第051回~第060回
第051回~第060回第52回 患者の安全性と医療従事者の作業軽減を図るシリンジポンプ技術
第52回 患者の安全性と医療従事者の作業軽減を図るシリンジポンプ技術テルモが、装置に注射器(シリンジ)を正しく装着できるよう、液晶表示部にシリンジ装着手順がイラストで表示され、確実な装着をサポートするシリンジポンプ「テルフュージョンシリンジポンプ35型」を発売した。シリンジポンプは、シリンジに充填された薬剤を一定流量で持続的に投与する装置で、手術中や術後の患者への薬剤投与量を精密に管理する時に使用されるが、 シリンジがポンプに正しく装着されていない状態で、ポンプが患者より高い位置に設置されている場合、薬剤が急速に注入されてしまう「サイフォニング」現象が起きる可能性が高いことが問題となっていた。新製品ではシリンジの装着が誤っている時にエラー音で知らせるだけなく、シリンジをワンタッチ着脱でき、正しく装着されるとOKサインで確認できる。テルモでは新製品がサイフォニングによる医療事故の防止につなげることができるとして、医療機関に採用を促していく構えだ。
シリンジポンプはモーター回転によりボールねじが回転し、それにより直線運動案内を行うスライダーがシリンジのプランジャ(押し子)を押すことで、薬剤を送り出す仕組み。送り検出センサーなども手伝って、流量0.1mL/h ステップ(0.1 ~ 100.0mL/h 時)、流量精度±3%以内(1.0mL/h 以上の流量で注入開始して1 時間以降の1 時間ごとの精度)を実現するボールねじ、スライダーの機械的レスポンス、精度が求められる。たとえば日本精工では、医薬品などの製造や研究開発の機器、システムを集めた展示会「インターフェックス」で、ボールねじとリニアガイドをユニット化した「モノキャリア」と高精度モーターの組合せで微量の液体を脈動なく一定量送るシリンジポンプを参考出品したが、これは使用者でのボールねじとスライダーの組み付け作業を軽減、シリンジポンプの薬剤投与の高精度化を狙うものであろう。
シリンジの思わぬ装着ミスによりサイフォニングという医療事故が起こる可能性がある。今回の新製品のような、患者の安全性をより向上し、医療従事者の作業上の、精神面の負担を軽減する技術開発に引き続き期待したい。
第53回 日本実験棟「きぼう」が完成、若田飛行士が帰還
第53回 日本実験棟「きぼう」が完成、若田飛行士が帰還国際宇宙ステーション(ISS)に船外実験プラットフォームと船外パレットを取り付け日本実験棟「きぼう」を完成させた若田光一宇宙飛行士が、4ヵ月半ぶりにスペースシャトル「エンデバー」で元気に帰還した。
日本の有人実験施設「きぼう」は、船内実験室と船外実験プラットフォームの二つの実験スペースからなるが、今回若田さんのロボットアームの操作により取り付けられた船外実験プラットフォームは、船外環境、つまり微小重力、高真空などの宇宙曝露環境を利用して、科学観測、地球観測、通信、理工学実験、材料実験などを実施できる多目的実験スペース。
ロボットアームの機構や操作については第34回で触れたので詳細は省くが、「親アーム」とその先端に取り付けられる「子アーム」からなるロボットアームのうち、今回は重量4,100kgの船外実験プラットフォームという大型機器のため親アームが使われた。若田さんはまず貨物室に搭載されている船外実験プラットフォームをISS側のロボットアーム(SSRMS)で把持して取り出した。そのままの姿勢で直接取り付けられる位置にないため、いったんスペースシャトル側のロボットアーム(SRMS)に受け渡した後、SSRMSの位置を移動し、再度SSRMSで船外実験プラットフォームを受け取り、「きぼう」船内実験室のEFBMに結合させた。船外実験プラットフォームの。親アームの先端速度仕様は対象物7,000kg以下で20㎜/sとなっているが、10㎜/s程度の作動で5時間半がかりで行った。
さて、今回注目したいメカは、無重力空間で長期滞在した後に起こる筋力の低下を食い止めたという改良型エクササイズ装置(Advanced Resistive Exercise Device、ARED)。AREDは、スクワットやウェイトリフティングなどの動きで筋力トレーニングを行うための装置。鉄アレイのトレーニングだと持ち上げてしまうと負荷が減るが、AREDは常に負荷がかかっている。ISSに滞在するクルーの1日のスケジュールには、筋力の低下を防止するためAREDを使用したエクササイズが組み込まれており、若田さんはさらに骨粗しょう症の薬も1週間に1回の割合で飲んでいたことから、筋力低下と骨量減少を防止したと見られている。長期滞在に伴うクルーの健康面でも成果をあげたといえよう。
ISSの運用は2015年に終了する予定。「きぼう」を利用して実験を行う残り5年程度で、宇宙空間という真空環境を利用した、いかに多くの研究成果が出せるか今後に期待したい。
第54回 省エネ「打ち水技術」で環境にやさしいヒートアイランド対策を
第54回 省エネ「打ち水技術」で環境にやさしいヒートアイランド対策を京都市役所に今月、霧状の水滴を頭上から噴出し気温を下げるミストシャワーが設置された。気化熱が周囲の熱を奪う現象により気温が3℃前後下がるという。ミストシャワーは六本木ヒルズなど東京都心のほか、観測史上最高の気温40.9℃を記録した埼玉県熊谷市などで実績があり、ヒートアイランド現象を和らげる効果が期待されている。京都市では今月中に温度の変化などを測定して市内での普及策を検討していく予定だ。
経済産業省中部経済産業局が公募した地域新生コンソーシアム研究開発事業として、名古屋大学、中部電力、能美防災、川本製作所、トーキン、清水建設の6社が共同開発し、2005年の愛・地球博の「グローバル・ループ」、六本木ヒルズのメインエントランス「66プラザ」、秋葉原クロスフィールド、新丸の内ビルなどで導入実績のある「ドライミスト」で、ミストシャワーの機構を見てみよう。
ドライミストのミストは自然現象の霧(直径数μm~数十μmの水滴が1cm3の空気中に数個~数百個含まれる)状の水滴を言い、ドライは触れても濡れた感じがしないことを意味する。実際には、蒸散が容易で「化粧落ちしない≒水滴をほとんど意識させない」を目標とした平均値16μmのミストを発生させる。
ドライミストのシステムでは、クスノキ林が真夏に気化する量(蒸散量)7.5 mL/分・㎡を基準として採用している。この量の蒸散による冷却効果がすべて空気の温度を下げるのに使われると仮定すると、1分間あたり、高さ7mの空気柱に2℃の温度降下を与える。そこで同システムでは、100m×100mの空間を想定し、15kW(1.5W/㎡)の高圧ポンプユニットにより水道水を加圧、3.6m間隔で設置された消火用ノズルから、蒸散が容易な平均粒径16μmのミストを作り噴霧、クスノキ林相当分の霧を散布する。
システムを構成するドライミストノズルは、ノズル一つで3.0L/h(圧力6MPa)の噴霧能力を持ち、複数個を組み合わせて噴霧空間に適切な量のミストを散布するが、噴霧の停止時の液垂れを防止する機能を備える。高圧ポンプユニットは水を加圧して吐出するため、給水が不安定な場所にも適用できる。電動弁は6MPaの高圧水の閉止・通水を高レスポンスで行う高圧用電動弁を採用している。環境条件を観測する屋外用温湿度計、風速計、降雨センサーなどにより、設定温度以下になった際、観測ミストが過飽和になって湿度が高くなりそうな際、人が涼しさを感じられる一定の風速がある際、わずかな降雨でもミストが不快感を与えるような状況になる際には、ミストの噴霧を自動停止する。
ドライミストが温度を下げる能力は、家庭で使用するエアコンのわずか1/20程度のエネルギーで済むということから、一般の空調システムによる冷房が苦手な高齢者などを対称に家庭用ドライミスト冷房も登場してきている。ミストシャワーは、発生させた霧が気化するときに周辺の熱を奪う「打ち水効果」を狙う日本古来の発想に基づく独自技術。省エネとヒートアイランド効果の緩和が図れる日本発の技術が世界的に普及することを期待したい。
第55回 人工心臓の信頼性を支える軸受技術
第55回 人工心臓の信頼性を支える軸受技術体内埋め込み型補助人工心臓の事業化が進んできている。旭化成は先ごろ、ミスズ・サンメディカルが開発した体内植込み型左心室補助人工心臓「エヴァハート(EVAHEART)」について、日本を除く全世界で事業展開を進める。一方、旭化成とサンメディカルの合弁会社となるエヴァハートUSAは、北米地域でのエヴァハートの臨床開発・許認可取得・販売を担当、日本国内では、引き続きミスズ・サンメディカルが単独で事業を進めていく。
人工心臓の研究は1957年米国の動物実験から始まった。最初は心臓をまるごと置き換える空気駆動型の「全置換人工心臓」から始まり、1981年に臨床試験を実施している。次に、心臓は残したままで腹腔に補助的に埋め込む拍動(心臓の動きを模倣した「拍動流ポンプ」)型「補助人工心臓」の臨床試験が1987年から始まった(第1世代)。しかしサイズが大きく体重80kg以上の患者にしか適さなかった。そこで、2000年ごろから接触回転型の機械軸受を採用した超小型の軸流型補助人工心臓の臨床試験が行われた(第2世代)。形も大きさも単2乾電池級の超小型補助人工心臓であり埋め込みが容易なため、臨床試験はすでに世界で計3,000例を超えている。しかし接触回転型は摩擦による血栓が発生し10年程度で植替えが必要になる可能性があった。
これに対し、植替えが要らない非接触回転型の第3世代補助人工心臓の臨床試験が2004年から始まっている。磁気軸受を採用したテルモのデュラハート(DuraHeart)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティング羽根車を有した流体動圧軸受採用のベントラシスト(VentrAssist)、ポンプ軸シール部分の血液凝固とモータ発熱を抑えるため、独自開発のメカニカルシールを採用し純水をポンプ・モーター内部に循環させるエヴァハートなどだ。デュラハート、エヴァハートともに日本から生まれた遠心ポンプ型の補助人工心臓で、いずれも軸受技術が製品の寿命と信頼性を支えている。
たとえばテルモのエヴァハートでは、最大の課題である血栓の発生を防ぐべく、元京都大学工学部教授の赤松映明氏とNTNが共同で考案した磁気浮上型遠心ポンプ方式を採用している。従来型の「定常流ポンプ」では、血液を全身に送り出す羽根車を支持する軸受やシール部がポンプ室にあると、この部分が血流を妨げ、結果的に血栓が発生しやすくなり、また軸受部の摩擦によって赤血球の細胞膜が破れ、溶血が生じてしまう。そこで遠心ポンプの内部で回転して血液を押し出す羽根車を、NTN開発の磁気軸受により浮かせて非接触で回す方式である。羽根車の位置をセンサで検出、電磁石で羽根車を浮かせ、ポンプ室から機械式軸受やシール部をなくすことでこれらの問題を解決、日常動作時はもちろんのこと、耐久試験で運動負荷をかけて激しく振動させた時にも羽根車が浮上安定性を保つことが確認されている。2004年にはドイツで補助人工心臓の臨床試験をスタートし、 2007年にCEマークを取得、2007年に欧州で販売を開始した。現在、米国さらには日本での実用化を目指し準備を進めている。
国内での心臓移植の実施件数は欧米に比べてはるかに少ない上、移植までの待機時間は最短でも2年かかると言われ、長期にわたり使用できる補助人工心臓が求められている。わが国軸受技術のさらなる進歩により、埋め込み型補助人工心臓の製品寿命の延長と生体埋め込みでの信頼性を高めることで、患者のQOL(Quality of Life)向上に貢献していくことに期待したい。
第56回 レアメタル確保に向け海洋資源開発ロボ開発へ
第56回 レアメタル確保に向け海洋資源開発ロボ開発へ経済産業省は先ごろ、「レアメタル確保戦略」を取りまとめた。ハイブリッド車モータ用など高性能磁石に使われるレアアースやリチウムイオン電池のリチウムやコバルト、液晶画面に使われるインジウムなど、レアメタルはわが国の誇る工業製品の製造に必要不可欠な素材だが、中国の急速な経済成長などにより国際的な需給逼迫や供給障害が発生する可能性が懸念されている。今回の戦略では、単位あたりのレアメタル含有量の多い携帯電話、デジタルカメラ等の小型家電、超硬工具などの使用済み製品について、リサイクル・システムの構築や既存システムを活用した回収促進に着手するとともに、リサイクル技術の研究開発を通じたレアメタルの回収・再利用といった 「リサイクル」のほか、「海外資源確保」、「代替材料開発」、「備蓄」の四つの施策とともに、資源国との多面的関係の強化、人材育成、技術力の強化、ユーザーを含むレアメタル・サプライチェーン産業の一体的取組といった関連する対策に取り組むことなどを謳っている。
こうした中、省資源国のわが国ながら、周辺の深海底では、地下深部に浸透した海水がマグマなどにより熱せられ海底に噴き出し、それが冷却される過程で熱水中の銅や鉛、亜鉛、金、銀などが大量に沈殿して作られた海底熱水鉱床や、コバルト・リッチ・クラストなどの鉱物資源やメタンハイドレートなどのエネルギー資源が多量に埋蔵されている可能性が明らかになってきており、海洋資源の探査に注目が集まってきている。海洋研究開発機構(JAMSTEC)では海洋資源の本格探査に向け、実証試験専用探査ロボットの開発に乗り出している。自動的に潜航する「自律型」と「遠隔操作型」の2タイプの探査ロボットの開発と探査ロボットを搭載する支援母船の改造で40億円の予算を計上した。
海底熱水鉱床などの資源探査は、海底地形や火山活動分布により、その存在地域を推定する方法が一般的。無人探査ロボットは、未発見の海底熱水鉱床を広域で効率的に探査するほか、鉱床の資源量を高精度で把握できる。
自律型は、機体に探査センサや内蔵したコンピュータにあらかじめ設定したプログラムで位置を計算しながら航走する。また、遠隔操作型は機体から垂らしたケーブル先端のセンサを探査に応じて自由に交換できるほか、鉱物を含む試料を採取する機能を持つ。現行の潜航最大深度3,500kmの深海探査機「うらしま」をベースに、水深4,500km目標など探査機能を高めていく。
たとえば「うらしま」の推進器はモータ、減速機、プロペラで構成されているが、大水深での高い水圧に耐え、できる限り小型軽量とするため、モータと減速機を収納した容器を油で満たし、圧力調整用ブラダを設け、海水の圧力と容器内部が均等になるような方式としている。音響通信の障害だった減速機からの機械ノイズが発生しないよう、特殊な斜歯歯車を製作し使用しているが、前方障害物探査ソーナーや高度ソーナー等の音響機器を多用していることからは、さらなる音響ノイズの発生をねらって燃料電池の搭載も検討されているという。
海洋研究開発機構ではこのほか、日産自動車と共同で、日産が一般車の車庫入れや縦列駐車を助けるために実用化した技術をベースに、海底探査機の前後左右と下側が見渡せる画像認識技術の開発を開始、今後10年をめどに商業化をめざすとしている。レアメタル確保に向けた海洋ロボ開発では、先述の歯車の低ノイズ化など機械要素やシステムの技術の転用もできそうである。わが国産業発展を支える資源開発のための研究開発の進展に期待したい。
第57回 鳩山新内閣へ、景気回復に向け産業界との密な対話を
第57回 鳩山新内閣へ、景気回復に向け産業界との密な対話を第45回総選挙において、民主党が単独過半数(241議席)を大幅に上回る308議席を獲得、鳩山由紀夫・民主党代表が次期首相となることが確実となった。産業界としては、閉塞感のある経済環境打破への期待をこめた政権交代の後押しという意味合いが強いだろう。
そんな中、日本自動車工業会、石油連盟など産業界の代表団体が懸念するのは、2020年までに2005年比30%(1990年比25%)の二酸化炭素(CO2)を削減するという民主党のマニフェストである。これは麻生首相が決めた中期目標2005年比15%削減(1990年比8%減)を大幅に上回る。京都議定書の2008年~2012年度の排出量の平均値を基準年(1990年)比6%削減する目標に対し、2007年度の排出量は逆に同9%増えている。これは、産業部門で1990年比2.3%減という一方で、商業・サービスなどの業務部門や家庭部門がいずれも同40%以上増えているためだ。だからこそ健闘している産業部門では、民主党の掲げる1990年比25%、2005年比30%という突拍子もない数値に疑念を抱いているのである。
本年6月に麻生首相がCO2排出量削減の中期目標として2005年比15%減を決めたのを受けて産業界では、たとえば鉄鋼なら約2割省エネ化を図るコークス製造技術をコークス炉6基に導入することを想定、発電では原子力発電所を9割新設し現在の稼働率60%程度を80%程度に引き上げるなど個々に対策を打ち出したが、産業界では現状、CO2の2005年比10%以上の削減は技術的に難しいとの見解が大勢を占める。
民主党としても掲げた数値の根拠として、全量買取りを前提とした太陽光発電や風力発電、バイオマスなど再生可能なエネルギーの開発を想定しているのだろうが、太陽光発電の30年保障といった耐久信頼性や、日本の風土に合った発電効率が高く安全な風力発電の設置拡大など、再生可能なエネルギーの開発も一朝一夕に改善されるものではない。長期政権を続けてきた自民党との関係をもとに政策要望してきた日本経団連など産業界にとって、民主党との対話の経験はまだ少なく、そのマニフェストに産業界の声が反映されているとは言いがたい。国民に選ばれた政党としてマニフェスト厳守は重要であろうが、必ずしも子ども手当てや高速道路無料化が支持されているわけではない。エコカー支援策の効果もあって8月の新車販売台数が13ヵ月ぶりに前年同月を上回るなど、ようやく景気回復が踊り場に差し掛かってきた時期だけに、鳩山新内閣にはぜひとも産業界との対話を密にして産業界の現実を認識してもらい、企業のR&D活動の火を消すような、企業の体力をそぐような方向に政策を進めることのないよう、自動車関連諸税の見直しなど市場活性化、さらには本格的な景気回復へと導く舵取りを期待したい。
第58回 世界トライボロジー会議が京都で開催、省エネ技術を次世代につなぐ
第58回 世界トライボロジー会議が京都で開催、省エネ技術を次世代につなぐ前にも述べたが、摩擦・摩耗・潤滑の科学技術を「トライボロジー」と呼ぶ。1966年にピーター・ジョスト氏が英国の製鉄所で潤滑管理を徹底させることでGNPの1%超を節減できるとの報告を行い誕生した科学技術で、エンジンの摩擦を減らすことで自動車の燃費を向上したり、逆にブレーキの摩擦を高くコントロールすることで安全性を確保するのも、生産機械の潤滑を管理することで突発の故障や事故による効率の低下を防ぐのも、このトライボロジーの技術である。
そのトライボロジー分野最大のイベントである世界トライボロジー会議(WTC Ⅳ)が9月6日~11日、京都の国立京都国際会館で開催、海外50ヵ国1地域から、約1500人が参加した。WTCは、国際トライボロジー評議会(International Tribology Council)が統括し、4年ごとに開かれるトライボロジー分野最大のイベント。1997年のロンドン、2001年のウイーン、2005年のワシントンD.C.に続く第4回目で、日本ではもちろん、アジアでも初の開催となる。
今回の会議では、シンポジウムとして、持続可能な発展を実現するトライボロジー(エコ・トライボロジー)、トライボロジーの大規模数値シミュレーション、人と調和するトライボロジー、アジア太平洋地域の工業におけるトライボロジー的課題の四つのメインテーマで、ミニシンポジウムとして、次世代エネルギーのための水素のトライボロジー、次世代に向けた潤滑剤の先進技術、トライボロジーのためのダイヤモンドライクカーボン(DLC)、合成潤滑油の使用によるエネルギー節減、超マイルド摩耗とトライボケミカル反応、トライボロジーの歴史、フルードパワーのトライボロジー的側面、自動車省燃費のためのトライボロジー、情報記録装置のためのトライボロジー、潤滑グリースの革新的研究、摩擦の科学、新分野におけるトライボロジーの課題の12のテーマで、テクニカルセッションとして、トライボロジーの基礎、表面工学、加工および機械要素、潤滑および潤滑剤・添加剤、マイクロ-、ナノ-、分子トライボロジー、トライボシステムの6のテーマで口頭発表があり、ポスターセッションと合わせて922件の発表がなされた。
また附設展示会として「世界の省エネ・環境技術展」が開催、自動車・機械や自動車部品・機械要素(ベアリング、シールなど)、潤滑剤・添加剤、試験・分析機器、研究・出版などが92小間の規模で出展した。一般公開とし、近郊の小・中学生を招き、摩擦体験などのトライボロジー教室といったイベントも設け、次代を担う若い世代のトライボロジーへの関心を深める工夫も見られた。
7日に行われた開会式典では、まず開会の挨拶に立った木村好次・WTC Ⅳ実行委員会委員長(東京大学・香川大学名誉教授)が「1997年のロンドン、2001年のウイーン、2005年のワシントンD.C.に続いて4回目の開催となるトライボロジー分野で世界最大のイベントとなるWTCの開会式を、秋篠宮殿下ご臨席のもと執り行えることを大変喜ばしく思う。環境問題という世界的危機に対し各国の協調が求められる中、トライボロジーには、機械の効率化によるエネルギーの節減を図る技術革新が求められている。自動車からIT、重工業などの技術の発展とともに、克服すべきトライボロジーの課題は次々に生まれていく。本会議では、21世紀のさらなる技術革新に向けたトライボロジーの適用など、国を越えて情報を交換していただき、トライボロジーの国際協調を進める契機としてほしい」と語った。
続いて日本トライボロジー学会会長の町田尚氏(日本精工顧問)が「トライボロジーは機械要素の効率化を図りエネルギーを節減することにより世界的課題であるCO2削減に貢献する技術。トライボロジーは、持続可能な社会のためのキーテクノロジー。今回発表される922件という研究を効率よく利用し、持続可能な社会とリソースの実現、地球環境保全に役立ててほしい、またこの機会に、次代を担う若者と一般の方々にトライボロジーの重要性を理解していただくとともに、各国のトライボロジー学会や関連団体との協調により、持続可能な社会とエネルギー節減によるCO2削減につなげていきたい」と述べた。
さらに共同主催者となる日本学術会議会長の金沢一郎氏の挨拶に続き、国際トライボロジー評議会プレジデントでトライボロジーの産みの親のピーター・ジョスト氏が「トライボロジーは日本においても自動車からITなどのナノテクノロジーに至るまで高性能化、産業の発展、利益の創出に貢献してきたが、これからはエネルギー節減による環境改善やクオリティー・オブ・ライフなど人と環境にやさしいグリーン・トライボロジーはトライボロジストの責務」と強調した。
来賓の挨拶に立った秋篠宮殿下は「40以上の国・地域が参加する世界トライボロジー会議の開会式に出席できて、また第4回WTCがアジア・パシフィック地域で初めて日本をホスト国に開催されることをうれしく思う。トライボロジーは相対運動する表面に関する摩擦・摩耗・潤滑の基礎的な研究であると認識している。トライボロジーは自動車、コンピュータ、橋や人工関節に至るまでの最先端分野の基盤技術であり、持続可能な社会と人類、エネルギーとリソースの節減を通じ環境保全を図るキーテクノロジーと思う。機械や材料、物理、化学、医療などの幅広い分野における、研究者とエンジニアの協調と努力の結集により、その適用範囲は広がり、またその成果は様々な分野の新技術開発へと適用されている。今回は最新の研究発表に加えて、小学生、中学生といった次世代を担う人々に向けた啓蒙的な教室も企画されているという。京都議定書のかわされたこの場所で持続可能な社会に貢献するトライボロジーについて活発な議論が行われるとともに、次世代を担う人々や参加者全員がこのトライボロジーという省エネ・省資源の科学・技術に関心をもっていただき、継続的な地球環境保全に関わっていくことに期待している」と賜った。
身近なところではベアリングによる摩擦低減でエアコンの電力消費量を3割抑えているといったように、トライボロジーは機械・機械部品の摩擦面の設計、コーティングなど摩擦面材料や潤滑剤の開発で摩擦をコントロールし摩耗を軽減することで、エネルギーと資源の節減、環境保全に貢献し、家電から自動車・鉄道車両・航空機、産業機械、加工システム、精密情報機器、宇宙機器、生体関連に至る広範な分野で適用され、その経済効果は国内で年額8.6兆円に上るとの試算もある。WTC Ⅳ開催を機に、トライボロジーというコンセプトがより産業界に浸透し、省エネ・省資源のシステムが設計・開発されていくことに期待したい。
第59回 材料・機械要素技術で水ビジネスを牽引
第59回 材料・機械要素技術で水ビジネスを牽引過去50年間の世界の人口増加が2倍だったのに対し、BRICsをはじめとする新興国の経済発展や地球温暖化などから、水の需要は4倍(OECD調査)になっており、世界的な水不足が深刻化してきている。水資源確保の対策として、中東では海水淡水化プラントの建設投資が活発化し、北アフリカの産油国、スペイン、北米、中国・沿海部などでも海水淡水化プラントの建設ラッシュが始まっている。この海水淡水化の技術のなかでも省エネに優れる逆浸透膜(RO膜)が今後20%以上の伸びが予想されており、この水処理市場においてわが国メーカーは海水淡水化向けRO膜で世界市場の70%のシェアを占め、また前処理で使われる精密除濁膜(MF、UF膜)市場でも40%のシェアを占める。2025年に110兆円市場が予想される水ビジネスにおいては、日本に技術優位性があるといえよう。
さて、RO膜を使った海水淡水化では、海水に高圧をかけRO膜と呼ばれるろ過膜に通し淡水を作り出す。平均的な塩分3.5%の海水から日本の飲料水基準に適合する塩分0.01%の淡水を得る場合には、55気圧以上の圧力をかけてろ過する必要があるとされ、加圧にはタービンポンプやプランジャーポンプなどの高圧ポンプが使用される。
たとえば荏原製作所では、プラント運転コストの1/3がポンプを動かす電力費であるとして、海水淡水化プラント向け動力回収装置とポンプを開発中だ。動力回収装置はプラント内の水流から得たエネルギーを送水の動力に活用するもので、RO膜方式の海水淡水化プラントに搭載、送水ポンプの負荷を抑える。現在、水流から直接動力を得る「水車型」の装置が多いが、荏原が開発中の「容積型」は、膜を通過した水の水圧を回収し、膜に海水を送る動力に利用する。水圧の回収と送水はピストンを介して行う。
立型軸流ポンプ・斜流ポンプの軸受としてはすでに水中ゴム軸受が採用、金属シェルの内面にゴムを密着加硫し、ゴムには一定本数の溝をつけて潤滑水を通して使用されている。しかしピストン式では水圧機器と同じ使用環境になろうか。たとえば平成14年度~19年度の経済産業省の温室効果ガス削減技術開発のナショナルプログラム「低摩擦損失高効率駆動機器のための材料表面制御技術の開発プロジェクト」では、水圧機器を対象にμ(摩擦係数)をコントロールして駆動機器のエネルギー効率の向上を図る研究を行っている。油圧機器の場合には作動媒体の作動油そのものが潤滑・防錆効果を持つため摺動部分には一般的には表面処理などを施さない炭素鋼などが使用されているが、水圧機器では水そのものが低粘度であることから流体潤滑膜の形成能が低く、潤滑作用をほとんど持たず、油圧機器に使用されている未処理の金属系材料をそのまま水圧機器に使用することはできない。そこで、安価で加工性に優れる金属系材料を基材とし、水潤滑性を有する表面処理を適用することで水圧機器摺動部分に低摩擦・摩耗特性を付与することを目標にして、自己潤滑性を有するDLC(ダイヤモンドライクカーボン)膜を選定、UBM(Unbalanced Magnetron Sputtering)法により形成した皮膜の形成条件と皮膜構造と水環境中における摺動特性の関係を調査した。Siを含有したDLC膜が膜の耐はく離性が高く、耐摩耗性も良好という結果だった。また、DLCの摩擦係数低下に及ぼす水の影響も様々な研究で明らかにされてきている。
水環境で使われる機械要素としては、長期信頼性の面から防錆性も必要になるだろう。食品機械などでは錆に強いステンレス製軸受などステンレス材料の実績が多いが、樹脂材料では自己潤滑性もあり機械的強度も高いPEEK(ポリエーテルエーテルケトン)も水力発電機などで実績を持つ。しかし、ボルト・ナットなども含めた機械要素全体がコストアップにならないよう、安価な炭素鋼に物質置換型高周波誘導加熱ピーニングシステムなどで表層部のみに高耐食性ステンレス鋼の性質を持たせる表面改質の研究も進んできている。
日本に技術優位性がある水ビジネスでは、さらに海水淡水化システムの電力を風力発電や太陽光発電で賄う構想もある。同じく日本に技術優位性がある材料・表面改質や軸受など機械要素技術を活用して、水ビジネスの拡大とともに、わが国産業界が市場を牽引していくことに期待したい。
第60回 補助ブレーキ義務付けで、エレベータのさらなる安全性向上を
第60回 補助ブレーキ義務付けで、エレベータのさらなる安全性向上を扉が開いたままエレベータが動いた場合、自動的に運転を止める補助ブレーキの取付けを義務付けた改正建築基準法施行令が9月28日に施行、同日以降に着工する建物から適用が始まった。2006年に東京都港区のマンションで男子高校生がシンドラーエレベータ社製のエレベータに挟まれ死亡した事故は、ブレーキ不良で扉が開いたまま急上昇したのが原因だったことから、国土交通省が昨年9月に補助ブレーキを義務付けるよう政令を改正した。エレベータかごを吊るロープを挟み急停止させるロープブレーキを取り付けたり、ロープ巻上げ機の電磁ブレーキを二重化するなどの対策を取った機種がすでに国交省の認定を受けている。
今回の施行に先立つ5月、シンドラーエレベータでは2006年の死亡事故に関する技術説明会を開催、事故原因とされるブレーキ制止力の低下を招いたブレーキライニングの摩耗について、「ブレーキ装置の部品であるソレノイドの電気故障によりブレーキドラムとブレーキライニングが擦れる状態が長く続いたため」という見解を示していた。
エレベータのブレーキには、動力が切れたときや、走行中にドアが開きドアスイッチが切れた場合に作動する電磁ブレーキと、ドアスイッチかごおよび昇降路の出入口のドアが全て閉じた状態でなければ、運転回路を働かせないスイッチがある。まず、ロープ式の一般的なエレベータでは、まず電気的にかごを減速、停止させ、ブレーキはこの停止したかごが動かないよう巻上機を固定する役割を果たす。ブレーキはまた、停止時に、スプリングの力でブレーキパッドがブレーキドラムを押さえつけ、エレベータのかごを保持する仕組みになっている。エレベータが動く場合は、ドアが閉じたことを示すスイッチが入り、安全が確認された後、ブレーキの電磁力でスプリングを押し開き、ブレーキを開放する。もし電源が切れた場合は、電磁力がなくなるため、スプリングの力で強制的にブレーキがかかる。
大手メーカーで新安全基準に対応する機種の認定取得が進む一方で、試験塔など大規模な試験設備を持たない中小企業での認定取得は遅れているというが、今回対象となっている新規物件だけでなく、国交省の昇降機等事故対策委員会では「国内で70万台程度という既設のエレベータにも普及を図ること」を意見、既設エレベータへの補助ブレーキ取付けも数年後には義務付けられる見通しとなっている。中小企業も含めたエレベータメーカー、ブレーキなどの部品メーカー、材料メーカーが一丸となって、さらなるエレベータの安全性向上に取り組んでほしい。