第56回『グッドモーニング・バビロン!』
第56回『グッドモーニング・バビロン!』今年は東京・お台場にガンダム、神戸に鉄人28号が原寸大で登場しているが、タヴィアーニ兄弟監督による本作では、映画草創期のハリウッドに乗り込んで、原寸大のゾウの像を作るイタリア人の職人兄弟の姿が描かれている。
1910年代イタリア・トスカーナ地方、ロマネスク大伽藍の建築と修復を家業としてきたボナンノ家7人兄弟の2人、ニコラ(ヴィンセント・スパーノ)とアンドレア(ジョアキム・デ・アルメイダ)は、借金を抱えながらも家業を続けることを主張、腕を磨くべくアメリカに出稼ぎに行く。そこではちょうど、後に「映画の父」と呼ばれるD・W・グリフィス監督による、『イントレランス(不寛容)』の製作が始まっていた。同作は、社会の不寛容から青年が無実の罪で死刑宣告を受ける当時のアメリカ、不寛容なパリサイ派のために起こったキリストの受難、イシュタール信仰に不寛容なベル教神官の裏切りでペルシャに滅ぼされるバビロン、ユグノーに不寛容な宗教政策によるフランスのサン・バルテルミの虐殺の四つの時代を並列的に描いた作品。グリフィス監督は壮麗なバビロンのセットを作るため、パナマ運河開通記念のサンフランシスコ万博でイタリア館建築に携わった棟梁たちをスタッフに加えるよう指示、ニコラとアンドレアはその棟梁になりすましハリウッドにくるものの、製作主任のグラース(デビッド・ブランドン)に見抜かれ、追い払われる。小間使いを命じられた二人だが、そこは職人技である。森の中でグリフィス監督がこだわるゾウの像を製作、美術担当としての腕を認められていく。
この時代カメラは手回しである。作中で撮影隊は、カタカタとギヤがかみ合う音を立てながらハンドルを回し、コマを送る。光と影が映像を作るモノクロ映画にあって、採光は命だった。宮殿で女神たちが舞う場面を撮るとき、監督は「舞台と映画は違う。舞台は電気の光のもと、映画は自然の光の中で物語が進んでいく」という。実際にはセットの中で撮りつつも、自然の光をどうやって入れるか。窓を覆っている暗幕の一部を円形にくり抜き、その上から一回り大きな丸い黒ふたをかぶせ、上部で1点止めした仕掛けを、まずアンドレアが少しずつ回し、下弦から半円、そして円形へと窓が開いていくと、女神たちに徐々に光が当たっていく。次に、ニコラが両手で2本のロープを引っ張って観音開きに暗幕が少しずつ開けていき、光が降り注ぐ。
本作の構想が生まれるほどに、歴史劇の伝統があるヨーロッパでは評価が高く商業的にも成功した『イントレランス』だが、アメリカ国内では、内容が難解で看板女優リリアン・ギッシュが表面的にはフィーチャーされていない扱いだったことなどから興行的に大失敗、壮大なバビロンのセットを解体する費用がまかなえず数年間廃墟のように放置されていたとか。当時の不寛容なアメリカの観客には見捨てられた作品だったが、後には『国民の創生』とともにグリフィス監督の代表作となった。