第85回『ヒンデンブルグ』
第85回『ヒンデンブルグ』本作は1937年5月6日にアメリカ・レイクハースト海軍飛行場で発生したドイツのツェッペリン型硬式飛行船ヒンデンブルグ号の爆発事故を、ロバート・ワイズ監督が人為爆破説に基づき映画化したサスペンス。1975年アカデミー賞特別視覚効果賞、特殊音響効果賞受賞作品。
ナチス・ドイツがゲルマン民族の優秀さのシンボルとして建造、プロパガンダ的に大きな意味を持つ全長245mの大飛行船「ヒンデンブルグ号」は、1936年に空の豪華客船としてドイツ・フランクフルトとアメリカ・ニュージャージー州レイクハーストを結ぶ大西洋横断航路に就航、その年のうちに往復10回のフライトを無事にこなしたが、翌1937年の春、ミルウォーキー在住の女性が「ヒンデンブルグ号が時限爆弾によってアメリカ上空で爆破する」と予言した。予言を一笑に付しながらも、権威を脅かされることに神経質だったナチスは宣伝相ゲッペルスが命を下し、ドイツ空軍のフランツ・リッター大佐(ジョージ・C・スコット)をヒンデンブルグに乗り込ませ厳戒体制をとらせた。フォン・シャルニック伯爵夫人(アン・バンクロフト)、ブロードウェイの製作者・作曲家のリード・チャニングと夫人のベス、アメリカの大手広告代理店の重役エドワード・ダグラス(ギグ・ヤング)、アメリカ人の貿易商アルバート・ブレスロー、イギリス陸軍少佐アール・ナピア、アクロバット曲芸師ジョセフ・スパ(ロバート・クラリー)、一等整備士ベルト(ウィリアム・アザートン)など、いわくありげな乗客ばかり。
ヒンデンブルグ号は、浮揚に水素ガスの気嚢を、枠組みにアルミ合金ジュラルミンを用いていた。水素ガスを使ったのは、ヘリウムはアメリカが占有していてドイツへの軍需物資輸出が禁じられたからで、ジュラルミンは当時、ドイツ最高機密の材料だった。枠組みを覆う外皮は木綿だが、紫外線や赤外線から保護するため酸化鉄・アルミニウムの混合塗料(テルミット)が塗られていた。本作では、ヒンデンブルグ号爆破事故がヒトラーの威信をおとしめようと爆弾を仕掛けたという説を採るのだが、実際には飛行中に蓄積された静電気がもとで酸化鉄・アルミニウムの混合塗料に着火、水素ガスの気嚢が爆発したということが判っている。
作中、その考証に基づいたようなシーンもある。ヒンデンブルグ号が火山の上空を通過しようというときに、一瞬の停電ののち発光現象が起こる。プルス船長(チャールズ・ダーニング)は「セントエルモの火(セントエルモス・ファイヤー)」のせいだ、という。セントエルモの火は、火山灰と機体表面の塗料との摩擦で静電気が生じ、青白いコロナ放電をもたらす。計器類など電子機器に影響を与えることもある。静電気が蓄積していたという史実もにおわせている。今年春先のアイスランドの火山噴火では、火山灰を吸い込んで航空機のエンジンが停止、欧州空路が大混乱に陥ったが、火山灰はエンジンを停止させるだけではないようである。
ヒンデンブルグ号の事故後、水素を積んだ飛行船はすべてナチスにより破壊、ツェッペリン型飛行船はのちに米軍がヘリウムガスを積んで採用した。今春から日本で運航している旅客飛行船「ツェッペリンNT」号は全長75.1mで現存する飛行船としては世界最大で、もちろんヘリウムガスで浮揚、穏やかな遊覧飛行を楽しめるとして注目を集めているという。