第172回 大田区・町工場がボブスレーでソチ冬季五輪を目指す

第172回 大田区・町工場がボブスレーでソチ冬季五輪を目指す コダマ 2012年8月27日(月曜日)

開発中のボブスレーソリ開発中のボブスレーソリ 日本のものづくりを支えてきた町工場。その集積地の一つ、東京・大田区の町工場が中心となって「氷上のF1」と言われるボブスレーの開発プロジェクトが進められている。その「下町ボブスレー」ネットワークプロジェクトでは、2014年にロシアで開かれるソチ冬季五輪に向けて、日本チームが使う2人乗りボブスレーのソリを開発していく。

 ボブスレーは独特な形状と機構を持つ専用のそりに乗って、氷が張ったコースを滑走、タイムを競う冬季五輪の人気種目。最高速度は時速130km~140kmに達することから、「氷上のF1」と呼ばれている。ボブスレー用のソリは、鉄製のシャーシに流線型のFRP製カバーをつけたもので、前方にハンドル、後方に停止用のブレーキを備えている。近年では、競技向けボブスレー用そりは空気力学の観点からの研究開発が進んでおり、イタリアチームではフェラーリが、ドイツチームではBMWが、米国では米国航空宇宙局(NASA)がソリを開発するなど、自国を代表する自動車メーカーや航空宇宙関連企業・機関が中心となって、国の威信をかけた開発競争が繰り広げられている。

 日本でのボブスレーの知名度は欧米に比べ低く、競技人口も少ないといった背景から、ソリの開発を手がけるメーカーは少なく、日本チームはイタリア製やドイツ製の市販品を購入し改造していた。しかし改造にも限界があり、タイムが上がらない状況だった。

 ボブスレーのタイム短縮では、氷面と接触するソリの刃(ランナー)との摩擦抵抗の低減と、ボディーの空気抵抗低減の効果が大きい。

ボブスレーイメージ このボディーの空気抵抗低減という点が、レーシングマシンを手がけてきた自動車メーカーが担当している所以である。今回、ボディー開発では、レーシングマシンを手がける「童夢」グループの童夢カーボンマジックが、軽量で剛性の高い炭素繊維強化プラスチック(CFRP)を使用して挑む。また、空気抵抗を減らすための流体解析はソフトウェアクレイドルが担当する。

 一方で、ランナーの摩擦抵抗低減は自動車メーカーやNASAの牙城ではない。これには東京大学教授で摩擦工学(トライボロジー)を専門とする加藤孝久教授の指導のもと、金属の精密加工を手がけるマテリアルや、熱処理や各種表面改質処理を手がける上島熱処理工業所など、匠の技を持つ「大田ブランド登録企業」が挑む。精密加工技術でランナーの接触面積を少なくすれば摩擦抵抗は減るが、ランナーの刃先が鋭利すぎると、氷に食い込んで摩擦抵抗が増えてしまう。その精密加工のバランスによるランナー表面の制御で摩擦抵抗を減らす。一方、上島熱処理工業所の表面改質技術がランナーに潤滑性や耐久性を付与する。1/100秒のタイム短縮が競われる中で、ランナーの摩擦抵抗が10%減少すると、ゴールタイムは0.6秒短縮されると言われる。ここでの材料・表面改質技術の優劣がタイムに及ぼす影響は大きい。

 上島熱処理工業所はアマテラスという企業集団の一つとして次世代産業である航空宇宙産業向けの新事業を進めるなど、大田区の町工場は先端技術を支えている一方で、この30年間で9000社から4000社に半減するなど、国内製造業の空洞化による影響を受け廃業が続いている。

上島熱処理工業所「難易度の高い大型製品の熱処理作業のようす」上島熱処理工業所「難易度の高い大型製品の熱処理作業のようす」 下町ボブスレープロジェクトは、この国内空洞化の傾向に対して、町工場が積極的に新産業に参入していくためのネットワークを作る狙いがある。技術ベースで見ると、ランナーという金属の低摩擦化技術は、風力発電など次世代エネルギー開発には必須の要素技術となる。またボブスレーのソリの土台となる金属と炭素系素材の技術は航空機などに採用されており、環境・航空機産業に進出する足がかりとなる。

 大田区の町工場が半減する中で生き残り、なお業況が好調な企業は、航空宇宙産業や医療機器など新分野に打って出ている。フェラーリやBMW、NASAといった大組織との闘いでソチ冬季五輪でのメダル獲得を掲げる下町ボブスレープロジェクトの主旨である「新たな価値の提供」や「夢のあるモノづくり」に賛同し新ビジネスを目指す町工場が1社でも増え、我が国のものづくりの活性化を支え続けることを願う。