。イチ、ニ、サン、シの四拍子でキャストしろと言い、リズムを刻ませるのにメトロノームを使う。もちろん1920年代だからデジタル式ではなく、三角の振り子式メトロノームである。

 重り(遊錘)の上下でテンポを変える機械式メトロノームは、駆動源であるゼンマイから複数の歯車を介して、間欠的に回転する「がんぎ車」に動力を伝達、がんぎ車が振り子軸に設けられた部品と噛み合うことで、振り子を揺動させたり打突音を慣らしたりする。その音量は三角のボディや中の空洞により増幅される。ところで常に稼動しているメカと違って、放置されることが多いメトロノームでは、動き始めのなじみを良くする目的から二硫化モリブデンなどの固体潤滑剤が配合されているらしく、リズムを刻む音色の高級感にも潤滑要素が影響しているそうである。その滑らかに正確に刻まれるリズムにのって兄弟はキャスティングを練習するが、兄ノーマンはそのリズムを乱すことなく成長し、弟ポールは変則的なリズムへと展開させ、渓流や岩や木々と独創的な交響曲をつくっていく。

 そんなポールは小さいころ「大きくなったらフライフィッシングのプロになりたい」と言い、兄のノーマンに「そんな職業ないよ」と笑われる。確かにこの時代にはないが、今やプロのフライフィッシャーなるものが厳然といて、テレビや雑誌などでフライフィッシングを紹介したりしているそうである。そんな職業が当時存在すれば、ポールも賭けポーカーでトラブルに巻き込まれることなどなかったかもしれない。牧師の父親はいつまでもやんちゃで手に負えないと敬遠しながらも、川面に向かうや純粋な存在に化すポールを「それでも天才的なフライフィッシャーで、美しい」と評価する。若いうちにこの原作があれば自分が演じたかったであろう監督ロバート・レッドフォードが選んだポール役、ブラッド・ピットは、実にはまり役である。彼の心を、家族の心を、観る人の心を、きらめく清流が流れ続けるような一作である。