待ったなし、ガソリンエンジンの省燃費技術
待ったなし、ガソリンエンジンの省燃費技術
日米欧では今後、自動車の燃費規制が強化される。日本では2015年までに乗用車で2004年度実績に比べ23.5%の燃費改善(ガソリン1リットルあたり16.8km)が義務づけられるほか、CO2排出量を欧州では2012年に現行の20%減が、米国では2020年までに平均40%の改善が要求されている。
欧米メーカーは燃料電池車や水素自動車など次世代環境対応車の開発を急いでいるが、これらの本格普及は2020年以降と見られ、既存のガソリン車の燃費改善で対応するしかない。しかし、研究開発費をかけて一から取りかかる時間はなし、日本とのOEM提携で環境規制に対応しようという動きがある。
つまり、国内でも海外でも日本の自動車メーカーによるガソリンエンジン車のさらなる省燃費技術が期待されている。本特集では、そうした省燃費対応のガソリンエンジン技術の一端を4回に分けて紹介していく。
第01回 動弁機構
第01回 動弁機構2012年以降に日米欧で一斉に強化される燃費規制に対し、ハイブリッド車やクリーンディーゼル車などの開発が進められる一方で、自動車各社ともガソリンエンジンの性能を上げる先進技術の開発にしのぎを削っている。中でもディーゼルエンジンで一般的な、シリンダー内に燃料を直接噴射する「直噴化」、不要なシリンダーの動きを止める「気筒休止技術」、小型エンジンにつけて燃費を悪くせずに大排気量エンジンと同じ出力を得る「過給器(ターボチャージャーなど)」、停車時にエンジンを自動停止する「アイドリングストップ」、エンジン内の燃焼に使う空気の量を効率よく調節する「可変バルブ機構」などの取り組みが各社とも一致した動きのようだ。
今回は、可変バルブリフト機構など動弁機構を取り上げる。
日産自動車は新型「Infiniti G37 Coupe(日本名スカイラインクーペ)」に、連続可変バルブタイミング機構と吸気側の可変バルブリフト機構を組み合わせた「VVEL(Variable Valve Event and Lift)」を採用した。トヨタは「ノア/ヴォクシー」で、ホンダはフルモデルチェンジした「アコード」で、同様の機能を実現する可変バルブ機構を採用した。ところで日産のVVELでは、燃費がベースエンジンよりも約10%も向上しているという。これは、従来のスロットルバルブではなく、吸気バルブで吸入空気量を直接コントロールすることで、吸気抵抗(ポンピングロス)を低減するとともに、中低負荷運転時に吸気バルブリフト量を小さくしてカム駆動摩擦を低減したため。エンジンの直噴化(理論混合比の場合)や、無段変速機(CVT)の採用が単独ではそれぞれ5?8%程度の燃費向上なのに対して、燃費向上効果が大きい。
車種は明らかにしていないが、日産ではこの動弁機構部品であるバルブリフターにダイヤモンドライクカーボン(DLC)という摩擦の小さい皮膜を処理したことで、約1%の燃費向上を実現したという。このDLCをピストンリングやピストンピン部に採用することで約3%の改善を目指すとしている。
第02回 過給器
第02回 過給器過給器(ターボチャージャー)は二酸化炭素(CO2)排出規制からも、最近のガソリン高騰からも、自動車への搭載が必須となると見られている省燃費技術だ。米ハネウエル社、米ボルグワーナー社に次いで世界3位の三菱重工業では2011年度までに年間生産能力を07年比9割増の690万台に引き上げると発表した。ディーゼル車への過給器装着率は現在の約6割から、欧州の次期排ガス規制「ユーロ5」が施行される2010年には100%近くまで高まるとされ、さらにガソリン車でも省燃費技術として採用が進んできていることから、06年には1,800万台強だった世界需要が、2011年には3,000万台超という予測も打ち出されている。
過給器は、排気ガスのエネルギー(温度・圧力)を利用してタービンを高速回転させ、その回転力で遠心式圧縮機を駆動することで、圧縮した空気をエンジン内に送り込む。これにより、内燃機関本来の吸気量を超える混合気を吸入・爆発させることで、見かけの排気量を超える出力を得る仕組み。近年のガソリンエンジンでの過給器の採用は、同等の出力、トルクをより小さい排気量のエンジンで実現し、燃費の向上を目指すという「ダウンサイジングコンセプト」に基づくものである。たとえば、フォルクスワーゲン社のTSIエンジンはスーパーチャージャーとターボチャージャーという二つの過給器を圧縮比の高い筒内直接燃料噴射(直噴)エンジンと組み合わせた結果、2.4Lエンジンに匹敵する最高出力125kW(170PS)/6,000min-1(rpm)、最大トルク240Nm(24.5?m)/1,500?4,750min-1の性能と10・15モード燃費14?/Lの低燃費を1.4Lエンジンで達成している。
過給器では通常、回転軸の一端にタービン(タービンホイール)が、他端にコンプレッサ(コンプレッサホイール)が設けられたもので、600℃強?900℃近い高温・高圧の排気ガスを受けて回転力に変えるためのタービンホイールは、たとえば日立金属の手がけるものでは耐熱性のニッケル合金製で、真空下で溶解・鋳造することで耐久性を高めているという。
タービンの回転速度は自動車用ガソリンエンジンなど小型のもので200,000?250,000min-1と高速で、タービン軸受には通常、エンジンオイルの圧送によるフローティングメタル式すべり軸受が使われる。転がり軸受は抵抗が小さく回転安定性に優れるという利点はあるが、軸受配置空間が高温となることから潤滑不良が起こりやすいといった問題などからほとんど使用されていなかった。しかし、近年はセラミック鋼球を使用したハイブリッド転がり軸受などが、セラミック玉の優れた高速性や耐熱性、厳しい潤滑条件下での摩擦特性などから、採用が始まっている。
第03回 アイドリングストップ機構
第03回 アイドリングストップ機構日本自動車工業会が謳う「エコドライブ、10のススメ」のうち、アイドリングストップの効果として10分間のアイドリング停止で燃料130ccを節約できるとしている。「アイドリングストップ機構」は、車両側で状況を判断し、自動的にアイドリングストップ/エンジン再始動を行う機構である。
アイドリングストップ機構は、車速が20km/h程度以下になると動作の準備を始め、 (1)車速が0km/hであること(2)マニュアル・トランスミッション車の場合、ギア位置がニュートラルになっていること(3)オートマチック・トランスミッション車の場合、セレクター位置がPかNであること(4)ブレーキランプが点灯していること(5)その状態が一定時間以上継続していること、といった条件が条件が揃った時に、自動的にエンジンを停止する。アイドリングストップ状態から自動的にエンジンを始動する場合、マニュアル車はクラッチを踏む、オートマ車はセレクターレバーをDの位置に動かすことで、自動的にセルフスタータ・モータが稼働してエンジンを始動する。しかし、セルフスタータとバッテリーの負担増という問題があり、これに対しマツダが開発した「スマートアイドリングストップシステム」を通じて、アイドリングストップ機構を紹介する。
(1) 再始動開始
4気筒エンジンの場合、4個あるシリンダーは、1個が圧縮行程、1個が膨張行程、残りの2個が吸気/排気行程というサイクルを繰り返している。エンジンを停止させる際、圧縮行程にあるシリンダーと膨張行程にあるシリンダーの空気量が同じになるようにバランスさせておく。ちょうどいいところに止めるためには、減速中にスロットルバルブを繊細に制御しておくことが要求される。狙い通りの位置にピストンを止められたら、圧縮行程にあるシリンダー内部に少量の燃料を噴射しておく。つまり、直噴ガソリンエンジンであることも条件となる。
(2) 逆回転
エンジン始動モードに入り圧縮行程にあるシリンダーの点火プラグに着火すると、エンジンのクランク軸は逆方向に回転することになる。この時どの程度の角度を逆回転させるかがポイントで、電子制御技術が活躍する。また、この段階で膨張行程にあるシリンダー内部に燃料を噴射しておく。
(3) 正回転開始
膨張行程にあるシリンダーの内部は、クランク軸の逆回転によって行程が少し戻り、内部の圧力が少し高まる。その状態で点火プラグに着火すると、シリンダー内部で爆発が起こりクランク軸は正方向に回転を始める。
これら一連の行程は、約0.3秒の間に行われる。
しかし、アイドリングストップシステムでは、頻繁に起動・停止が繰り返されることからエンジンベアリングやピストンリングなどの摺動部で潤滑膜が形成されにくく(混合・境界潤滑領域となり)、技術対応がなされている。
特にエンジンベアリングのうち主軸受に使われるアルミニウム合金軸受では、ベルトテンションにより常に片荷重となり、片あたりによる異常摩耗が生じる場合がある。これに対し大同メタル工業や大豊工業などエンジンベアリングメーカーでは、耐摩耗性に優れるアルミニウム?すず?シリコン系合金(Al-Sn-Si)のSiの粒子径を適切な大きさにコントロール(Siを塊状化)することで相手軸へのアルミニウムの凝着を抑制するなどして、耐摩耗性を向上している。
ピストンリングでは省燃費化からすでにトップリングで0.8?、オイルリングで1.5?など薄幅・低張力化して低フリクション化を図っているが、TPRやリケン、日本ピストンリングなどのピストンリングメーカーでは、アイドリングストップ時のさらに貧潤滑下での低フリクションを実現するため、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティングなど機能性表面改質での対応を行っている。
また、オートマチックトランスミッション(AT)車や無段変速機(CVT)車ではクラッチ係合のための油圧をエンジン駆動によるポンプで発生させているため、アイドリングストップ時には油圧の低下から、エンジン起動直後の発進時に油圧の応答遅れが変速ショックとなって現れる。これに対しジェイテクトでは、アイドルストップ時の最低限の油圧を維持させるため、低圧での高効率、低騒音、コンパクト化などを実現する内接ギヤ式電動ポンプを開発している。
第04回 直噴ガソリンエンジン
第04回 直噴ガソリンエンジン日米欧で強化される燃費規制に対し、独フォルクスワーゲンやトヨタ自動車、マツダなど、直噴ガソリンエンジンの実用化が進んでいる。この方式は希薄な混合気でも安定して燃焼させることができ、軽負荷域でもスロットルを絞る必要がなくポンピングロスの低減、また成層燃焼時はシリンダ壁面のガス温度が低く冷却損失が少ないことで熱効率も向上できる。
トヨタ・レクサスに搭載されたD-4Sエンジンの筒内噴射方式を見ると、ピストン上昇中に、ピストンの頂部に設けたハート形のくぼみ(キャビティー)に向かってインジェクタ(図中5番、電磁式燃料噴射弁)が高圧の噴霧燃料を噴射し、キャビティー形状をガイドとして点火プラグに成層混合気を導く(ウォールガイド方式)。こうすると点火プラグ周囲には局部的に高濃度の混合気が形成されるため、確実に点火、爆発させることができる。
高圧燃料噴射ポンプは燃圧を4?13MPa程度に昇圧し各インジェクタに分配する。インジェクタはECUからの噴射信号によって必要な量の燃料を筒内に噴射する。
インジェクタの仕組みは、コイルに電流を流すと発生した磁力によりコア(可動鉄芯)が吸引され、コアと一体になったニードルバルブが流量特性に基づくストローク分だけ開弁するというもの。直噴用インジェクタは、吸気管噴射に比べ噴射可能時間が短いためニードルバルブのより速い応答性(つまりストロークの高いレスポンス)が要求される。筒内の爆発圧力やエンジンとのシール仕様、高燃圧に耐える構造であるのはもちろんである。一方、開弁、噴射のタイミングなどをきめ細かく制御できるよう、噴射のメカ部分であるインジェクタのニードル部分の可動部分のすき間はサブミクロンレベルで仕上げられている。そのため、潤滑がよくないと焼付きが発生し、燃料噴射が正常に行われない。そこで、潤滑性を補うため燃料であるガソリンに摩擦調整剤を添加しているが、さらにニードルの可動部分にDLCを施して自己潤滑性を付与するなどの手法も検討されている。
また、燃料の筒内噴射はエンジンオイルの潤滑を阻害し、特にピストンリングのトップリング部の摩擦が問題となるが、ガソリンとともに噴霧された摩擦調整剤がリング部の摩擦を低減するという効果も報告されている。また、摩擦調整剤添加ガソリンを一定期間使用した後では、エンジンオイル内に摩擦調整剤が蓄積され、動弁系摩擦を低減する効果も現れると考えられている。
※成層燃焼:通常、ガソリンエンジンではスロットルバルブより空気を吸入、インテークマニホールドで吸入した空気にインジェクタにより微粒化したガソリンを吹きつけ混合。11?17:1程度の混合気(空気重量:ガソリン重量の比)をインテークポートよりシリンダ内に吸入し、圧縮後点火?燃焼?排気させる。ガソリンと空気を混合する際、吸入した空気全てに均一にガソリンを混合する場合を均一混合と言い一般的に広く用いられている。一方、成層燃焼ではピストン下降に伴うシリンダ内の気流などを利用してガソリンと空気が均一に交じり合うことを防ぎ、混合気の濃い層(可燃層)とほとんど空気だけの層に分け、可燃層が圧縮行程後期にスパークプラグ近傍に集まるようシリンダ内気流を制御する。これによって、シリンダ内全体の混合比で見ると、最大55:1(EGR含む)程度の超希薄燃焼を可能としている。