第55回 人工心臓の信頼性を支える軸受技術

第55回 人工心臓の信頼性を支える軸受技術 kat 2009年8月24日(月曜日)

提供:サンメディカル提供:サンメディカル 体内埋め込み型補助人工心臓の事業化が進んできている。旭化成は先ごろ、ミスズ・サンメディカルが開発した体内植込み型左心室補助人工心臓「エヴァハート(EVAHEART)」について、日本を除く全世界で事業展開を進める。一方、旭化成とサンメディカルの合弁会社となるエヴァハートUSAは、北米地域でのエヴァハートの臨床開発・許認可取得・販売を担当、日本国内では、引き続きミスズ・サンメディカルが単独で事業を進めていく。

 人工心臓の研究は1957年米国の動物実験から始まった。最初は心臓をまるごと置き換える空気駆動型の「全置換人工心臓」から始まり、1981年に臨床試験を実施している。次に、心臓は残したままで腹腔に補助的に埋め込む拍動(心臓の動きを模倣した「拍動流ポンプ」)型「補助人工心臓」の臨床試験が1987年から始まった(第1世代)。しかしサイズが大きく体重80kg以上の患者にしか適さなかった。そこで、2000年ごろから接触回転型の機械軸受を採用した超小型の軸流型補助人工心臓の臨床試験が行われた(第2世代)。形も大きさも単2乾電池級の超小型補助人工心臓であり埋め込みが容易なため、臨床試験はすでに世界で計3,000例を超えている。しかし接触回転型は摩擦による血栓が発生し10年程度で植替えが必要になる可能性があった。

 これに対し、植替えが要らない非接触回転型の第3世代補助人工心臓の臨床試験が2004年から始まっている。磁気軸受を採用したテルモのデュラハート(DuraHeart)、ダイヤモンドライクカーボン(DLC)コーティング羽根車を有した流体動圧軸受採用のベントラシスト(VentrAssist)、ポンプ軸シール部分の血液凝固とモータ発熱を抑えるため、独自開発のメカニカルシールを採用し純水をポンプ・モーター内部に循環させるエヴァハートなどだ。デュラハート、エヴァハートともに日本から生まれた遠心ポンプ型の補助人工心臓で、いずれも軸受技術が製品の寿命と信頼性を支えている。

提供:テルモ提供:テルモ たとえばテルモのエヴァハートでは、最大の課題である血栓の発生を防ぐべく、元京都大学工学部教授の赤松映明氏とNTNが共同で考案した磁気浮上型遠心ポンプ方式を採用している。従来型の「定常流ポンプ」では、血液を全身に送り出す羽根車を支持する軸受やシール部がポンプ室にあると、この部分が血流を妨げ、結果的に血栓が発生しやすくなり、また軸受部の摩擦によって赤血球の細胞膜が破れ、溶血が生じてしまう。そこで遠心ポンプの内部で回転して血液を押し出す羽根車を、NTN開発の磁気軸受により浮かせて非接触で回す方式である。羽根車の位置をセンサで検出、電磁石で羽根車を浮かせ、ポンプ室から機械式軸受やシール部をなくすことでこれらの問題を解決、日常動作時はもちろんのこと、耐久試験で運動負荷をかけて激しく振動させた時にも羽根車が浮上安定性を保つことが確認されている。2004年にはドイツで補助人工心臓の臨床試験をスタートし、 2007年にCEマークを取得、2007年に欧州で販売を開始した。現在、米国さらには日本での実用化を目指し準備を進めている。

 国内での心臓移植の実施件数は欧米に比べてはるかに少ない上、移植までの待機時間は最短でも2年かかると言われ、長期にわたり使用できる補助人工心臓が求められている。わが国軸受技術のさらなる進歩により、埋め込み型補助人工心臓の製品寿命の延長と生体埋め込みでの信頼性を高めることで、患者のQOL(Quality of Life)向上に貢献していくことに期待したい。